残悔のおくり人
生きるとはなんだろう。
隣国との戦争が始まってから早5年。
私は2年前に徴兵されたのだが、検査の際に身体が虚弱という理由で陸軍への入隊を拒否された。
そして、配属されたのは報告局だった。
報告局の主な仕事は、戦死者の親類縁者に戦死した旨を伝えるというものだった。
毎日毎日毎日、戦死者が出る。
身元が分かり次第、私たち報告局はその家族のもとへ直接「報告」する。
「なんで…どゔしてあの子が死ななぎゃぁいげなぃの…」
「お前が代わりに死ねばよかった…!!」
「…………ぇ」
彼らは失った苦しみを感情として吐き出す事しかできない。
感情を殺す。
私達は彼らの突然の喪失の受け皿にならなければならない。
それが、ふるいに落とされた者の「責務」なのだから。
たとえ社会から「死神」だと罵られ忌み嫌われても。
「やっと着いたか…」
駅のホームに降り立ち、朝露を含んだ空気を軽く吸う。
私が訪れたのは、報告局がある帝都から数百キロ離れた村だった。
戦争とはなんら縁もゆかりも無さそうな土地。
しかし、「報告」に行かねば。
車掌に住所を聞き、目的の所へと向かう。
「なんで報告局が…?」
そんな会話を耳にして、ふと周りに視線をやる。
老人が、婦人が、農家が、店主が、子供が、私を見ていた。
見渡す限りの広大な自然、だが私は民衆の前で処刑台に立つ罪人のような孤独を感じていた。
目的の場所に着いたのは、日が真上に来る頃だった。
山の麓にある丸太小屋、しっかり表札を確認する。
ふーっと息を吐き、コンコンと扉を叩く。
「はーい」
若い女性の声だった。
扉が開く。薄いベージュのワンピースを着た女性が出た。
「こんにちは、フロイスさんのお宅で間違いないでしょうか」
「……はい」
彼女は怪訝な顔でこちらの様子を伺っていた。
「私、報告局の者ですが」
「アールズ・フロイスさんが戦死したという事をお伝えしにきました」
私は、淡々と「報告」した。
「………………え」
彼女は立ち尽くしていた。
しかし私は、間髪を入れずに書類内容を伝えていく。
「――、つきましては」
続けて言おうとしたが、目の前から彼女が消えている事に気づいた。
下に視線を向けると彼女が座り込んでいた。だが、
「…………ぅそ」
「なんでなんでなんでなんでなんでなんで・・・」
彼女は壊れたラジオのように「なんで」と呟いていた。
私はこの光景を何十回も何百回も目にしてきた。
私が暮らしている帝国は、多くの土地を持つ大国である。その歴史は常に戦争と略奪で作られてきた。
戦争には多くの人員を必要とする。そのため、帝国では出稼ぎに帝都に訪れている村人を徴兵し、戦地に向かわせるという行為を繰り返している。
当然、家族には知らされない。家族が知るのは、兵士が国の為に死んだという事実としてである。
私は先の様子を無視し説明を続けた。
「――以上となります。私は…」
一通り書類に書かれた内容を伝え、視線を上げた。
そこには、憎悪と悲哀の表情に満ちた彼女がいた。
「…返じでよぉ」
涙を流しながら嗚咽混じりに彼女は言う。
「あの人をがえじてぇ…」
私の脚に縋ってくる。
「……失礼します」
私は無理やり彼女を引き剥がし、去ろうとする。
「なんでぇ…がえしでぇよぉ」
「なんでなんでなんでなんでなんでなんで・・・」
それでも彼女は離れない。
「やめてください」
「なんでなんでなんでなんでなんでなんで・・・」
数十分後、私は逃げるように丸太小屋から去った。
彼女は追いかけてこなかった。
来た道を引き返し、駅へ向かう途中だった。
私は、道のそばにひまわり畑がある事に気づいた。
さらに、ひまわり畑の奥に教会が見えた。
普段ならあり得ないが、自然と教会の方へ足が動いていた。
「失礼します」
教会の扉を開けながら、小さい声で言った。
教会は質素な造りとなっており、中には誰もいないようだった。
私は諦めて帰ろうと踵を返したが、その時、奥から扉が開く音がした。
「あら、久方ぶりに人がいらしてる」
扉から現れた教会の主、老齢のシスターはそう言った。
「すいません、邪魔でしたか」
「いえ、寂れたこの教会に人がいらして嬉しい限りです」
彼女はそう返した。続けて、
「どうされたのですか」
と、尋ねた。
「懺悔を、したいのです」
私は言った。
するとシスターは何も言わず、教会の端にある懺悔室へと歩いていく。
私もその後ろについて行った。
懺悔室は人1人がやっと入れるくらいの大きさだった。
「どうされましたか」
彼女は優しく尋ねる。
「私は…私は、生きるという事が分からないのです」
「……」
「私は今まで報告局に勤めてきました」
「戦死者の家族に死を伝える、死神のような仕事です。多くの人が突然の死を知り、時に嘆き、時に怒り、時に呆然と佇む姿を間近に見てきました」
「私は私が生きている意味が分からなくなりました」
心中にあった感情を吐露する。
「戦争へ行けば国の為になるはずです。戦争で死ねば少なくとも嫌な現実ともおさらばできたんです。なんで俺だけこんなクソみたいな局で人々から罵詈雑言を投げかけられて生き地獄を受けなきゃいけないんですか」
「……」
心の1番奥にある言葉が出る。
「俺だって――」
「辞めなさい」
一言。シスターは発する。
「そのあとの言葉はこれまでに死んだ者に対する不敬です」
「そして、貴方自身を殺すモノです」
はっきりと、そうはっきりと言われた。続けて、
「貴方の仕事はよく分かります。死を伝える仕事、たしかに周囲から忌み嫌われる存在でしょう。その辛さは計り知れません。」
「だったら…」
言い返そうとすると、
「ですが、貴方に感謝している人も居る事を知るべきです」
意味が分からなかった。
「帝国の上層部ですか?自分達にとって嫌な仕事を私達に押しつけて、国民の命を無駄にする彼らの事ですか⁉︎」
「いいえ」
いくつも思案するが、すべて否定される。
「…誰なのですか?」
私はそう呟く。
「死んでいった方々です」
思考が停止する。
「なぜ…なぜです⁉︎彼らは私達を最も憎んでるはず!」
「逆ですよ」
言い返される。
「戦争で死んだ者達の霊は故郷とは遠く離れた見ず知らずの戦場から動けず、家族に死んだ事も伝えられない」
「じゃあ――」
「貴方なのです」
急に言われ驚く。
「貴方が彼らの家族に伝える事で、霊は家族の元に帰れるのです」
「それは――」
何も言えなかった。
「生きている者にとってはさぞ辛い事でしょう。ですが、生者がこの世の全てではありません。忘れてはいけませんよ。」
「それでも、貴方が自身の仕事を罪と思うなら、私が赦しましょう」
教会を出る頃には、月がちょうど顔を出していた。
私はシスターとともに、月夜に照らされるひまわり畑を眺め歩いていた。
「シスター、最後に1ついいですか」
「なんでしょう?」
私は言う。
「生きるとはなんでしょうか」
すると、彼女はふふっと笑った。
「――私にも分かりません」
想定外の答えだった。
「それに私が教えるのではなく、自身の目で確かめる方が良いでしょう?」
「それはそうですね」
お互いに笑う。
星がよく見える、心地よい夜だった。




