夏が来れば思い出す2
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ドアをくぐると、そこは劇場のように縦にも横にも広がる空間だった。
暖色の木壁が柔らかい光を反射し、心を落ち着かせる香りが満ちている。
奥の壁一面はガラス張りで、枝の間を舞うナフスの群れと、雪化粧をした街並みが広がっていた。
部屋の中央には、人二人は入れそうな巨大な暖炉が鎮座し、ぱちぱちと火の粉を散らしている。
竹本は木の中にあんな大きい火の元があって良いのか?とも思ったが、炎は不思議と煙を立てず、熱によって床などが木壁を焦がす様子もない。
仕組みを知りたかったが諦めて、暖炉周りの机で談笑していた人達に注目した。
全員、ツヴァイやミーシャのように人型ではあったが、額の紋章や宝石らしきものはより大きく、鮮麗に輝いていた。
湯気の立つマグカップを手に、垂れた犬耳の金髪の男がゆっくりと立ち上がった。
碧眼が柔らかく光を反射し、その視線は温かくも、どこか底知れぬ深みを湛えている。
「ようこそ、ダンジョン都市“カルタリア”へ。」
両手を広げながら朗らかに向かい入れた。
「私は、市長のパイサスだ。これからよろしく。」
「初めまして、日本国陸上自衛隊第八師団隷下第42即応機動連隊、情報小隊長、竹本です。」
竹本は敬礼しながら、こっちにも握手の文化があるのかギュッと固く手を握り合う。
「あ、副隊長の牧と言います。すみませんが、こちらのトップの為に記録をしたいんですが大丈夫ですか?」
牧がビデオを示すと、バイサスは笑って頷いた。
「問題ないぞ、こっちの言葉は訳されていない状態になってしまうと思うが。」
「そこは大丈夫です。私、速記ができるので。」
「牧、頼む。」
バイサスは部屋の入り口で直立不動に立つツヴァイとミーシャに目をやった。
「そこの若いの、ご苦労だった。そこら辺の椅子で寛いでいいぞ。」
それを聞いたミーシャは途端に姿勢を崩し、直ぐ近くのソファにぐたぁと腰掛けた。
ミーシャの行儀に青筋を浮かばせるツヴァイだったが、大きく深呼吸をして、やれやれとでも言うように頭を振り、姿勢を正して隣に腰を下ろした。
竹本たちもソファに腰を下ろすと、パイサスが指先で軽く風を巻き起こした。
遠くの棚からコップがふわりと飛んできて、どこからともなく注がれた熱い液体で満たされる。
口をつけないのは失礼なのかもしれないと恐る恐る飲んだ竹本は、目を瞬いた。
香ばしさと花蜜のような甘い香りが同時に広がるのに、味わいは紛れもなくコーヒーだった。
「……うまいな」
思わず口からこぼれた言葉に、周りが微笑んだ。
基本、コーヒーに牛乳を少し入れる派だったが、ブラックもあながち悪くない、新しい発見をした竹本だった。
客人たちが落ち着いたのを見計らい、バイサスさんが口を開いた。
「さて、お客人たち。聞きたいことがあるだろう、出来る範囲で答えよう。」
「えっと、じゃあ、ダンジョン都市はここしかないのですか?」
竹本は一瞬何を訊こうか迷ったが、最初に浮かんだ疑問を訊いた。
「今はそうだな。そっちの世界との出入り口があるダンジョン都市は知っている範囲、ここにしか無いはずだ。」
「今は?」
「えぇ。創造神様はここ以外にあと2つダンジョン都市を作る予定だという。そこに住む予定の住民はこの都市の2つの地区に滞在している所だ。」
その爆弾のような情報に竹本は眩暈になりそうだった。
(あと2つ……? 日本国内のどこに? それとも、別の国に?)
