選ばれた場所は・・・
どうぞ今回も気軽にページをめくってもらえたら嬉しいです!
舞台の空気が落ち着きを取り戻した頃、俺の名が呼ばれた。
席から立つと不意に、あの劇場のような空間から切り離された。
導いたのが誰なのか、どこで意識をすり替えられたのかさえ曖昧なまま、気づけば俺は白い部屋にいた。
空間の境界が曖昧で、足元に床があることだけが実感としてある。
中央には、まるで生きているかのように淡く光る立体模型が浮かんでいた。
それが日本列島だと気づいたのは、しばらく見つめてからだ。
指先で触れれば、微かな鼓動さえ感じられそうなほどに精巧だった。
「ようこそ。ここからが、お前の第一歩だ」
声がした。振り向けば、あのエンティティがすでにいた。
入った時にはそこにはいなかったはずだからいつからそこにいたのか、わからないが、もう驚きはしない。
煌めく光の線が九州の形を鮮やかに描き出し、やがて熊本県が息を吹き返したかのように浮かび上がった。
「これが、君の“領域”だ」
模型の一部が拡大された。九州、そして熊本の地形。
さらにその一部――熊本市、八代、阿蘇といったエリアが、それぞれ異なる色合いの光を帯びるように明滅し始める。
「君はこの場所のどこかにまず一つ“核”を置くことになる。そこを起点に、君のダンジョンは展開されていく」
静かな声だが、どこか誇らしげでもある。
「……“まず一つ”ってことは、拡張の余地もあるのか?」
言いながら、妙な違和感が喉元に引っかかっていた。
それは“選択肢”があることそのものに対する――不安とも興奮ともつかぬ、説明のつかない感覚だった。
「ふむ。察しがいい」
エンティティは口元を緩める。
「まずは、だ。ダンジョンとは、その設計者の精神性を色濃く反映する。最初に何を置き、何を排除するかが、のちの拡張や適応にも影響する」
「じゃあ……この選択は、取り返しがつかないってことか」
「ああ、ある意味では。だが、君達はもうそれに値する存在だ。与えられたのではない。君自身が“その時”に辿り着いたから、ここにいるのだ」
エンティティの声が妙に静かで重い。
俺は地図を見つめながら、眉を顰めた。
「良いダンジョンを作れ…か。」
不安の混じった俺の独り言にエンティティは短く笑った。
「君はこれから、自らの意志と構想で世界の一部を形づくる。その中で起こること――時間、重力、言語、生命と死。それらは君の手のひらの上にある。君は、自らの領域における神となる。」
「……本気で言ってんのか?」
「ここに冗談はないよ。君がこれから歩むのは、そういう道だ。」
エンティティがこっちを真っ直ぐ見る。直視していてもやはり顔はなぜか見えない。
「不安も焦りも、創造の対価だよ。だが一つ、忠告しておこう」
その声が、先ほどまでの語り口とは少し違っていた。
迷いなく、断定的で――まるで遠い過去の記憶を辿るような、深い悲しみがにじんでいるようでもあった。
「“現実”と折り合いをつけようとするな。現実に縛られば、君の世界はすぐに色褪せる。現実に縛られるな、お前自身が現実を作る事を目標にしろ」
それだけ言うとエンティティは霞のように消えた。
静かな部屋の中に、その言葉だけがしばらく残った。
俺は地図の上に浮かぶ三つの地点を見た。
熊本市。八代。そして阿蘇。
どこを選ぶか。それが、どんな意味を持つのか。今はまだわからない。
だが、選ばなければ始まらない。
俺はゆっくりと、手を伸ばした。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
少しでも楽しんでもらえたなら、それが一番のご褒美です。
次の展開もいろいろ考えてるので、よかったら引き続きお付き合いください。
感想や応援の言葉、とても励みになります!