北海のポセイドン
潜水艇:水中で活動可能な船のこと。
1930年代、ヨーロッパ。
若者の間では、オリジナル船による航海冒険がブームとなっていた。
若者たちは、船を手に入れて、究極の【自由】を求めて、大海原へと旅立った。
しかし、海上での密輸、誘拐、海賊行為が横行。海の治安が悪化した。さらに、海上の遭難数も増加。
西欧諸国は、頭を悩ませる。
そんな中、北海の治安維持に貢献する、一人の潜水艇乗りが現れた。
――彼の名は【ハインツ】(ドイツ人)
【北海の海神】の異名で、時に慕われ、時に恐れられた。
♦♢♦
ここは、オランダのアムステルダム沖。
そこに、浮かんでいる潜水艇【ポセイドン】の甲板上に、ハインツはいた。
ハインツは、潜水艇の甲板上に椅子を立てて、のんびりたばこを噴かせていた。
「今日は海が穏やかだ。波も小さい、風も心地よい……昼寝には、もってこいの気候だ」
風が、彼の耳を、彼の黒髪を撫でる。
カモメが鳴き、渡り鳥が空を翔けた。
そのとき、潜水艇の内部で、無線通信のベルが「ジリリリリリリ……」と、けたたましく鳴り響く。
「なんだよ、この野郎……今、気持ちよく休んでたところだっていうのに……クソ」
ハインツは椅子から飛び起きて、ハッチを伝って、速足で潜水艇内部へ降りる。
無線通信の受話器を取ると、聴き慣れた声が。
「こちら、ドイツ海警。フリードリヒ中佐だ」
彼は、ハインツに仕事を投げてくれる、ドイツ海警局の知り合い【フリードリヒ中佐】だ。
「はいよ、中佐。こちらハインツだ」
「今、出られるか?」
「ああ。オレはいつでも準備万端さ。今、アムステルダムから北に行ったところに浮かんでる」
「では、ちょうどいいな。依頼だ。今日の未明、遊覧中の小型船が襲われ、母親とその娘が誘拐された。誘拐を実行した木造船は、真西に向かっている……ちょうど、お前のいる近くの海を通る。その船を止めて、誘拐された二人を救出してほしい」
「はいよ。お安い御用だ。報酬は後日でいい。いつもの口座に振り込んでおいてくれ」
「了解した。船の座標を随時送信する。海警局の船も、すぐにそちらに向かわせる」
「お前ら海警が出る必要はねぇ。オレ一人で十分だ」
「そ、そうか……それなら助かるが。相手は武器を持っている可能性が高い。お前なら大丈夫だとは思うが、十分に注意するように。ハイル・ヒトラー」
「……すぐに出る」
中佐は、通信を終える際、総統賛美を示した。
ハインツは、中佐と同じ挨拶はしなかった。
……ナチは、あまり好きではない。
「さて、仕事だ。一発ぶちかましてやるか」
ハインツは、甲板上の椅子を船内に収納して、操縦桿の前に座る。
狭い船内で、ペダルを踏みこみ、エンジンを動かして、悠々と北海の広い海の航行を始めた。
しばらくして、ドイツ海警のほうから、敵船の座標とその予測データが送られてきた。
「……なるほどな。だいたい、スコットランド方面に向かってるのか」
目標の船の航行予測を知らされたハインツは、海図とコンパスと羅針儀を駆使して、距離や方角を計算。
「早めに着いて、待ち伏せしてやろう」
グッとペダルを踏みこみ、エンジン出力を上げて、潜水艇の速度を上げた。
そして、船が通るであろう地点の近海に、潜水艇を沈める。
「第一、第二、第三、第四タンク注水、それから……船首角度よし、速度よし、深度よし、油圧問題なし……」
複雑な操作だが、慣れたものだ。
ハインツは、操作盤のレバーを上げ下げしたり、目の前の計器の目盛りを確認したりしながら、潜水艇を海に沈めた。
そして、岩礁の陰になるところに潜水艇を忍ばせて、目標の船を待ち伏せした。
「ここで待機だな――さあ、バカなネズミどもが罠に向かってくるぞ……フハハハッ!!」