4話 ボス戦終了
技名とか、自分のネーミングセンスの無さが恥ずかしいです。
中二くさいと思うかもしれませんがご容赦ください。
ユーリの得意分野は近接戦ではない。
むしろ、素手や武器を用いての戦いでは自分の知り合いたちには到底及ばないと自負している。
事実、彼の近接戦闘技術は全プレイヤーの中でも上位に入るものではあるが、その分野での戦闘を得意とする神話エネミーや、一部のトッププレイヤーとの間には明確な差が存在していた。
そんなユーリが何故、明らかに武将のような風貌の神話エネミーとせめぎ合えたのか。
それを可能とした要因は三つ。
一つは敵の左手が宝塔で塞がっていること。左手が使えぬ以上、攻撃の手数もその分少なく、ユーリも対処することができていた。
二つ目は敵の攻撃の早さの差だ。速さではなく早さ。
毘沙門天の速度はユーリよりも劣っている。しかしそこに大きな差は無い。
ならば何故、ユーリは攻撃を回避し続けることができているのか。
毘沙門天の得物は巨大な槍だ。懐に潜り込まれてはその槍の威力を発揮することができない。
そのため毘沙門天は攻撃を繰り出す際、足運びと槍の持ち替えによる間合い調節が必要となり、攻撃がワンテンポ遅れる。
そして最後の一つだが、結局のところ一つ目も二つ目もこの三つ目に集約される。
敵が全力では無い。
ただその一言でまとめられることだった。
もう何度目になるか、ユーリの放つ斬撃が敵の身体に命中した。
すると突然
ピシリ
という音が響いた。
その音はとても小さいものだったが、はっきりとユーリの耳に届き、背筋に悪寒を走らせた。
音の発生源は毘沙門天の左手、その手の中の宝塔からだ。
宝塔は音を響かせながら毘沙門天の手の中で崩れ落ちていく。
ユーリは直勘に従って敵から離れるべく、大きく後ろに跳んだ。
たった一度の跳躍で20mほども敵との距離を引き離す。それほどの距離を離したくなるほどに危険であると、ユーリは感じた。
宝塔が崩れ去り、手の平から完全に消え去ると、毘沙門天の身体から赤い煙のようなもやが立ち上り、更には目に灯っていた光が鋭さを増して、ギラギラとした輝きを放っている。
「グオォォォ!」
一通りの変化が終了すると、周囲の空気を震わせるほどの大音量の咆哮が響く。
その咆哮からはとてつもない怒りの感情が感じられた。
うっすらと冷や汗がにじみ出てくる。
先ほどまでとは明らかに空気が違う。
ユーリは相手から決して目を離すまいと、神経を研ぎ澄ましていく。
少しでも気を抜けば、一瞬で死ぬ。その光景が容易に想像できた。
そして、その予想は当たっていた。
次の瞬間、ユーリの眼前に槍が出現した。
ドッゴォォォン!
毘沙門天の行動は、ただ踏み込んで槍を突き出しただけだ。それだけのことが、まるで爆撃のような破壊の跡を床に残す。
ユーリは攻撃が当たる直前、体を右に逸らすことで、かろうじて回避に成功したが、完全に避けきることはできなかった。ユーリの左肩と頬には突きの衝撃によるものか、服が破け赤い傷痕がついている。
赤い色は血ではなくダメージエフェクトによる色だが、遠目にはまるで血を流しているかのようだ。
ユーリはそこで『危なかった』などと息をつくことはできない。回避には成功したが、いかんせん敵との距離が近すぎる。手を伸ばされれば届くような距離だ。
毘沙門天は攻撃を躱されたとみるや、左腕を大きく横に振るった。
ユーリは必至で足を動かし、その場からバックステップして躱すが、毘沙門天は床から引き抜いた槍を再び突き出してくる。
とだえることのない攻撃に対し、ユーリは防戦一方だ。さっきまでの、攻撃の隙間を縫うような反撃はできずにいる。
このままではまずいと、ユーリは焦る。
躱し続けることが出来たとしても、クエストの制限時間内に倒せないのでは意味が無い。
とにかく、何とかして仕切り直さないと。そう思ったユーリは多少強引にでも反撃の一撃を当てるべく、薙刀を握る手に力を込めた。
