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「好きだ、結婚しよう」


「あなたが好き、一緒にいて」


「……好き。私と……来て?」


「ガウ、ガウガーウ、ガガァウ」 

 

 眼前には三人の美女と美少女……と一匹の毛深い何か。一人は絶賛棒立ち中の俺の目に向け、ひたすらまっすぐに、一人は何かを決意したかのように服の裾を握り締め、また一人は顔を斜めに向けて、ほほを朱に染めながら、全員が力強い言葉を俺に打ち込んできた。

 

 ――どうする、どうすればいい。いや待て、その前にどうして、どうしてこうなった。


 こういう経験のなかった俺は、ただ立ち続けるしかない。だが時間は、止まってくれない。


 「私はこの国の姫だ。私と結婚すれば王になれるぞ」


 「私はあなたが好き。だからあなたのためなら何でもするわ」


 「私は……魔術界……統べる者。森羅万象、知り……たくない?」


 「ガウガーウ。ガガガ、ビビグゥアウガーウ?」


 そう言い、三人と一匹はひしっと、いや一匹はガバっと、俺に抱き付いて来て――ガバっと? 


 おい待て、そこの毛むくじゃら、そんなカバ並みの大きさで、ライオンもビックリな速さで飛んでくんなよ。おいマテ、止まれ! 止まれぇぇええええ! 止ま―――




   ** *

 



 平成27年5月3日午前3時。都会から少し離れたベッドタウン、その町の一番大きなビルの地上15階。


「ぉわった、終わった、終わったぞっぉおおお!」

「やりましたね! 部長!」

「終わったわ、終わったわよね、い、いぇーい!」

「ひゃっほー、終わったー!」


 俺と、俺と一緒にこの仕事をやり遂げた数人が、勝利の雄叫びをあげていた。


 勝ったのだ、あの書類の山に、データの山に。


 何時間も小さな文字とにらめっこをし、すっかり充血した目をこすり思う。本当に面倒くさい肩書を押し付けられたものだと。日ノ本電気企画部部長。それが俺のこの場での肩書だ。


 朝いつも道理に出勤した俺は、社長からの無茶ぶりを受け、それを終わらせる義務と、終わらせられなかった時の、社長や人事からの俺や俺の部下たちへの評価という責任を負った。例え今日が土曜日でも、例え明日5歳になった娘と遊園地に行くことになっていたとしても、この仕事を『やらない』という選択肢はなかった。


「いや~、疲れましたね、部長」

「本当にな、まぁでも終わってよかったよ」


 話しかけてきたのは、三浦健という今期待の若手だ。今日は俺と一緒に10時間ぶっ続けで、パソコンとにらみ合っていた、性格と能力が揃っていて欠点がない、珍しいタイプのできた人間だ。昼に女性社員がキャーキャー言いながらは三浦のことを話しているのを聞いたことがある。


「あ、そういえば明日は娘さんの誕生日でしたっけ。 どっか行くんですか?」

「ああ、ここから野猿街道をまっすぐ行ったところに、新しい遊園地ができるらしくてな。家族でそこに行くことになってる」

「今からですか。うわぁー、きついですね」


 訂正。思ったことをズバッと言う癖がある。まぁ、そこもモテる所以なのだろうが。


「確かに疲れるけどな、いいもんだよ、待っていてくれる人たちがいるってのは」

「はぁー、そういうもんですかね~」


 そういうもんさ、じきに分かる。そんな風に心の中で先輩風を吹かせながら、みんなに挨拶をして、会社を出る。

 

 そして家に帰る途中、俺は死んだ。




** *




 何かの獣の鳴き声と、数人の女性の声が聞こえて、俺は覚醒した。目を開けるとそこには、白く長い髪を垂れさせて、俺をのぞき込んでいる、一人の女性がいた。すっと通った鼻梁に柔らかそうな唇、そしてまだ幼さの少し残った目は慈しみの光をたたえている。


