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自らの命に代えてでも

 ヨーロッパ諸国が乗る大陸の北に位置する北海。浅い大陸棚に乗せられた海であり、北大西洋の低気圧の影響を強く受ける地域でもあるため、荒れやすい性格を持っている。


 そういった海が荒れる日は、だいたい海警局も、船乗りも、悪者たちも、漁師も、そしてハインツやキャメロンたち潜水艇乗りも、海に出るのを控える。


 ただし、そういった日に急増する依頼がある――遭難者の捜索依頼である。


 海が荒れているということは、波が高く、風も強い場合が多いということ。


 そういった波風によってさらわれてしまう木造船や個人船が後を絶たないのだ。


 今日も「海に遊びに出た子どもたちが帰ってこない」との両親からの捜索依頼を、ハインツは受け取った。


 この荒れる海で子どもが生き永らえることは難しいため、ハインツとキャメロンは駆け足で潜水艇に飛び乗り、早々に出発した。


 季節は冬の入り口。この寒い海で子どもたちを待たせるのは酷なことだ。


「急げ、キャメロン!お前は艦橋に乗って、遭難者を探せ!」


「わかった。寒くて、辛い仕事になるだろうが、耐え抜いてみせる」


「その意気だ。さあ、行くぞ!しっかり掴まってろ!」


 潜水艇は、港を出て、大荒れの北海へ。


 実は、キャメロンの潜水艇【ネルソン】は、現在、キールの工廠こうしょうにてメンテナンス中である。


 どちらかの潜水艇がメンテナンスに入ると、もう一方の潜水艇に二人乗りして、依頼をこなす、というルーティーンを組んでいる。


 ハインツは潜水艇を操縦して、キャメロンは、潜水艇の艦橋かんきょうに立ち、双眼鏡を用いて、遭難者を探した。


 キャメロンは、潜水艇の艦橋の上部に立っている。波風をもろに受ける、過酷な場所だが、不幸中の幸い、雨はやんでいた。


 艦橋の上は、北海を360度見渡すことができる。艦橋に立つという役割は、広い海で漂う遭難者を捜索するのに非常に効率的なのだ。


「ああ……寒い」


 艦橋に立ち、双眼鏡を首からぶら下げるキャメロンは、寒さから、肩を抱いてブルブル震えている。


 潜水艇は、嵐の波に押されて揉まれて、上下左右に大きく揺れている。


 厚い防寒具を身に纏っているとはいえ、冬の海の波風は身に堪える冷たさだった。


「キャメロン、あと30分経ったら交代しよう」


 ハインツは、過酷な艦橋上で双眼鏡を覗くキャメロンの身を心配して、船内に新たに取り付けたパイプに語り掛ける。


 このパイプは、約一週間前のメンテナンス時、潜水艇の設計師のブリッツおじさんによって取り付けてもらったもの。潜水艇の内部から艦橋の上にまで続いているため、操舵桿そうだかんを握りながら、無線通信を使わずに艦橋の上のキャメロンと会話することができるのだ。


「私が……おぇ……」


「おい、キャメロン、大丈夫か!?」


 キャメロンの様子がおかしかった。彼女が「うう……」「おぇっ……」と、えずく声が聞こえる。


「キャメロン……?」


「……ああ、大丈夫。ただの船酔いだ。潜水艇乗りとして、しっか……し……っ」


「あ?」


「っ、おぇ……」


 生々しい嘔吐音がパイプを伝って、ハインツの耳に届いた。


 この荒れ具合だから、船酔いしてしまうのは仕方ないかと、ハインツは思った。


「おい、無理すんなよ。中に戻ってもいいんだぜ?」


「……大丈夫だ。この海で孤独に耐えている子たちの苦難と比べたら、大したものじゃない。私は、私に与えられた役割を全うする。――さあ、全速前進だ。私たちは、潜水艇を棺桶にするつもりはない。潜水艇は、生きる者を運ぶ方舟はこぶねであるべきだ」


 キャメロンは、前方から迫る大波を指さした。


 潜水艇は波を割って、なおも進み続ける。


「波にさらわれるなよ。もし落ちたら、お前を助けに行く時間的余裕は無いからな」


「ああ。頑張る……やってみせるさ」


 キャメロンは水筒の水で口をゆすぎ、その水を海に吐き捨てる。彼女は、再び艦橋の鉄柵にしっかり掴まりながら、双眼鏡で北海を見渡し、遭難者を探した。


 ハインツのほうは、子どもたちを一刻も早く救出して、キャメロンの船酔いを早く終わらせるために、ペダルを踏みこみ、エンジンをフル稼働させた。それにより、潜水艇のスクリューを勢いよく回転させて、大波の数々を乗り越えていく。