ユーリの正面から槍が突き出される。
今までなら身を捻りながら後ろに跳んでいたが、今度はあえて懐に飛び込んだ。
ユーリが近づいてくると見るや、毘沙門天は左拳をユーリに向かって繰り出した。
拳が当たる直前、ユーリは右足を力いっぱい踏み込み、その足を軸に無理矢理回転することで、回避する。
躱した直後、ユーリは床を蹴って敵の胴体の高さまで跳び上がった。
回避のみを考えるならば、間合いは一定に保つべき。だが今、毘沙門天は槍と拳、両方を突き出した状態で、すぐには次の攻撃に移れない。
反撃を狙うならばここしかないと、ユーリは考えた。
回避の際に行った回転の勢いは、跳んでいる最中も失われずにいる。ユーリは回転の勢いをそのままに、槍を胴体に突き出した。
近距離闘技“刃導衝波”
この技から繰り出される攻撃は、斬撃ではなく衝撃。
刃から衝撃を伝導させて敵を吹き飛ばすという、ダメージを与えることよりも間合いを離すことを目的とした技だ。
いくら巨体であると言っても3m程度の人型。モンスターの中には10mや20m、中にはビルのような規模の100m単位のモンスターも存在する。
そんな奴らと比べれば毘沙門天の大きさは小柄な方であると言えるだろう。
よって、たとえ神話級のエネミーであっても、全力で繰り出したこの技をくらえば十分に吹き飛ばせる見積もりだった。
ドッ!!
放たれた技の衝撃で空気が軽く振動する。衝撃音が響き、手に持った薙刀からは当たったという手ごたえを感じたが、どうにもその感触に違和感があった。
ユーリはその違和感から一瞬遅れて目の前の光景を知覚すると、目を驚愕に見開いた。
毘沙門天の立ち位置はわずかに後ろに下がっただけで、吹き飛ばしたと言えるほどのものではない。
(ッ、衝撃を、いなした!?)
まともに当たって吹き飛んでいないのはおかしい。相手は神話エネミーといえども低級。しかもイベント仕様のため、ある程度の弱体化がされているのだ。
ユーリとの間に、大きなステータスの差が有るとは考えられない。
ならば何が原因か。
攻撃を当てた瞬間の違和感、ステータス以外の要因。これらのことからユーリは何をされたのか、すぐに理解した。
だが、それが分かったから何になるというのか。
毘沙門天は体勢を立て直し、今にも槍を突き出そうとしている。
対するユーリは、着地したばかりの体勢。
冷静に躱すことなど、出来る筈もない。ユーリはとっさに手に持った薙刀の柄を前に突き出して耐えようとする。
その行動が功を成したのか。少なくともユーリは、この攻撃で即死することは無かった。
ガキィン!
毘沙門天の持つ三叉戟、その先端の三又に分かれた槍先の隙間にユーリの持つ薙刀の柄が咬みあった。
現実には無い、仮想世界ならではの特別な金属から作られたその薙刀は、毘沙門天の剛腕から振るわれた攻撃にも折れることなく耐える。
しかし、斜め上から突き出されたその攻撃は、ユーリが踏みしめていた床をバキリと割り、ユーリをその場に縫い付けた。
毘沙門天はそのまま手元を捻り、薙刀を弾き飛ばした。
弾き飛ばされた薙刀はクルクルと回りながら一本の柱に突き刺さる。
「しまっ…」
―――た。そう言い切る前に毘沙門天の左拳がユーリに直撃した。
姿勢を僅かにかがめ、すくい上げるかのように繰り出された巨大な拳は、小柄なユーリの体をいとも簡単に吹き飛ばした。
ドッゴォォォン!!
ユーリはとっさに腕を正面で交差したが、その防御の姿勢も虚しく、バウンドすらすることなく、壁まで一直線に吹き飛ばされてしまった。
「ガッ、ゴホッ」
勢いよく背中から壁に叩きつけられたユーリは衝撃でむせかえる。
だが、敵の攻撃はそこで終わらない。
毘沙門天は槍を床に突き刺して武器を手放した。すると、空になった両拳が発光を始める。
バチバチと輝く拳を毘沙門天はユーリに向かって連続で突き出した。
突き出される拳からは無数の光弾が生まれ、ユーリに殺到し
バッキィィィン!
