悪役王女、逆行転生の末に前前世まで思い出すーシステム上愛されないならそれでいい。でも前世苦しめた人々に贖罪だけはしますー
お父様とお母様は、この大陸でも随一の大国リュキア帝国の皇帝と皇后。
そして私はその一人娘で皇位を継ぐ皇太子。女だけど、お父様とお母様は私以外子宝に恵まれず従姉妹たちもみんな女だったし過去に女性が皇帝になったこともあるので許された。
けれど、私は皇太子になった頃にはすでに心が壊れていた。
「お父様もお母様も、私を後継としてしか見ていない…愛情なんて、欠片ももらえない…」
お父様もお母様も、私を厳しく指導するが…そこに愛はない。
あの二人の関心は、国の安寧だけ。
皇帝と皇后としては正しいのだけど…娘である私からすれば、悲しくて寂しくて仕方がなかった。
「だから私は、みんなに当たった」
気に入らない侍女を時に折檻して、時に無慈悲にクビにした。
誰も私に逆らわない。
誰も私にひれ伏す。
だが、そんなことをしても求める愛は得られなかった。
そして運命は動き出す。
「今日からよろしくお願いします、お姉様!」
腹違いの妹がお父様に引き取られた。
非公式な妾の子。
けれど彼女は、姫として迎え入れられた。
…彼女は大層愛された。
お父様も使用人たちも、貴公子たちからも。
「お母様は妾の子が愛されるのに我慢ならず、私に言った。『あんな子いなければいいのに』と」
チャンスだと思った。
あの子を排除すれば、お母様は喜ぶ。
みんなもあの子ばかりを見なくなる。
私はあの子をいじめるようになった。
いつからか私は、悪役王女と呼ばれるようになった。
「そして、お父様と私の婚約者だった男によって断罪された」
幸いお母様には罰はなかったが、私は父の怒りに触れたため斬首刑に処された。
結局最後まで、誰からも愛されることはなく。
『ねえ、君』
「はい?」
だれ、だろう。
『やり直したいかい?』
「え、あ、はい」
それが許されるのなら。
『ならば、やり直しするとして次はどんな人生を送る?』
「贖罪を」
『…へえ、どんな?』
「傷つけた人たちに、せめてもの償いを。その場になってみないと、何が出来るかわかりませんけれど」
『なるほどね。わかった、君にも情状酌量の余地はあるからね。一度だけチャンスをあげよう』
え?
どういうこと?
『さあ、お行き。たった一度きりのチャンスだ。そしてなかなか無い奇跡だ。大切にして生きるんだよ』
待って、あなたは―…
「――あなたは誰!」
私は目を覚ます。
きょろきょろと辺りを見回せば、私の部屋。
でも、それは子供の頃の内装だった。
手を見ると小さい。
鏡の前に立てば、幼い頃の私だった。
「私、まさか…時間の巻き戻しを、しましたの?」
この十二歳くらいの年頃の私は、まだ周りに当たり始まる前。
そして、お父様とお母様の愛を求めてがむしゃらに頑張っていた頃でもある。
『忘れてた。君は僕のお気に入りだったから、もう一つおまけをあげる』
「あ、あなた誰ですの!?」
『それは秘密。さあ、君の前世…いや、前前世を思い出して』
その声を聞いて、ずきりと頭が痛む。
それは前回の人生とはまた違う前世…いや、前前世。
地球という星の日本という国で生まれ育った女子高生だった頃の記憶。
「ああ、そういうことでしたの…」
前世の私の趣味は、数ある乙女ゲームの収集と攻略。
だから分かる。
私は、乙女ゲームのラスボス。
嫌われ者の、悪役王女。
「私は、そもそもシステム上誰かに愛されるわけがなかったのね…」
ヒロインであるあの腹違いの妹がどんな選択肢を選ぼうと、私は誰もに嫌われ処刑される。
そう思ったら、なんだか笑えてきた。
一人寝室で、過呼吸になるほど笑い転げる。
笑いと過呼吸が収まった時、私は真顔で自分の頬を叩いた。
「このバカ!みんなに当たり散らして馬鹿みたい!今回の人生では絶対誰にも当たらないし、前世傷つけた人たちに今世で罪滅ぼしするんだから!」
私は、とりあえずまずは今私に仕えている…前世で折檻しまくった挙句クビにした侍女のマリーとエリーに詫びることにした。
「ねえ、マリー、エリー」
「はい、姫様」