「いた!!」


 キャメロンが叫ぶ。


 彼女が双眼鏡越しに発見したのは、手作り感の否めない小さな木製の船だった。


「見つけたか!?」


「ああ……およそ11時方向だ!」


「ああ、あのボロい木の船か。潜望鏡せんぼうきょうからも見えたぜ」


 ハインツは、操舵桿そうだかんを左方向に若干傾けた。


 そして、大波によって食われてしまいそうな木造船にゆっくり近づく。


「お姉さん、助けて!!」


 男の子が木造船の粗末な手すりにしがみ付いて、艦橋の上のキャメロンへ必死にヘルプを叫んでいる。


 その彼の隣には、まだ歳幼い女の子の姿もあった。


 潜水艇を木造船にできる限り近づけたハインツは、艦橋から顔を出そうとハッチを開いた。


「おっと!?やべぇ……」


 キャメロンが待つ艦橋へのハッチを開くと、海水がドッと流れ込んできた。


 おかげで、潜水艇の内部はびしょびしょになってしまった。しかし、今はそれを気にしている余裕はない。


 一分一秒でも早く、二人の子どもたちを助けなければ。


「……行けるか、キャメロン?」


 ここは、泳ぎが得意なキャメロンに、子どもたちを潜水艇に乗せる役割をお願いしたい。


「ああ、まかせ……」


「おい……」


「っおええ……がっ……」


 キャメロンは、再び海に向かって嘔吐した。


「分かった。お前は甲板で待ってろ。オレが行く!」


 こんなにひどく船酔いした女を冷たい海に放り込んで、子どもの命を預けさせるわけにはいかないと、ハインツは腹をくくった。


「待ってろ、ガキども!!絶対に、助けてやるからな!!」


 ハインツは、浮きとしての材木を持って、海に飛び込んだ。


 彼の黒の瞳は、まっすぐに、二人の幼い子どもたちを視線で貫いていた。


 荒波に飲まれそうになりながら、なんとか、ボロボロの船のもとへ泳ぎ、よじ登ったハインツ。


「妹から、お願いします!」


 男の子は、妹から助けてほしいと、ハインツに懇願した。


「おう。任せろ。……さあ、お嬢ちゃん、おじさんにしっかり掴まってな」


 女の子は「は、はい!」と、震えた涙声ながら返事をして、ハインツにしがみついた。


 ハインツは、女の子を抱えて、潜水艇に向けて必死に泳いだ。


「ガッ……ごほっ……」


 波が高く、何度も溺れそうになる。


「なんのこれしき……」


 ハインツは海水を吐き出しながらも潜水艇によじ登り、女の子をキャメロンに預けた。


「よし、あと一人だな」


「無理するなよ。絶対に、あの子を助けて戻って来い。この女の子を一人にさせたら、かわいそうだろ」


「ああ、分かってる」


 キャメロンからの激励を受け取り、ハインツは再び、大荒れの海に飛び込んだ。


「よしよし、もう大丈夫だぞ」


 キャメロンが女の子を抱いて頭を撫でると、女の子は声をあげて泣きだしてしまった。


「恐かったよ、お姉ちゃん……ええん……」


「安心しろ。あのおっさんは、お兄ちゃんのことも救出できる。それに、この潜水艇ふねは、簡単には沈まない。何なら、沈んでも大丈夫……うっ……」


「……お姉ちゃん、大丈夫?体の調子悪い?」


「ああ、私のことは気にするな。早く、この中に入るんだ」


 キャメロンは、上部ハッチを開き、女の子を潜水艇の内部へと避難させた。


 女の子の目尻から大粒の涙がボロボロと零れ落ち、雨と混ざり合いながら潜水艇の甲板を打った。


「おーい、もう一人持ってきたぜ!」


 ハインツは、取り残されていた男の子とともに、潜水艇の側面のはしごをよじ登った。


 そのとき、波と波がぶつかり合って、巨大なうねりを引き起こした。


「っ――大波だ!掴まれ!!!!」


 キャメロンが低い声で叫んだ。


 潜水艇【ポセイドン】と木造船は、大波に飲み込まれた。


 二人の子どもが乗っていた粗末な木造船は転覆して、海の底に沈んでいった。


「……ハインツ?」


「ああ、オレもガキも無事だ」


 ハインツ、キャメロン、そして男の子は、潜水艇の手すりにしがみついていたため、大波に飲み込まれることなく、事なきを得た。


「こんなところに突っ立ってるもんじゃねぇ。寒いし、波は高いし……早く中に入って、あったまろうぜ」


「あ、ありがとうございます、おじさん!妹とぼくを助けてくれて……」


「お礼は、あとでゆっくり聞かせてくれ。さあ、早く入れ」


 男の子は、ハインツとともに、ハッチから潜水艇内部へと入った。


 キャメロンは、船酔いが冷めやらぬまま、二人の背中を追った。


 波は、時間が過ぎるとともに落ち着いていった。


 北海で名をはせる二人の潜水艇乗りによって、尊い二人の命は救い上げられた。

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