空中で、何かに衝突して霧散した。
透明で見にくいが、よく見てみると光弾がはじけた場所にはガラスのような壁が出現しているのが分かる。
壁に叩きつけられたユーリは痛みに耐えながらも、毘沙門天の攻撃をしっかりと視認していた。
決して軽い痛みではない。
HPが一気にイエローゾーンまで落とされる程のダメージ量。当然痛みも相当なものだ。
そんな痛みの中、とるべき手段を選べるほどの余裕などない。ユーリはとっさに魔法による防御障壁を展開することで光弾を防いだ。
トレーニングなどと言って、魔法をケチってなどいられない。少しでも障壁を張るのが遅かったら、負けていたかもしれないほどに追い詰められていたのだ。
半透明の壁の内側で自身の失敗を反省する。
(ここまで動きが良くなるか。……見積もりが甘かった)
単純なスピードや攻撃といった、ステータスだけのことではない。ユーリは神話エネミーのAIの高さを失念していた。
攻撃された瞬間に自らも跳び、衝撃を受け流す。
言葉にした時の容易さと、実際に行う時の難度にどれだけの差が有るか、わざわざ述べなくとも分かるだろう。
少しでもタイミングがずれては意味が無く、たとえずれなくても、ただ跳ぶだけではまだ無意味。
ユーリの知り合いにも、同様の手段を用いて攻撃を無効化できる人間はいる。
しかしまさか、自律思考型でもない、不完全な人工知能でしかないアレがそれをやるとは予想外だったのだ。
もちろん完全に衝撃をいなせたわけでもなく、だからこそわずかに後ろに下がったのだろうが。
こちらの攻撃に対するとっさの回避行動、そこからさらに武器を弾くまでの器用な動き。
宝塔が壊れる前とは比べ物にならない程に、動きの精度が上昇していた。
ペキッ、パキリ
そんなことを考えている間に障壁に罅が入り始めた。もう破られるのも時間の問題である。
状況は絶望的と言っていいだろう。相手のHPは未だ半分残っている。
腕時計に視線を落とすとわずか3分程度しか時間が無い。そんな短時間でHPを削りきらなくてはいけないのだ。
(しかたない……か)
「はぁ」
どこか諦めた様子でユーリはため息をつく。
バリィィィン!
そしてついに障壁が砕け、ユーリがもたれ掛っていた壁が光弾の光で埋もれた。
一方、戦闘を見ていたコトネは、ユーリに駆け寄ろうとしているところをカケルに止められてた。
二人は、毘沙門天が強化されてからの攻防をほとんど目で追い切れていなかった。
毘沙門天が強化されてからの最初の攻撃も、踏み込んだ時の初動と、突き出された槍という結果。その二つしか認識することができなかった。
しかしそんな二人にも、吹き飛ばされた小さな影がユーリであると言う事は理解できた。
「止めとけ。今行ったら攻撃されるぞ」
「でも!」
「大丈夫だって、ここで負けても現実で死ぬわけじゃなし」
そう言われてコトネはここがゲームの世界だったと思い出す。あまりにも緊迫した戦いを見せられていたため、ここが現実であると錯覚していたのだ。
だがそれでもコトネの不安は消えない。
大型トラックがぶつかったとしても、ああは吹き飛ぶまい。現実であれば、ほぼ100%生きてはいないだろう。
それほどの勢いで吹き飛んで心配するなという方が無茶な話だ。
未だに心配する様子を感じ取ったカケルは安心させるように言葉を続ける。
「それに、この程度で負ける程あいつは弱くない。よく見とくんだな」
そうカケルが言った次の瞬間、障壁の砕ける音が響き、ユーリの居た場所が光に覆い尽くされる。
コトネはその光景に息を呑むが、カケルは全く心配していない様子だ。
光が収まった時、ユーリの姿はそこから消えていた。
光弾が直撃する直前、障壁が砕けた瞬間にユーリは駈け出していた。
走りながら、ユーリは一つの魔法を発動する。
“魔球”という、寺の中の亡霊を一掃した魔法だ。
単純に魔力の球体を作り出すというだけの技だが、応用の幅は恐ろしく広い。
慣れれば大きさや属性、数量など自由自在にコントロールして発動できる。