「そ、それはどこに出来るかって分かりますか?」
「それは創造神様が決めることだし、我々はそちらの地理を知っている訳ではない。だが、創造神様は“クマモトが担当”だと言ってからクマモトのどこかに出来るはずだ。」
熊本県にあと2つダンジョン都市が出来るのか。
具体的にどこかは分からないけど熊本にあと2つダンジョン都市が出来るって言う情報を得られたのは収穫だろう。
「ここには、魔法があるのですか?」
牧が遠慮深そうに訊くと、バイサスは笑った。
「あぁ、今後のあなたたちの楽しみを潰さない為にあまり詳しくは言わないが、魔法は使えるぞ。」
「それは私たちにも使えるようになると?」
「うん、まぁ。迷宮で探索者になればダンジョン内で使えるようになると思うぞ。」
「それは・・・」
竹本は自分の手を見つめながら呟く。
子供の頃、アニメなどを見て魔法ごっこをしたことはあるが、本当に使えるようになれるとは夢にも思わなかった。
「詳しくは探索者ギルドで教えてもらえる。そこの――」
テーブルの右端でこっちを無視しながら、暖炉のゆらゆら揺れる炎を眠そうな目で見つめる茶髪、茶色い肌の猫耳女性をバイサスさんが指差す。
「――彼女が、カルタリア支部長のイェレナだ。あれでも一応トップだ。一番君たちがお世話になるだろう。」
自分の名前が聞こえたのかイェレナさんの耳がこっちの方に向き、火を眺めたままひらひらと面倒くさそうに手を振った。
「分かりました。それではこちらの街に従わなければならないルールなどはありますか?」
竹本が話を変えてみた。
「うーん、憲法と法律のことか?どちらもあるぞ、ほら」
バイサスさんがまた右手を振ると壁に立て掛けられた棚から太い本が数冊飛んできた。
「これが憲法で、これが法律の一覧で、そしてこれが今この街に出ている法令の一覧だ。コピーだから持って帰っていいが、こちらの文字で書かれたものだからDカードが無いと読めないぞ。」
「Dカードって上でも使えるのですか?」
竹本は分厚い本を受け取りながらふと尋ねた。
「いや、そちらの世界には魔素が無いらしい。魔素なしではDカードは動かない」
「ま、魔素って人体に影響は?」
牧がメモを一旦止めながら心配そうに訊く。
「いや、それはない。魔素は基本無害な空気中に存在する微粒子で、無色無臭。創造神様曰く、“魔素は化学でいう所の新たな元素で、酸素と同じとして扱って貰えば良い”とのことだ。“体内に簡単に出入りはするが沈着もしない物質”だそうだ。」
バイサスさんが何らかのメモを読みながら答えた。
「まぁ、心配ならそっちの地区に研究所を置いて有害か無害か調べてくれ。」
「こ、こっちの地区?」
待ってましたとばかりにバイサスさんがDカードを机に置くと、都市の立体図が浮かび上がった。
「カルタリアは四つの地区に分かれている。ヴァルスリッドとリセリア、アールヴとドヴェルグ、ネレイデスとタラガッタ。そして最後が、君たち人間のための地区だ」
竹本たちは思わず身を乗り出した。
“人間のための地区”という言葉は、あまりに突然で、あまりに具体的だった。
「……人間用の地区、ですか?」
竹本が驚き混じりに尋ねると、パイサスは軽く頷いた。
「交流はする前提、ということですか?」
「もちろんだ。そちらの住民も、いずれここで研究し、商いし、住むだろう。互いの文化の違いを吸収するには、最初から“居場所”を用意するのが当然だろう」
言葉を失った二人を見て、パイサスは柔らかく続けた。
「心配は要らん。我々は歓迎する準備を整えている。ただし、最低限の決まりはあるが……」
ちょうどその時、竹本のDカードが鳴った。震える手でポケットから出すとそれは先ほど上にあがった隊員からだった。
竹本は一言断りながら電話に出た。
それで聞かされたのは帰還命令。そこからイソイソと帰還の準備をはじめ、今に至る。
また、ダンジョンに行きたいなぁ、そう病室のベッドで寝ころびながら願うのだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
少しでも楽しんでもらえたなら、それが一番のご褒美です。
次の展開もいろいろ考えてるので、よかったら引き続きお付き合いください。
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