オリエンテェーション
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全員が揃ったのを見計らったように、舞台中央にいつの間に目の前から消えた再びあの男――エンティティが立った。
先ほどまでの静けさとは違い、今や観客席には四十数名の“死者”たちが鎮座している。
互いに話す者はほとんどおらず、それぞれが自分の運命と、ここが夢でないことを理解しようとしているようだった。
「これより、オリエンテーションを開始する」
そう告げたエンティティの声は、不思議とよく通る。
演台もマイクもないのに、どこか舞台演出の一部のように自然に響いてくる。
「まず確認しておこう。ここに集まった四十七名、貴様らはすでにダンジョンマスターである。候補でも選抜待ちでもない。資格は自動的に与えられた。拒否権は、そもそもない」
会場の空気が静かに重くなる。
「基本原則として、各都道府県に一人。貴様らには、それぞれ“担当領域”が割り振られている。それは生前、貴様らが最も縁深かった土地である場合が多い。実体化の際、ダンジョンは現実世界のその座標に現れる」
誰かが小さく息を呑むのが聞こえた。
「ダンジョンは単なる異空間ではない。この世界に干渉する“装置”だ。貴様らの想像力と執着、倫理観と狂気、そのすべてが設計に反映され、地上へと接続される。人はその中で生き、迷い、戦い、あるいは依存するようになるだろう」
言葉は冷ややかだが、どこか愉しんでいるようでもあった。
やはり芝居がかった語り口ではあるが、それ以上に意味の重さが勝っている。
「本オリエンテーションでは、主に三点を伝える。一つ、ダンジョン実体化までのスケジュールと進行。二つ、ダンジョンの基本制限および自由領域の説明。そして三つ――貴様らが互いに無関係ではない、という事実だ」
俺はその最後の一言に、無意識に反応していた。
まるで“学会”か“内輪の派閥”のようなものを想像してしまったのだ。
「以上をもって、全体説明は終了とする。次に、設計支援プログラムと現在の位相座標について個別通知を行う。呼ばれた者から順に、舞台袖へ」
そう言ったあと、エンティティは少し間を置いて言葉を継いだ。
「……質問があれば、今のうちに受け付けよう。数件だけだがな」
数秒の沈黙ののち、やや年若い女性の声が会場に響いた。
「質問。……“ダンジョン”って、現実に人が入れるって言ってたけど、それって管理された実験施設とか、そういう類じゃないの?」
エンティティは首を横に振った。
「違う。貴様らが与えられるのは、完全に独立した存在領域だ。
国にも、法にも、宗教にも属さぬ。貴様ら自身の意志と設計によって、形を得る」
それだけ言うと、彼は次の質問を待つように黙った。
すると、今度はやや陰のある青年が声を上げた。
「……そのダンジョンには、“死”があるのか?」
エンティティの眉が少しだけ動いたように見えた。だが、すぐに平坦な声で答える。その声は、一瞬だけ、舞台の底から響くような深い音を帯びた。
「あるとも。“命”を持つものには、すべて終わりがある。
ダンジョンは貴様らの分身であり、ゆえに死もまた、逃れ得ぬ」
その言葉には、一瞬、場が静まり返るような重さがあった。会場のあちこちから、か細い嗚咽や、耐えきれないとばかりの息を呑む音が漏れる。彼らは、もう二度と帰れない「現実」の死を、改めて突きつけられたのだ。
最後に俺が、少しだけためらってから声を出す。
「……なあ。お前たち“エンティティ”って、何のためにこんなことを?」
エンティティはその問いに、すぐには答えなかった。
数拍の間を置き、静かに呟くように言った。
「それは、いずれ分かる。あるいは、理解しなくてもいい。
ただ一つ、確かなのは――お前たちはもう、“地上”には属さない存在だ。
残された生の気配も、死の重さも、すべて、あの扉の向こうに置いてきたのだからな」
そう言うと、彼は誰かの名を読み上げた。ひとりが立ち上がり、舞台袖へと消えていく。
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