今回発動した魔球の大きさはバレーボールよりもわずかに小さい程度。
それほどの大きさの球体が無数に天井付近を漂い、一部はその天井に続く階段のように配置されている。
ユーリはその階段のように配置された魔球に跳び移り、登って行った。
移動中も毘沙門天の攻撃はやまない。未だに拳から光弾がユーリに向かって飛ばされている。
無数に繰り出される光弾の隙間を縫うようにユーリは空中を跳びはねる。跳びはねる最中、ユーリはウインドウを操作して一つの装備を呼び出した。
それはところどころに煌びやかな宝石が装飾され、どこか神々しい雰囲気を纏った身の丈ほどもある弓だった。
弓を手にしたユーリは敵との距離を測る。そして毘沙門天の真上付近にまで近づいたとき、球体から飛び降りた。
落下の最中、毘沙門天に向かって瞬時に弓を構える。
正面からは光弾が迫っているというのにユーリは冷静だった。
何も考えずに、クリアな思考の中で視界に収まる敵に対して、ただ冷静に矢を放った。
「跪け」
ユーリの放った金色の矢は、音速すら超えた速度で光弾を弾き、消し飛ばしながら突き進む。
しかし、毘沙門天も黙って当たってはくれない。
ユーリが矢を放とうとした瞬間、床に突き刺していた槍を右手で引き抜き、そのまま横に薙いだ。
矢が放たれてから対処したのでは、さすがの毘沙門天も速度についていけない。
そういった判断も含めてさすがであると、後にユーリは思った。
毘沙門天の振るう槍は、向かってくる矢を丁度振り払えるタイミングだった。
この光景をきちんと認識しているものがいたならば、横に一閃した槍が飛来する矢を二つに裂いたように見えたことだろう。
だが、二つに裂かれたその矢は、分かれた後も勢いを失うことは無く、毘沙門天の右肩と脇腹を貫いた。
矢が裂けたのは毘沙門天が槍を振るった事によるものではない。
敵がユーリの矢を放つ動作を見て対処したように、槍を引き抜く動作を認識していたユーリは、初めから二つに分かれるように仕組んでいた。
今まで少しずつしか減らせていなかった敵のHPが一気にレッドゾーンにまで減る。
しかしユーリの逆襲はそこで終わらない。
毘沙門天は攻撃をくらった衝撃で膝をつき、その姿勢から動けずにいる。
ユーリが呼び出したのは弓だけだ。ならば先ほど手にしていた矢はなんなのか。
武装生成魔法“王魔の矢”
その矢はユーリが魔法で作り出したものだった。その矢が持つ効果は、射抜いたものを硬直状態にすること。
もっとも、敵が強敵であればあるほど、それほど長時間止めていられないが。
与えられた時間はほんの僅か。その間に残り一撃を与えて残りのHPを削りきらなくてはならない。
魔法で削りきることもできるがユーリはそうしようとは思わなかった。ならばどうするのか。ユーリの手元には弓が一つで他に武器はない。
そう、手元には武器が無い。ならば新たに魔法で矢を作るか。いや、その必要もない。
ユーリが何故、弓矢という遠距離武器にも関わらず、わざわざ近づいたのか。
それは敵に近づくことが目的だったのではない。毘沙門天の近くの、柱に近づくことが狙いだったのだ。
先ほど弾かれた薙刀が突き刺さっている柱に。
落下する中、ユーリは柱からのびる薙刀の柄を掴み、一気に引き抜いた。
引き抜いた勢いを活かして、ユーリは回転を始める。
「ハァァァ!」
刃の軌跡が月のような円を描き、毘沙門天の左肩を斬りつける。
落下速度+回転による遠心力、それらによって威力を増した斬撃は鎧の上からであるにも関わらず、敵の身体を切り裂き、残ったHPを一気削りきった。
肩から深く切り裂かれた毘沙門天の身体は、着地したユーリの目の前で、まるで憑りついていたものが体から抜けていくかのように色を失い、元の木像に戻っていく。
「……はぁ、間に合った」
そして完全に色が抜け、毘沙門天の姿が木像に戻りきるのを確認したユーリは、安堵の声を漏らした。
時計を見てみると制限時間まで一分を切るところだ。もう少し倒すのが遅れていたらユーリの負けだった。
ユーリは安心したのも束の間、すぐさま落胆したような表情に変わった。
