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密輸船捕縛任務①

 今日も、明日も、潜水艇に乗って依頼と任務。


 ハインツは、潜水艇乗りとしての生活を継続して、ローンの返済をするために。


 キャメロンは、興味本位と、自分自身の中の「何か」を求めて。


 今回の任務は、ドイツの港を出た麻薬密輸船を捕らえる、という任務。ドイツ海警局の船3隻も参加する。


 ハインツとキャメロンの潜水艇が密輸船の向かう先に待ち伏せし、追いかけるドイツ海警局の船と連携して密輸船を挟み撃ちで捕らえるという算段である。

 

「ノースシー・コントロールより、ポセイドン、ネルソンへ。聞こえるか?こちらノースシー・コントロール」


 二人に任務を依頼したフリードリヒ中佐は、緊迫した声で、ハインツとキャメロンの潜水艇に呼びかけた。


「こちらポセイドン、通信感度良好、聞こえてるぜ、中佐」


「こちらネルソン、通信感度良好、こちらも大丈夫だ」


 中佐とハインツ、キャメロンの三人で通信するのも慣れたものだ。


 快晴の空が広がっているため、通信の音声はクリア。中佐の連絡の声がよく聞こえる。


「あと3時間ほどで、密輸船が君たちの待機する海域に侵入するだろう」


「こちらポセイドン。今、潜ろうとしてたところだ。隣に、キャメロンの潜水艇ネルソンもいるぜ」


 通常の船では、海に潜った潜水艇を発見するのは困難を極める。


 そのため、ハインツとキャメロンの潜水艇は、待ち伏せ作戦を遂行するうえで重要な役割を果たすことになるのだ。


「こちらノースシー・コントロール、この後、西風が強くなり、海が荒れる予想が出ている。注意するように」


「ああ、了解」


「海警局の船も急行させているが……密輸船のやつらは相当良いエンジンを持っているようだ。追いつけそうにない。無理に撃沈する必要はない、時間稼ぎをしてくれるだけでもいい」


