出逢いには別れがつきもの
君は、僕の全てだった。
出逢いは教室の片隅だった。
目の前で転んだ君に思わず差し伸べてしまった僕の手を、そのくりっとした瞳でパチクリと見つめて、でも結局僕の手を取らずに1人で立ち上がりピースサインをして見せた君。
その輝く太陽のようなまぶしい笑顔に魅入られた僕の、あの時の胸の高鳴りは今でも鮮明に思い出せる。
そこから仲良くなるのはあっという間で、教室での僕らはいつも一緒だった。
例えば、休み時間には教室を離れて人気のない所で一緒に話しをしたよね。
昨日のテレビの内容とか、周りであった出来事とか。
だけど僕はテレビを見ないし、交友関係が全くないからいつも聞くだけ。
君がスマホで見せてくれる俳優の顔だったり、友達と遊んだ時の写真だったりを見せてくれて楽しそうに話す君の笑顔にいつも癒されていた。
あとは、授業中にうとうとしてた君が当てられた時にこっそり答えを教えたこともあったね。
夏の日の水泳の後の授業、国語の音読がいい子守唄になったようで、うとうとしてた君が、先生に当てられてビクッとなって。
そんな君が面白くて思わず笑ってしまったんだけど、その笑い声を聞いてジト目で見てくる君があまりに可愛くて。
そしてそっと次に読み上げる教えると、またあの太陽の笑顔でそっとお礼を言って……。
僕はその後に聞こえた君の音読の声がある種の讃美歌か何かのように綺麗に聞こえていたんだよ。
放課後は完全下校時刻まで教室で2人で話して、たまに宿題をやって。テストの結果で一喜一憂したりなんかして……。
覚えてるかな?君のテストの成績が下がってお母さんに怒られた時、見返してやるんだーって2人で猛勉強したこと。
それで嫌いだった勉強も2人でやれば辛くないことに気がついて、定期に勉強会するようになったんだ。
すごく幸せな日々だった。
でも僕はクラスの中では空気みたいな存在で……。
たまにクラスの中で僕が見えてるのは君だけなだろうな、なんて益体もないことを考えたこともあったぐらい。
僕も人前では話さないようにしてたつもりなんだけど、壁に耳あり障子に目ありなんて言うぐらいだし、どこかで見られてたんだろうね。
そんな僕と話してる君は、クラスでも孤立して行って……。
幸いまだイジメまで発展してないけど、たぶん時間の問題なんだろうなって思う。
多分、もう君は僕が伝えようとしていることをわかっている。たぶん君は聞きたくないんだと思う、もちろん僕も本当は言いたくない。そんな弱さから逃げるように昔を懐かしむような話をしたけど、結局逃げきれないから、泣きそうなような顔をした君に僕は切り出すしかないんだ。
「僕たち、もう話さない方がいいと思う。」
夕陽が差し込む放課後の教室で、僕は彼女に告げた。
僕は、僕のせいで孤立していく彼女の現状が見ていられなくて、その事実にも耐えられなかった。
「そんなこと言わないで。」
君はついに堪えきれなくなって、涙を流して言う。
「ダメだよ、だって僕は入学式の日に死んでるんだから。これ以上僕といると君を不幸にする。」
僕は入学式の日に事故にあった。
中学生活に希望を抱いていた僕は入学式に向かう途中で居眠りして突っ込んできた車に轢かれたんだ。
そして気がついたらこの教室にいた。
それは多分、僕はもう生きてはいないということなんだと思う。
青春が、未練なんだ。
その未練が、僕をここに呼んだんだ。
そんな未練の塊で学校にしがみついているような僕が、君の輝かしい未来の邪魔になることなんて、あってはならない。
「そんなことわかってるよ。」
君は言う。
「でもね」
搾り出すような声で。
「好きになっちゃったものはしょうがないじゃん!!!キミが好きなの!」
君の叫びは僕に頭をハンマーで殴ったような衝撃を与えた。
僕には実体なんてないはずなのに。
幽霊だと自覚していた僕は、彼女にそんな想いを抱かれているなんてつゆとも思わず。
憐れみ半分、物珍しさ半分ぐらいで話しかけてくれたのかと思っていた。
彼女に惹かれていく中で、自分が幽霊であると言う事実は突き刺さる刃のようだった。
「あ、あ、ありが、とう。」
僕の声が震えている。そして感じる頬に温かいものが伝う感触。
多分僕は泣いているんだろう。
そして、静かに想いが成就したことを、悟った。
未練がなくなってしまった幽霊は成仏するものだ。
多分、僕に残された時間は少ない。
「僕も、君が好きだ。」
なんとか、そう伝えた。
君はさっきとは違う種類の涙を流して、僕に抱きつこうとして失敗して転んだ。
実体がないことを忘れていたみたいだ……。
「大丈夫!?」って言いながらつい手を差し伸べる僕を、やっぱり君はそのくりっとした瞳でパチクリと見つめた。
やがて1人で立ち上がるとピースサインをして見せた。
それは、まるで出逢いの再現だった。
「たぶん、僕はもうすぐ消えると思う。君のおかげで未練がなくなったんだ。」
少し落ち着いた僕らは、また話し始めた。これからのことを。
「そ、そっか……。君の未練…なんだったのかな?」
「たぶん、青春がしたい。だったんだと思う。君と過ごした日々が、君に想ってもらえたことが僕の望みを叶えてくれた。」
「……叶えたのが、わ、わたしで、よかったよ。」
また涙が出てきたのか、震えた声で君が言う。
なんとかして笑ってもらいたくて、僕はさっき思いついたジョークで君を和ませようと思い立った。
「言うでしょ?出逢いには別れが憑き物って、幽霊だけに」
「……なにそれ、全然面白くないよ」
僕のジョークに、君は言葉とは裏腹に輝く太陽のような笑いで答える。
その笑顔と、その瞳から流れる雫が、僕の見た最後の景色になったことは、多分……幸せなことだった。