(あ~、できれば魔法を使わずに倒したかったな)
最後の場面だけを見るならばかなり一方的な展開だった。魔法を使う、ただそれだけのことで圧倒してしまえたのだ。だからこそ、ユーリは魔法に頼ることなく勝利を収めたかった。
カケルとコトネも敵が消え去るのを確認すると、すぐさまユーリの近くに駆け寄る。
もっともカケルの方はあまり心配した様子ではないが。
「兄さん、大丈夫!?」
「ああ、大丈夫だよ」
心配そうな様子で声をかけるコトネに対し、ユーリは問題ないと返した。
パチパチパチパチ
そんな中、突然拍手の音が響いた。
コトネとカケルの二人は突然の音に驚いた様子で、聞こえてきた方向に視線を向ける。
ユーリはこの音がなんなのか、元から知っていたのかさほど驚いた様子はない。
視線を向けた先には、最初に毘沙門天が鎮座されていた台座。その台座の前にスーツ姿の青年が立っていた。
年齢は見たとこ20代前半と言ったところ。眼鏡をかけた顔つきは仕事のできる会社員と言った風だ。
しかしその一方で、髪は若干茶色がかっており首元の長さまである。その風貌からは、やんちゃな若者と言った印象も感じられた。
青年はユーリ達の方にゆっくりと近づきながら、ユーリに声をかけた。
「やぁ、おめでとう。ユーリ君」
「どうも、見てたんですか? 相田さん」
「まぁ、これも仕事だからねぇ」
相田という青年とユーリは顔見知りのようで、どことなく口調が軽い。
「お疲れ様です。大晦日なのに大変ですね」
「そうでもないよ。君たちの戦いは、紅白やバラエティー番組を見ているよりもよっぽど楽しめる」
「ありがとうございます」
その比較の仕方は褒めているのだろうかと、カケルとコトネは疑問を感じたが、ユーリは純粋な褒め言葉と受けとったようだ。
「それにしても意外と時間がかかったね。他の七福神イベントは全て終了しているよ。僕はてっきり君が最初に終わると思ったんだが」
「まぁ、少し油断しすぎた。ということにしておいてください」
質問に対し、ユーリは笑ってごまかした。
本人にとっても、今回の戦いは色々と苦々しく思うところがあったため、そう言った指摘をされるのは少し恥ずかしかった。
「そうかい。それじゃあ、雑談はこれくらいにして、まずはそこのお二人には自己紹介でもしようか」
相田はそういうとユーリの方からカケル達の方へ視線を移す。
「初めまして。僕は相田幸孝、そこに居るユーリ君の担当者です」
「担当者?」
担当って何のことだと、コトネは首をかしげる。
そんなコトネに対し、相田から説明があった。
「実力が認められたプレイヤーには運営から一人、担当者が付きます。それ以降、何か特別な情報など連絡することがある場合、担当者が知らせることになります」
「? あの、実力が認められるって、具体的にどうすれば認められるのですか?」
質問はコトネからだ。
「そうですね、基本的に神話エネミーを倒したプレイヤーにはたいてい担当が付きます。
神話エネミーの戦闘は常時モニターされているので、戦闘内容を見ればだいたい実力が分かりますから」
コトネは相田の話を聞いて何か気になる事でもあったのか、顎に手を当てて考える仕草をとる。
「…何か他に気になる事でも?」
「あ、いえ」
気になることは無いと否定の言葉を述べながらも、コトネは若干目を細めながら観察するような視線を相田に向けている。
「そうですか。それじゃあ今回の連絡事項について話そうか」
そんな視線に気が付いていないのか、相田はユーリに向かって話題を切り替えた。話し相手がユーリに代わったことで口調も若干軽いものに変わっている。
「まずは、もう一度おめでとう。今回の七福神イベントで、例年のイベントを含めて全ての七福神が討伐され、チケットが揃った」
相田は毘沙門天の木像に近づいていく。毘沙門天の額にはいつの間にか一枚の札がついており、相田はその札をはがすとユーリの方に差し出した。
札には先ほどの毘沙門天の姿が描かれている。チケットというよりも陰陽師などが持っていそうな護符のような感じだ。