「どうなさいました?」
この頃はまだ嫌われても怖がられてもいなかったので、マリーとエリーは普通に接してくれる。
「マリーとエリーは本当に良く私に尽くしてくれていますわ。ですから、褒美に一つ…なんでもは無理ですけど、出来る限りのお願いを叶えますわ」
「え、でも!」
「姫様に仕えることが既にご褒美ですし!」
この頃はこんな風に思ってくれていたのね…私は本当に、なんで酷いことを…。
「お願いよ…マリー、エリー。私にお礼をさせて」
「姫様…!」
「ありがとうございます、そのお言葉が何よりの褒美です!」
「それで、願いは?」
二人は顔を見合わせた後、困ったような顔をしつつ言った。
「私は、孤児院の出身です。ですので、孤児院に少しでも寄付いただけると…」
「私は養老院に身内がいて…そちらに寄付をいただけると…」
「分かりましたわ、私に任せて」
私はその後、すぐに行動に移した。
私財を投じて匿名で、リュキア帝国全土の孤児院と養老院に寄付をしたのだ。
私財とはいえ、無理のない程度に使ったので誰に咎められることもないだろう。
そしてその『匿名』の寄付で、リュキア帝国全土の孤児院と養老院は苦しい経営から持ち直した、らしい。
マリーとエリーにはえらく感謝されてしまった。
「実際には、ただの贖罪なのですけれど」
「姫様?」
「どうしました?」
「なんでもないわ、いつもありがとう」
「ふふ、はい。姫様こそありがとうございます」
娘が人が変わったようになった。
突然勉強ができるようになった。
突然マナーが完璧になった。
まだ幼子なのに、淑女の中の淑女と言って良いほど洗練されている。
そして、我儘を言って余と皇后を困らせていたのが嘘のように余たちに近付かなくなった。
「おまけに、私財を投げ打っての孤児院や養老院への寄付…これは、あの子は皇帝として上手くやっていけるかもしれない。もうこれ以上厳しくする必要はないのではないか」
「ええ、そうですわね。これからは皇帝と皇后としてではなく、父と母としてあの子を甘やかしてあげられそうですわ」
「そうだな、本当に良い変化だ。喜ばしい」
この時余たちは、もう娘が余たちの愛を欲しがっていないことに気付けなかった。
「マリン、なにか欲しい物はないか?」
「予算で買える物で十分です」
「マリン、たまにはお母様に甘えてもいいのよ」
「皇后陛下はお忙しいので、遠慮します」
愛娘をようやっと甘やかせるようになったのに、甘えてくれない。
しかしそこに精神的な成長も見て取れて、愛おしさが増す。
まさかこれが精神的な成長、自立などではなく…拒絶だとは思わなかった。
そして私は今世でも、幼くして親が決めた婚約者と出会う。
「お初にお目にかかります。リュキア帝国皇女、マリン・レノー・リュキアですわ」
この方、前世ではヒロインである腹違いの妹にゾッコンでしたわねー…気分が萎えますわ…。
と、思っていたのに。
何故が彼は前世では素っ気なかったくせに今世ではやけに甘い顔をする。
「お初にお目にかかります。メルクリアス・レドモンドと申します。お会いできて光栄です」
え、貴方私に対してそんな殊勝な態度取ったことありましたっけ。
「マリン様、貴女の帝国全土の孤児院や養老院に対する定期的な寄付によってたくさんの者が救われております。さすがです」
「…え、私匿名で送ったはず……」
「匿名でもすぐバレますよ。あれだけ盛大にやれば」
「ええー…」
人の口に戸はたてられないか。
それにしても、なんだかお父様もお母様も婚約者であるメルクリアス様もやけに甘い。
今更そんな態度を取られても、どうしろと言うんですの…?
僕は素晴らしい方と婚約を結べた。今本人を目の前にして改めてそう思う。
『匿名』で孤児院や養老院に寄付する優しさ、奥ゆかしさ、国を思う心。
全てが素晴らしい人だ。
そんな方を目の前にして、僕は舞い上がっていた。
やがて女皇帝となる彼女を一番側で支えられる。
こんな幸福があっていいものか。
だから気が付かなかった、小さな拒絶に、そして怯える心に。
私、十七歳になりましたわ!
そろそろ断罪が近付いてきましたわね!