「なんか……懐かしい夢を見たような気がするな」


 だが一抹の寂しさと共に、すぐその感傷はなくなった。この世界に来てから既に20年以上の時が過ぎ去った。郷愁の念に囚われるには、俺は老成しすぎた。


「おはよう、るー君。キスしていい?」

「うん? ああ」


 覚醒したての頭は、何も考えずにその提案を受け入れてしまう。そして徐々にその幼い唇が俺の唇に近づいてきて――


「って、いいわけがない!」


 俺は上体を起こしながら、近づいてきたその華奢な肩をつかみ、押し放した。


「どうしたの?」

「どうしたも、こうしたもない! そういうのは本当に好きな人としろと、あれだけ……」

「好き。ミューラはるーくんが本当に好きだよ? るーくんのためだったらサンドアントの巣に裸で飛び込んでいけるくらい」

「いや、それはやめてくれ」

「じゃあキスさせて?」


 そういってまた顔を近づけてくる。


「やめろ、ルイが困っているだろう」


 そういって俺にしだれかかってきていた、顔を押しのけたのは赤髪の凛とした女性だった。


「サンキューな、リーア」

「気にするでない、妻として当然のことをしただけだ。それでいつ挙式を上げるのだ? 私の場合は各国にも使者を送らなくてはならないから、早いうちに決めたいのだが」

「うん、リーアもいつも通りだね。助けてくれたのはうれしいけど、俺はまだ結婚する気はないんだ」

「それは私に都合のいい女になれと、そういっているのか? よかろう、このウッドビル帝国第1王女ジャクリーア・フォン・ウッドビルはルイのためならば、たとえ金と体だけの関係だろうと喜んで受け入れようぞ」

「じゃあミューラもそれに立候補するからるーくん、私を選んで?」

「いやいや、そもそもそんなドロドロな関係申し込んでないし」

「……見苦しい。………すっぱりあきらめるべき……るいと………けっこんするのは…………わたし」

「ほう、言うではないか、魔術師の小娘が。だがこれだけは譲れん」

「そもそもあなたも断られてるよね、ヒネラ?」

「そんなこと……ない。るい、は………恥ずかしがってる……だけ」

「いやだから俺は当分結婚する気はないって」


 そういうとヒネラは常に眠そうに細められている眼を見開き、驚愕の表情を浮かべてこちらを見据えた。


「そう……なの…………!?」

「うん」

「何年くらい……? その時間分……るいの時間を………速めるから」

「まてまてまて。怖いこと言わないでくれ、知らないうちに気が付いたら10年くらいたってましたなんて、発狂ものだわ」

「るーくん、10年も結婚する気がないの!?」

「うーんまあな、まだこの大陸でもまわってないところたくさんあるし、あと10年くらいは旅をしてみようかと思っているよ」

「そのような! 困るぞ、ルイ。私がすっかり30目前のいきおくれ女になってしまうではないか!」

「そもそも、大陸1の帝国の王女が俺の結婚するのは無理だと思うけどな……」

「そんなもの愛の力の前には無力だ」

「んな強引な」

「いいのだ、私はこういう性格なのだ。それにルイも強引な女は嫌いじゃないだろう?」

「いや、そりゃあまあ、好きか嫌いかで聞かれれば好きだけれども」

「ふっふっふ、聞いたか妾の諸君よ。やはり正妻は私だ」

「ねえるーくん、献身的な女は嫌い?」

「ねえルイおにいちゃん、ミリアはミリアは?」

「ミリア何でここにいるの?」

「こんにちはミューラお姉ちゃん、えっとねママが仕事で忙しいからお姉ちゃんのところに行けって。ダメだった? ルイおにいちゃん」


 そういって俺のほうを困ったような顔で見上げたのはミューラの妹であるミリアだ。陽光を浴びて光る綺麗な金髪をたなびかせ、つぶらな瞳をこちらに向ける姿は物語に出てくる小さな妖精のようだ。


「大丈夫だよ。よしお兄ちゃんが遊んであげよう! ミリアは何がしたい?」

「えっとねミリアは、えっとね……」


 うーん、という形容がぴったりなくらい真剣に考え込んでいる。そしてふと顔を上げると手を叩き、満面の笑みで俺を見て言った。


「ミリアね、お本読んでほしい!」

「本か、何がいい?」

「勇者様とお姫様のお話!」

「ああ、勇者アレクセイの伝説かな?」

「それ!」


 勇者アレクセイの伝説はウッドビル帝国に伝わる由緒正しい童話だ。幼子が言葉を解するようになってきた折に、母親が初めに読み聞かせるような、わかりやすく子供が好きなストーリーで、とても人気がある。