「これで、他六枚のチケットと合わせれば宝船への乗船権が与えられ、新エリアに行くことができる。他のチケットの持ち主は君も知っているだろう」
質問ではなく確認。
ユーリが持ち主を知っている事を確信しているが故の言葉だ。
そのため、ユーリもわざわざ『はい』とは答えずに質問に移った。
「だいたいどれぐらいで島に到着しますか?」
島、というのは宝船で行ける新エリアのことだ。
「そうだね、風向きや天候にもよるけど、だいたい4~6時間もあれば着くよ」
「海上でモンスターに襲われることは?」
「もちろんある。けど大丈夫。仮に海で全滅しても宝船への乗船権が失われることは無いから、何度でも挑戦できる」
そういう問題か、と傍で話を聞いていた二人は思ったが、ユーリは別段気にした様子はない。
「船に乗れる定員は?」
「船の広さが許す限りは何人でも乗れる。乗客の内、一人が全てのチケットを持ってさえいればいいからね。…他に質問はあるかな?」
一通りの質問に答えると、まだ質問はあるかと聞いてくる。
ユーリは顎に手をあてて、少し考えるそぶりを見せる。その素振りがどことなくコトネと似ているあたり兄妹だなと、見ていたカケルは思った。
「…その島には、神は居ますか?」
多少の間を開けてから質問を口にしたユーリに対し、相田の方も答えを口にするのにわずかに間が空いた。
「ふむ、…その神というのが通常のエネミーの方を指しているのなら、確かに居る。具体的にどこにいるかまでは教えられないが」
「そうですか、ありがとうございます」
ユーリは、それだけ聞ければ十分だと思いながら礼を述べる。
「まぁ、代わりっていう訳じゃないけど耳寄りな情報を一つ。次の≪創世祭≫の大会には参加した方が良いよ。取っておきのゲストが出るからね」
その言葉を聞いた時、若干ユーリの目つきが鋭くなった。
カケルも相田の言葉に目を見開き驚いた様子だが、コトネは何の話しか分かっていないようだ。
「マジかよ! そんな情報教えていいのか?!」
疑問の声はカケルからだ。
その声は相田に対する質問というよりも、驚きのあまりつい発せられたという感じだ。年上相手だというのに敬語を忘れてしまっている。
「この程度の情報なら別に構いませんよ。担当者付きと、その友人の特権というやつです」
相田はカケルの言葉遣いにも気にした様子はなく、笑ったままだ。
カケルの疑問に答えてすぐ、今度はユーリから質問が上がった。
「大会って、どれのことですか」
SLOでは毎年、多くの大会がまとまって開催される祭りがあり、その祭りの事を≪創世祭≫と呼ぶ。
≪創世祭≫では戦闘に限らず、料理やスポーツ、芸術など、開催される大会の種類や規模は多岐に渡り、軽く100を越える大会が開催され、仮想世界中の人間で賑わうのだ。
≪創世祭≫で特別ゲストが出るのは分かった。問題なのは幾つもある大会の内、どれのことを言っているか、ユーリの疑問はそこだった。
「そうだね、とりあえず出場するゲストの数は5体、低い階級の大会に出ることは無い。言えるのはこれぐらいかな。後は自分で考えてね」
「まぁ、そこは仕方ないですね。出場してからのお楽しみとしておきます」
ユーリは相田に向かって苦笑しながらそう返した。
次の祭りにゲストが登場する。それだけでもユーリにとってはかなり価値ある情報だ。
「お、それじゃあ出場してくれるんだ? いや~、楽しみだよ」
「まぁ、参加しても戦えないかもしれませんが。もし団体戦とかだったら、メンバーが集まらないかもしれませんし」
そんな事を言ってはいるが、ユーリの言葉から不安な様子は感じられない。
(ああ言ってるけど、こいつのことだから適当に人数そろえて後は自分一人で戦うとかやりそうだな)
カケルはユーリの台詞を聞いてそんな事を考えていた。
「≪エニアグラム≫で話せば皆協力してくれるんじゃないかい?」
「簡単に了承してくれるといいんですけどね」
そう言ってユーリは苦笑した。
「≪エニアグラム≫?」