「もちろん、オレたちは撃沈を目指すぜ」


「無理をするなよ。密輸船の乗組員は、生け捕りにしたい。オーバー」


「はいよ」


「わかった」


 ハインツと中佐、キャメロンは、通信を終えた。


 そしてハインツは、キャメロンとの一対一の通信に切り替えた。


「密輸船の到着まで、あと3時間ぐらいだって言ってたな。まあまあ時間があるな」


「そうだな。暇だからレコードが聴きたい」


「ジャック・ヒルトンのレコードはどうだ?」


「お前のセンスは最高だな。ぜひ聴きたい」


「貴族のお嬢様が、臭い潜水艇でジャック・ヒルトンを聴くか……お前も、オレたち大衆の色に染まったな」


 遠まわしに、「お前は貴族のお嬢様らしく、優雅にお茶しているほうが映える」と言ったハインツ。


 しかし、キャメロンはそんなことを察することはなかった。


「優雅なお茶会や舞踏会よりも、自由で広い海の上でレコードを聴くほうが、私の性に合う」


 通信越しのキャメロンの声は、抑揚に乏しく平坦だ。


 だが、いつもよりも、声が上向きな気がした。


 レコードが、よっぽど楽しみな模様。


「取りに来いよ」


「レコード盤をこっちに投げてくれ。見事に、キャッチしてみせる」


「んなことできるわけねぇだろ。これは、オレの大切な宝物の一部なんだよ。海に落ちたら、二度と回収できねぇぞ」


 レコードは、海の上の貴重な娯楽だ。レコード盤の音楽は、ハインツが依頼で訪れた国、都市で買ったもの。彼にとっては、宝物の一部だった。


 それを、投げて、海を飛び越えて渡すのは、乱暴というものだ。


「じゃあ、泳いで取りに行く」


「はぁ!?」


 その言葉の後に、バシャ!!という、海に飛び込む音が聴音機から聞こえた。


 ハインツは「あのバカ野郎」と言いながら、慌ててハッチを開き、潜水艇の甲板上へ。


 そこには、頭のてっぺんから足先まで海水でびっしょり濡れたキャメロンの姿が。


 彼女は、潜水艇から潜水艇への十数メートルを、泳いで渡ってきたのだ。


 潜水艇がその場で停止しているとはいえ、海の流れというのは力強く、波や風もあって不規則。泳いで渡るというのは、それなりに難しく、流されるリスクがはらんでいる。


「無茶しやがる……海流に流されても、助けに行かねぇからな」


「大丈夫。何度でも言うが、私は泳ぎに自信がある」


 また遠まわしに「お前が流されないか心配だ」と言ったハインツ。


 だが、どうもキャメロンには伝わらないらしい。


「ほらよ、お前のお望みのレコードだ」


 ハインツは、潜水艇の中に戻り、キャメロンご待望のジャック・ヒルトンのレコード盤を持って戻り、彼女に手渡した。


「絶対に濡らすなよ。海水で濡れて錆びたら、弁償してもらうからな」


「ああ、やってみせる」


 レコード盤を受け取ったキャメロンは、ハインツの潜水艇の側面からゆっくり降りて、再び海へ。


 なんと、左手で持ったレコード盤を海面から上げて、右手とバタ足だけで、自分の潜水艇へ、泳いで渡ってみせた。


 波があったら、絶対にレコードは濡れていたであろう。


「まったく……器用なもんだぜ。オレがやったら、肩が外れて溺れちまう」


 十数メートルを泳ぎ切って、自分の潜水艇の甲板に立ったキャメロンは「やったぞ!!」と言わんばかりに、ハインツのほうに両手を振った。


「やるじゃねぇか!水泳選手にでもなったらどうだ!?」


 ハインツが、キャメロンに向かって叫ぶと、彼女は、親指を立てた。


「風邪ひくんじゃねぇぞー!!」


「ああ、分かってる!」


「毛布と着替えは必要かー!?」


「間に合ってる!それに、お前の臭い服なんて着たくない!」


 キャメロンは、ハッチから潜水艇の内部へと降りていった。


「おうおう、言うじゃねぇか。お前も潜水艇乗りらしく、臭くなったぜ、キャメロンお嬢様」


 ハインツも、密輸船の到着に備えるために、潜水艇内部へ。


 そして、潜水艇を海の底に沈めた。


「動力切り替えよし、弁の開閉、よし」


 指さし確認も忘れずに。


 キャメロンのように、ディーゼルエンジンから蓄電池への動力切り替えをせずに潜って、潜水艇を故障させるようなヘマはしない。


 潜水艇は、船首と船尾のタンクに水を入れて、ゆっくりと海の暗闇に沈んだ。


 深度計の針が、50m、60m、70m、80m……と進み、潜水艇が深くに沈んでいることを示している。


  海底付近である90mの深さに差し掛かったとき、潜水艇が「ギギギ……」ときしんで音を立てた。襲い来る恐ろしいまでの巨大な水圧に、潜水艇が耐えていることの証である。


「おお、恐い恐い。さすがに耐えてくれるよな」


 この潜水艇を設計・建造したブリッツおじさんによると、安全を保証できるのは100mまで。


 それ以上深くに潜って潜水艇が水圧で潰されても知らんぞ、と言われている。


 潜水艇は、96mほどの海底に着いて、エンジンを止めた。


「さあ、あとは待つだけだな」


 ハインツは、中佐に知らされた、密輸船の到達時刻直前まで、溜め込んだ新聞を読み漁ったり、読書を嗜んだりして、時間を潰した。


 一方、少し離れた海域の海底で待機するキャメロンは、ハインツから受け取ったレコードを聴いて、エンジンの排熱で温めたコーヒーを飲み、のんびり過ごした。

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