 主人公は題名通り勇者アレクセイ、ヒロインはお姫様のソフィア、百戦錬磨の冒険者であるアレクセイは突然国に現れた強大で凶悪な魔物と3度にわたり戦い、その間にお姫様と恋に落ちる。そしてついにアレクセイはこれを退け勇者となり、王様に認められお姫様と結婚するというどこにでもある子供向けの童話だ。この屋敷の本棚にも置いてある。


「じゃあ、読むよ………昔々あるところにアレクセイという小さな少年がいました………その魔物は黒い翼をはためかせて草原に降り立ち…………そしてついにアレクセイは……」


 ミリアは始めの方は芝生に寝転がりながら、うんうん、と楽しそうに聞いていたがいつのまにかそのまま寝入ってしまった。


「寝ちゃったな」

「うん、昨日も夜遅くまでお母さんに本を読んでもらっていたから疲れたみたい」

「そうか」

「ねえ、るーくんわたしさっきの答え聞いてないよ?」

「え、あ、ああ何の話だっけ?」

「献身的な女は嫌いかってことをるーくんに聞いたの」

「そうだったな。どちらかといえばその、す、好きだぞ、うん」

「るい、わたしのことは………嫌い……なの………?」

「い、いやそれももす、好きだけれども」

「おい、ルイ。女の前で堂々と3叉宣言は流石にどうかと私も思うぞ」

「そうですね、最低です。女を焦らして自分を求めさせることが大好きなご主人様は最低のゲス野郎です。ですがご安心ください、私はご主人様の下僕として、何があろうともご主人様を見捨てたりは致しません。いつでも私を使ってくださって構わないのですよ、種馬なご主人様」

「おい、誤解を招く発言はやめろ、イザベル」

「これは失礼いたしました、いつまでたってもご主人様が私を使ってくださらないのでつい」


 音もなく現れて毒を吐き、こちらに向かって恭しく長い黒髪をきちんと結い上げた頭を下げたのは、使用人のイザベルだった。


「それで、イザベル。何の用だ?」

「かわいそうな忘れん坊なご主人様、お客人がいらしております。応接室でお待ちしてもらっておりますので早急にお向かいください」


 最近商人が訪ねてくることが多いのでつい忘れていた。俺は三人に一言謝って、起き上がりイザベルとともに応接間に向かって歩き出した。


「ああ、そういえばまたなんか商人がジオグライアの鉱山がどうたらこうたらで、今日来るみたいなことを言っていたな」

「どうたらこうたらではなく、ジオグライアの鉱山を譲ってほしい、という名目でいらっしゃっております。ですがルイ様が譲ってくださるとはさすがに思っていらっしゃらないでしょうから、おそらくは発掘に一枚噛みたいというのが本音でしょう。あそこのニベラ宝晶は莫大な価値を内蔵しておりますので」

「そんなとこか。で、相手の名前は?」

「ミョルニル商協会の実質ナンバー2であらせられるロングマン様です」

「ああ、あのなんか名前の通り異様に背の高い」

「ええ、ですがご本人様の前では背のことに関しておっしゃられるべきではないと愚考いたします」

「ああ、知ってるよ。なんかあの人この前それを言っちゃった結構大きい商会との取引を全面中止したって一時期有名になってたし」

「ええ、あの方はギガントのような迫力ある大きなお体でフェアリーのようなお可愛い小さなお心を持っていらっしゃるので、どうかお気を付けください、すっからかんのご主人様」

「いや、俺はおまえがなんかの拍子にその猫かぶりが解けていつもの毒舌を言ってしまいそうで心配だ」

「そのようなことはあり得ませんので心配無用でございます、かぶっているご主人様」

「おいやめろ誰かに聞かれたらどうすんだよ。それにか、かぶってねえし!」

「大丈夫ですよご主人様。このウッドビル帝国は成人男性の約1割がかぶっていらっしゃるらしいので、ご主人様がかぶっていらっしゃっても何も恥ずかしいことではございません」

「超恥ずかしいじゃねえか!」


 イザベルにからかわれているうちに、応接間についた。なにか納得いかない。


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