コトネは聞きなれない単語に、ギルドか何かの名前だろうかと首を傾げていると、相田がその疑問に答えた。
「≪エニアグラム≫って言うのは、運営から担当者がつけられているプレイヤーのことですよ。
現在、担当者持ちは九名しかいなく、その九名のプレイヤーを≪エニアグラム≫と呼んでいます」
簡潔に説明を述べた相田は再びユーリのほうに視線を戻した。
「まぁ、なにわともあれ、今回の連絡事項はこれで終わり。あそこの台座でクエスト報酬を受け取った後に転移するといいよ」
「色々と情報、ありがとうございます」
「どういたしまして」
そういうと相田はウインドウを開いて操作すると、その場から消え去った。
「…胡散臭い人」
「は?」
相田が去ると、静かになった寺の中でコトネがボソリと呟いた。
近くに居たカケルはその呟きを僅かに聞き取ることが出来たため、何を言っているんだと疑問を浮かべている。
そんな中、呟きが聞こえなかったユーリは一人動きだし、ただの木像と化した毘沙門天に近づいていった。
コトネと、疑問の表情を浮かべていたカケルも、そちらに興味が移ったのかユーリが何をするのか眺めている。
ユーリは木像のそばまで行くと一つの布袋を取り出した。
【素材収納袋(特大)】
ユーリは取り出した袋を開く。開かれた袋はかなりの大きさで、毘沙門天の巨体をすっぽりと包みこめるぐらいはあった。
ユーリはその袋を木像に覆い被せると、被せたはずの袋は、まるでそこに木像が無かったかのように床にふわりと落ちた。
「……お前、何やってんの?」
声の主はカケルだ。
「素材収集」
「いやまぁ、そうだとは思ったけど…それ、一応神様だよな?」
なんて罰当たりな、とカケルは頭を抱えている。
いくら仮想世界とは言っても、神像を素材として回収するとか普通ならば考えないだろう。
「そうだけど?」
ユーリは何か問題でもあるのかと首を傾げている。
カケルはそんな様子に呆れてため息をついた。
「あー、まぁいいや。用が済んだならもう帰ろうぜ」
「ん、そうだね」
カケルの言葉に従ってユーリ達は先ほど相田が指していた台座の上に乗った。
3人が台座に上がった瞬間、クエスト開始の時と同じ鐘の音を響かせながら、目の前にクエストクリアを告げるウインドウが広がる。
###Congratulation###
クエストクリアおめでとうございます。
以下、クエスト報酬はパーティー共有ストレージに格納されておりますので、お早めに取り出してください。
1週間以内にストレージから取り出されない、もしくはパーティーが解散された時は、自動的に各メンバーにランダムで分配されるのでお気を付け下さい。
【報酬】
・15160Gp
・100,000Rc
・おみくじ × 3
【詳細】
・ノーマルモンスター討伐報酬
20Gp × 108体 = 2160Gp
・ボスモンスター討伐報酬
7000Gp
・クエスト受諾報酬
30,000Rc
おみくじ × パーティー人数
・クエスト完遂報酬
6000Gp
70,000Rc
―――――――――――
GpというのはSLO内の各所に存在するギフトショップでSpや様々なアイテムと引き換えるためのポイントのことである。
貨幣とは異なり、一度プレイヤーが入手したGpは他のプレイヤーとやり取りすることはできず、入手したプレイヤー以外は使用できないのが特徴だ。
この世界はレベル制ではない。取得したSpを各ステータスに割り振ることで能力が強化される仕組みとなっている。
ちなみにGpとSpのレートは1Spあたり100Gpだ。
Rcはロックと言い、SLO内の貨幣のことである。
ユーリは一通り確認すると報酬画面を閉じ、転移画面に移った。
「転移場所はさっきの街でいいよね?」
転移する場所をカケル達に聞くと、二人が頷いたので先ほどの街へ転移した。
神話エネミーとか言ってますが、作者に神話知識はほとんど無く、毘沙門天の持つ宝塔の意味もよく知りません。
とりあえずハンデになってるんだから壊しちゃえって感じのノリで壊しました。
不快感を感じたらすみません。