世間では私を慈悲深く素晴らしい人格者なんて声もありますけれど、どうせヒロインである腹違いの妹が出てきたら手のひらを返されるでしょうね。
侍女たちは…マリーもエリーも優しく、前世以上に忠義に溢れていますけれど。
さて、今日はヒロインである腹違いの妹が引き取られる日。
「皇后陛下…大丈夫ですの?顔色が悪いですわ」
「ああ、マリン…私が不甲斐ないばかりに、皇帝陛下が知らぬ間に妾と子供を作っていましたの…今日、貴女の妹が王宮に引き取られますわ」
「…大丈夫ですわ、お母様。きっとすごく良い子です。私がお母様と妹の橋渡しをしますわ」
「マリン…貴女は不安じゃないの?もしかしたら皇位継承権を奪われるかも…」
「それならそれでいいではないですか」
「!?」
お母様の手を優しく包み込む。
「私より優秀な子であればそれでも構いません」
「でも…」
「それよりお母様が心配です。ご無理はなさらないで」
「…そうね、ええ、そうね。マリンがそこまで言うなら、私もその娘を受け入れましょう」
「お母様…ありがとうございます」
「お、お初にお目にかかります!カナリアです!」
「はじめまして、私はマリンよ。姉妹なんだからもう少し力を抜いて良いのよ」
そう言ってにこりと微笑めば、カナリアは頬を染めて可愛らしく笑う。
そして可愛らしいおねだりをしてきた。
「お姉様…とお呼びしても、その、よろしいでしょうか…?」
「ええ、もちろん。私は貴女の姉なのだから」
「お姉様!ありがとうございます!」
そして私はお父様とお母様に許可を得て、カナリアに勉強を教えることとなった。
私の教育は既に済んでいるからだ。
初めて会ったお姉様は、殊更優しく私に接してくださった。
庶民として育った私に、こんなに優しくしてくださるなんて…なんて素敵な方だろう。
これからお姫様になる実感なんてまだないが、どうせお姫様になるならお姉様のようになりたい。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、お姉様が勉強まで教えてくださることになった。
私はそれだけでやる気に満ち溢れて、寝る間も惜しんで勉強の予習復習をした。
お姉様の期待に応えるために。
まさかお姉様が、まだ起こしてもいない罪の罪滅ぼしのために心を削ってまで私に優しくしてくれていたなんて思いもせずに。
カナリアはかなり筋が良く、ヒロイン補正なのかすぐに教養をどこに出しても恥ずかしくないレベルまで身につけた。
彼女は皇女教育を終えてからも、私に甘えに来るようになった。
前世したことの彼女への罪滅ぼしとして、極力甘やかすようにしている。
「お姉様、大好きです!」
「私もよ、カナリア。愛しているわ」
―…これは、嘘ではない。誤魔化しでもない。妹は可愛い。何故お父様から愛されるのか、良く分かるくらいに。
別に今更、苦しくなんてない。
そんな妹を甘やかして、両親が何故か優しくなり、婚約者が何故か私に好意的に接してくれる謎の日々が続きつつも…私は孤児院と養老院への寄付は忘れていない。
おかげでマリーとエリーはすっかり私に懐いて腹心となっていた。
そんな中で、いよいよ私の断罪の日…建国記念日がやってきた。
どくんどくんと胸がうるさい。
今にも吐いてしまいそう。
「大丈夫ですか?マリン様、お身体の具合が悪いならお休みになりますか?」
そう言ってメルクリアス様が私に触れようとした瞬間、私の中の何かが爆発した。
「なんで今更っ…今更優しくするのですか!」
「今更?」
「最後にはどうせ私を殺すくせに!」
「待って、それはどういう…」
私は悪役王女。
シナリオでそう定められている。
システム上、愛されるはずなんてないのだ。
どう転んでも処刑されるのだ。
「今回はどうやって殺されるの?毒?斬首?なんだっていいわ!もう覚悟は出来てるもの!」
「待ってください!それはどういう…何故そんな誤解を!」
「誤解じゃないわ、そうなるのよ!」
お父様もお母様も、メルクリアス様もカナリアも。
みんな突如発狂した私の言葉に心底驚いた顔をしていた。
そして、みんなの顔が悲しげに歪む。
それを見てなんでそんな顔をするんだろうと疑問に思った後、私は過度の興奮状態にあったからか意識を手放した。
目が覚める。
王宮の医務室に寝かされていた。
お父様とお母様、メルクリアス様とカナリアが私に気付いて慌ただしく動き出す。
「マリンの意識が戻った!」
「お姉様、よかった…!」
「マリン様、僕が誰かわかりますか?」
「マリン、大丈夫?苦しいところや痛いところはない?」
…どうして。
殺される、処刑されるはずじゃないの?
「私の処刑は…?」
「…マリン様。なぜそのような勘違いに至ったのかは今は問いません。ただ、聞いてください。僕や姫殿下はもちろん、皇帝陛下も皇后陛下も貴女を害する気はこれっぽっちもありません」
本当に?
なら私は、シナリオに、システムに打ち勝ったの?
どうして?
なんで?
じゃあ前世の私はなんだったの?
「余は、そして皇后はお前を心から愛している」
「愛してるわ、可愛いマリン」
…どうして?
どうして今更そんなことを言うの?
私は悪役王女なのに。
「お姉様、愛してます、大好きです!だからそんな悲しいお顔をしないで…!私たちを信じてください!」
私は悪役王女なのに。
たくさんの人を甚振ったのに、こんな幸せがあっていいの?
今更。
こんなの今更なのに。
「処刑されないのですか…?幸せになって良いのですか…?」
「ええ、そうですよ。何か誤解があるようですが、それは時間をかけてでも解消してみせます。貴女は幸せになるべき人間ですよ。間違っても処刑などあり得ない」
そう言ってメルクリアス様が私の涙を掬い、私の頬にキスをした。
なぜかそれにすごく安心して…。
―…ああ、やり直しは上手くいったのね?ちゃんと贖罪できたのね?だからこんなに幸せなのね?
『そうとも。君は幸せになっていいんだ。もうとっくに許されていたのだよ』
あなたは誰?
『僕は君の魂に一目惚れしたただの精霊。これからも見守っているから、どうか幸せにおなり』
―…ありがとう。
『どういたしまして』
こうして私は、やっと『自分=悪役王女』という認識を改めて幸せを得ることが出来たのでした。




