ここはどこ?あなたは誰?
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「――ようやく目覚めたか、人間」
どこか機械的でありながら、不思議と感情のこもった声。
暗闇の中、音もなく浮かぶ“存在”がそこにいた。
フードで顔の見えぬ人物――しかし、その服装はまるで、マジシャンのようだった。
奇抜で、滑稽で、異様に整っている。
「お前、我に拾われなければその魂、すでに虚無に還っていたぞ。地球時間で……ちょうど死後、3.5秒後だ」
「……誰だよ、お前……ここ、どこ……俺、生きてるのか?」
「否。お前は既に死亡している」
フードの下の目が細く笑った気がした。
「ほら、見てみろ」
そう言って指を弾くと、虚空に波紋が広がる。
まるで水面が空に浮かび上がったように、そこに映っていたのは――
黒焦げの死体。
見覚えのある実験室。そして、自分を突き飛ばされて助かった牧田が咳き込みながら119番に電話を掛けている光景。
「……あれ、俺……?」
「そう。我が拾ったのは、あの死体の“中身”に過ぎぬ」
胸の奥が一瞬、きゅっと締め付けられる。
牧田が無事だったことに、確かに安堵している自分がいた。
だがそれと同時に――本当に、自分は死んだんだという実感が、じわじわと染みてくる。
「感慨に耽ってるところ悪いが、そろそろ行くぞ」
目の前の“そいつ”が、軽く手を振った。
「……お前は誰だ? そして、今からどこへ行くんだ?」
「私のことは、エンティティとでも呼べ」
少しだけ、口元が笑ったように見えた。
「お前は今から、“オリエンテーション会場”に連れて行く」
気づけば、俺は暗がりの中を歩かされていた。足元は柔らかい赤い絨毯。頭上にはくすんだ金属の梁が走り、時折、壁に灯る控えめな照明が空間を淡く照らしている。
「……ここは?」
「会場だ。お前のような“選ばれし死者”を迎えるための、仮初めの劇場」
声の主、エンティティは俺の前を歩いている。もう先ほどの胡散臭いマジシャン風の印象は薄れ、今はただのローブ姿の人影にしか見えない。不思議なことに、背後から照らされる光の中でも、その顔だけは影に包まれている。
重厚な木製の扉が目の前で開くと、そこには舞台と観客席を備えた、典型的な古風な劇場空間が広がっていた。まるで19世紀のオペラハウスのような場所。だが、観客席には誰もいない。静寂が支配している。
「……俺ひとりか?」
「いいや。もうすぐ、同じように“割り当てられた者たち”が来る。まあ、せいぜい数十人だがな」
そう言いながら、エンティティは俺を舞台袖の一角へと誘導する。
そこには、簡素な長椅子と、湯気の立つカップがあった。紅茶だろうか、香りがやけに落ち着く。
「なぜこんな劇場みたいな場所を……?」
「死後の迎え方など、所詮は演出の問題だ。ならば最も“記憶に残る形”でなされるべきだろう?」
その口ぶりには、どこか芝居がかった余裕があるが、ふざけているわけではないようだ。
「……俺たちは、これから何をされるんだ?」
「説明を受ける。そして、自らのダンジョンを設計し、やがて地上に実体化する日を迎える」
「……ダンジョン、って……あのゲームとかの……?」
「ああ、だいたいその認識で構わん。ただし、これは地球というリアルに存在する世界に“現実として”設置される。中身の自由度はお前次第だ」
俺は思わず口を閉ざした。あの研究室の事故から、ほんの数分前まで自分が死体だったというのに、今はこうしてわけのわからない劇場で、未来の話をしている。
だが――なぜか、胸の奥がざわつく。死んでるはずなのに。
エンティティは最後にぽつりと呟いた。
「間もなく、他の者たちも来る。それぞれの死を抱え、別れを経験し、そして――」
その瞬間、奥の扉が軋んで開いた。新たな“死者”が、ひとり、またひとりと舞台に入ってくる。
「想像の役割を負って」
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