卒業を迎えて
いつもの帰り道ーー。
私は、友達の圭と2人で帰っていた。でも、隣を歩いていた彼が、足を止めたの。
「圭?」
様子を伺っていた私を、真面目な顔で見て来た。
「あのさ……真子」
「圭? どうしたの?」
私は、不思議に思って、首を傾げる。
「卒業式の後……一緒に飯食いに行かないか?」
そんなこと? 私が圭の誘いを断るわけないよ。
苦笑しつつ、返事を返した。
「いいよ〜。明日の昼ね」
笑顔で頷いてみせると、圭は、安堵の表情を浮かべたの。それが、何だか妙に気になった。
さっきの表情は、何だったんだろう?
***
私達は、明日ーー卒業式を迎える。
彼、中村圭は、大人しいけど……いざとなった時には頼りになる。
彼と私は、3年になってから初めて同じクラスになった。
たまたま好きなアーティストが同じだったのもあり、私達は意気投合したんだ。
彼と過ごしたこの1年は、とても充実した楽しい日々だったし、思い出が沢山できた。
彼とこんなに仲良くなるとは……以前の私だったら、夢にも思わなかっただろうね。
離れることは寂しい。
……けど、もう会えないわけじゃない。
この時は、まだそう信じていたーー。
ーー卒業式当日ーー
卒業式は、順調に進んで行く。
中学の時とは違って、高校はクラス代表が卒業証書を受け取るので、短い時間で済んだんだ。
涙ぐむクラスメイトもいたけど……私は、泣けなかった。
圭を見ると、彼も涙ぐんでる。
……羨ましいなぁ。
泣けない理由は、分かってる。
「出会いがあれば、別れることは必然」
という気持ちが、私の中にあったから……。
式が終わり。
私達は、教室で担任から卒業証書を一人ずつ受け取る。
その後には、先生が最後に感謝の言葉を言っているのを、みんなーー涙しながら聞いた。 私も涙を流した。
……泣けたんじゃん。
私は、ちょっと自分にびっくりした。さっきまでは、泣けないと思ってたから。
ただーー卒業するのが、実感してないのがあるせいかな?
ちょっと、変な感じもするんだよね……。
私は、みんなと別れた後ーー母に圭と食べに行く事を伝えた。
私達が向かったのは、学校の近くのファミレス。
普段から、通い慣れたこの店に来るのは、もう当分ないかもしれないから。
「ここで、良かったのか?」
「うん。ここがいいの」
私は、頷いてみせた。
注文もした後、一つ気になってたことを尋ねる。
「圭は、他の友達と遊ばなくていいの?」
気になってんだよね。
こんな日って……普通は、同性の友達と、遊んだりするでしょう?
私で良いのかな? って……。
「いいんだ……今日は。別な日に約束してるんだよ」
「そう?」
「うん」
何か言いたそうな目をしていた。
何かあったのかも……。
そうは思ったけど、私から聞くのはダメだと思ったの。
本人から話さなくちゃ。
私は、話題を替えて、知らなかった振りをした。
「圭は、就職だったよね?」
「そうだよ。工場で働くことになったんだ」
「真子は、専門学校だっけ?」
「うん。料理のね」
注文した料理が来たので、食べながら色々話した。
「俺……真子に言ってなかった事があるんだ」
私の食べていたランチセットが、半分も無くなった時、圭が食べていた箸を止めた。
「なぁに? 言いづらいこと?」
私がそう聞くと……
「まぁ、そうだな」
俯くがちに話す圭に、私は、話すように急かす。
「話してみてよ。ね?」
圭は、重くしていた口を開いた。
「うん。昨日の夜に連絡がわかったんだけど……」
「うん」
「配属先が県外だったんだ。他の奴らには伝えてあるよ……」
「えっ⁈」
私は、言葉を失った。
そんなこと思いもしなかったから。
「本当なの?」
もう一度尋ねた。
圭は、黙って頷く。
「うん。真子に会えるのも、今週までなんだ。来週には、引っ越すと思う……」
来週には……いなくなる?
彼の言葉が頭に入ってこない。
彼とはーーこうやって、会ったりするものだと私は思い込んでた。
「そっか……」小さく答えた。
「だからーー今日は、真子と一緒に過ごしたかったんだ」
寂しさが込み上げてくる。
クラスメイトとの別れより、圭と離れる事がこんなにも胸が苦しいなんて。
圭は、会うことは出来なくても同じ町に住んでるのかと思ってた。
「泣かないでくれよ」
「えっ?」
その時言われて、初めて気づいた。
ーー自分が泣いていることに。
「おかしいな? 泣くつもりなんか……なかったのに」
私は、途切れ途切れながらも彼に伝えた。
「ごめんな」
彼は、私に謝ってくる。
別に悪い事じゃないもの。
配属先を決めるのは、会社だもの。圭が悪い訳じゃない。
私は、涙を拭いとるとーー無理矢理に笑みで告げる。
「頑張ってね。離れ離れになるけど、応援してる!」
「泣きながら言われると、行きたくなくなるよ」
圭は、私の頭をそっと撫でてながら、悲しそうに笑った。
私が泣き止まないと、圭が心配するのに、分かってる。
ーー涙が溢れてくる。
「ごめんね」
「ううん。こっちこそ。驚かせて悪い。もう、店を出よっか?」
私は、黙って頷いた。
こんなに泣いている状態では、食べてなんかいられないもの。
圭は、先に立ち上がると、私の手を引いてくれた。
圭には、迷惑ばかりかけてしまった。会計も払って貰っちゃったし……泣きじゃくりながら、謝る。
「ごめんね。会計もして貰っちゃって」
「泣かせてしまったのは、俺が悪いんだから、俺に奢らせて」
彼は首を横に振ると、微笑んだ。
「家まで送ってく」
そう言ってくれて、私のペースにあわせて歩いてくれた。
でも、黙ったままの帰り道は、悲しかった。
どうして、ここまで別れが悲しいんだろう……。
自分でもよく分からない。
「着いたよ」
圭にそう言われ、顔を上げると、もう私の家まで着いていた。
彼の方に視線を向けると、圭は、自分の家の方に、踵を返していた。
「待って‼ 送ってくれて、ありがとう!」
私が彼に向かって叫ぶと、圭は、振り返って言った。
「今日、真子と一緒に過ごせて良かった。またな」
私は、彼の後ろ姿を見送ったの。
家に入ると、すぐに部屋に駆け込んだ。
私は、ベッドの上でも泣いた。こんなに、涙が溢れてくるなんて、小さい頃しかないもの。
卒業式だって、こんなに泣いてなんかなかった。なのに、彼の時に限って、こんなにも泣いてしまうなんて……。
どうして……。
この時、ようやく分かった。
私が自分で思っていたよりも、圭が大切だったことにーー。
そして、この気持ちにもーー。
私は、好きだったんだ……彼の事を……。
目が覚めた時には、外も暗くなっていた。私は、泣き疲れて眠っていたらしい。
このまま、圭と別れるなんて嫌だよ。
ーー言わないで終わりなんてもっと嫌。このまま後悔するもの。
私は心に決めると……涙を拭い、震える指で短くメールを打つ。
彼に。
『明日、会うことは出来るかな?』と。
返信は、すぐに帰ってきた。
『近くの石川公園でいいか?』
石川公園は、圭の家の近くにある小さな公園。
私は、『分かった。待ってる』と、だけ打ったんだ。
緊張していたからかな?
***
ーー次の日
公園で私が待っていると、圭は少し遅れてやって来た。
息切れしているから、急いで来たのかな。
「悪い待たせた」
「ううん。こっちこそ呼び出してごめんね」
「今日呼び出したのって?」
圭からそう聞かれて、緊張感が高まる。
「あのね。昨日言ってなかった事があるの。私ーー圭の事が好きみたい」
勇気を振り絞り、告白をするが、圭は、嬉しそうに笑って言い放つ。
「うん。知ってたよ」
はい?
「えっ? 今なんて?」
苦笑して圭は、語り出す。
「俺、真子の気持ち知ってたんだ」
「なんで⁈」
私は、驚きを隠せないでいる。
ーーだって、私は、昨日気付いたんだから。
「真子は、思ってることが、顔に出てるんだよ」
「うそ!」
慌てて頬を押さえたが、もう遅いかった。
彼は、クスクスと笑っていながら……私に衝撃的な事を伝えた。
「本当だよ。今までだってそうだったし、今もね」
んなーー⁉
恥ずかしくて、しゃがみ込んだ。
何それ⁉
分かってなかったのって、私だけ⁈
顔挙げらんないよ!
圭は、私をそっと包み込むように抱きしめた。
「俺、真子の気持ち知ってて、かけてたんだ。仕事の事、伝えて真子がどう動くかを」
「どうして?」
私は、顔を上げ、彼の顔を見ると真っ赤になってる。
見て分かるだろ? 小さく呟いた後、
「俺も真子が好きだからだよ。これが、最後のチャンスだと思ったんだ。
もし、今週……君が来てくれなかったら、もう諦めようかと思ってた」
「そこまで考えてたの?」
私は、思わず聞くと。
「うん。気まずいままでいるよりは、友達としていた方がいいからだよ。その方が側に居られるだろ?」
「圭……」
嬉しさが込み上げてくる。彼は、そこまで私を思っててくれたんだ。
「俺は、離れるけど……待っててよ。迎えに来るから」
「うん。待ってるよ」
「約束だ」
私達は、しゃがんだまま抱きしめ合った。
お互いの気持ちが伝わった事が嬉しくて
暫く、このままでいた。
卒業するのは悲しいこと。
離れることは、辛いけど、この先に新しい生活が待っているからーー。
***
後日ーーこれを友達に見られていた事を、のちに知ることになるのだが……まだこの時の私達は知らない。
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