なんでこんな所にこれがあるの?
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竹本は一言で言うと呆然としていた。
自分が壮大な夢を見ているのではないかと、本気で思う程に。
この状況を説明するには、少し時間を巻き戻す必要がある。
穴に入ってすぐ、外との通信が完全に途切れた。
それは東京の特戦群の突入でも確認された現象で、こちらでもあらゆる周波数やリレー機、有線通信を試したが、結果は同じ。
“どうしようもない”――そう判断された時点で、前進が決まった。
ガス検知器にも異常は見られず、空気成分も地上とは特に違いはなかった。
全方位を注意しながら下に続く階段を降りる。
入り口も下に行くにつれ見えなくなった。
螺旋状の階段を降りる。ひたすら降りる。
金属音を立てる重装備の足音だけが、無限に続くような階段に反響していた。
どのくらい降りたのか、誰も正確には覚えていない。
階段を抜けた先に、広がっていたのは「ホテルのようなエレベーターホール」だった。
白い大理石の床。天井から吊り下げられた巨大なシャンデリア。
壁には十個の鉄製の両開き扉と、見慣れた“下行き”のボタン。
どう見ても――エレベーターホールだった。
だが、ここは地中深く、誰も入ったことのない未知の空間のはずだ。
隊員の一人が震える手でカメラを構え、無言で記録を始めた。
竹本はその様子を一瞥し、短く息を吐いた。
「……周囲を調べろ。安全確認。」
その声は自分でも驚くほど落ち着いていた。
5人1組に分かれた小隊が静かに散開する。装備の擦れる音、隊員同士の声が響く。
「・・・良い、シャンデリアですね。」
牧副隊長が煌めく天井を見上げながら竹本の横でポツリと呟いた。
竹本は苦笑しながら、一緒に天井を見上げた。
「あぁ。今まで見た中で一番デカいし、綺麗だ。」
二人とも黙り込む中、牧が口を開いた。
「あれ、乗るんですか?」
エレベータードアらしき物を小さく指差しながら他の隊員に聞こえない大きさで聞いてきた。
竹本は、真剣に考えていた。
乗るリスクはデカすぎる。ただ、ここで引き返しても意味がないことも分かっていた。
隊員たちが続々と彼の前に戻って整列する中、一人頭の中で格闘する竹本。
「全員揃いました、隊長。」
点呼をしていた牧副長が報告した。
竹本は息を吸い、マスクの内側で曇ったバイザーを袖で軽く拭った。
頭の奥で、幾度も同じ思考が巡る。
――ここで戻れば、安全だ。だが、報告はできない。
――進めば、何かが分かる。だが、帰れないかもしれない。
「……牧。」
小さく名を呼ぶと、副隊長がわずかに顎を上げた。
「はい。」
「エレベーター、内部確認をする。」
「……了解。」
一瞬の逡巡。けれどそれだけだった。
重いブーツが白い床を踏みしめる。足音がやけに響く。
竹本は最も手前の扉の前に立った。
表面は鉄だが、磨かれたように滑らかで、まるで昨日まで稼働していたかのように新しい。
グローブを外して手をかざす。
冷たい。指先が触れると、微かな静電気が走った。
「異常なし。」
牧がちらりと竹本を見た。
「……押しますか?」
「押せ。」
――チン。
乾いた電子音が空気を震わせた。
いや、そこまで似ている事はあるんか?
そう思っていると、十ある扉のうち、一番左端が「ガコン」と音を立てて開いた。
中を覗くとそこには、壁がガラス張りの普通のエレベーター。
ガラスの向こうはゴツゴツとした灰色の岩肌しか見えない。
足を乗せても落とし穴のように開かないし、扉も急には閉まらない。
床を銃床で叩くと下に空間が続いている事を示す特有の音がした。
唯一違う点は、操作盤の開閉ボタン以外に見知らぬ金色の文字が象られたボタンが一つあった。
現実の物と照らし合わせると、非常連絡装置、もしくは行き先のボタンであろう。
竹本は眉をひそめ、その金色のボタンを見つめた。
表面は光を反射し、まるで液体金属のようにゆらめいている。
刻まれた文字は、どの言語にも見えない。
アラビア数字でも、英語でも、漢字でも、キリルでもない。
「……文字、確認。」
牧がカメラを構え、ズームする。
「……撮影、完了。隊長、どうしますか?」
「他のエレベーターも確認しろ。」
そう言うと隊員たちは他のエレベーターも確認に走った。
結果は全部形状も中にあるボタン、全て同じだった。
「罠ではないとして、どこに続いているんでしょうか?」
牧がみんなが思っていたことを口にした。
牧の言葉に、誰も返さなかった。返すべき言葉が浮かばない。
沈黙の中で、誰もが竹本の判断を待っていた。
そんな中、視線を床に落としていた竹本は決断した。
「・・・隊を3つに分ける。1隊は上に戻り現状報告。2隊目はここのホールで待機。最後の隊は――私の指揮下でエレベーターに乗る。」
ざわつく隊員を横目に竹本は続けて説明した。
「報告部隊。上との連絡は往復要員を決めて紙でやりとりしろ。後可能なら一番上とこのホール間で通信が可能か確かめてくれ。出来なければ、紙での連絡を素早く出来るような体制を構築するように。」
一息入れた竹本は咳払いした後続けた。
「このホールで待機するチームは天井を含め、広さ、温度などの計測そして材質の特徴など全てのデータを取ること。可能なら階段の方もしておけ。下に降りる部隊については降りる直前に説明する。」
そう言い切ると牧に部隊分けを任せた竹本はエレベーターの扉の前に移動し、リュックからメモ帳を取り出した。
メモに現状報告とエレベーターで下りる決断を下したことを簡潔に書いた。
「準備完了です。」
牧が10名の隊員と竹本の前に整列した。
竹本は報告部隊にメモを託し、一人ひとりの顔を見た。
ガスマスクで表情は見えない。
だが、レンズの奥――目だけが、まっすぐに彼を見返していた。
恐怖はなかった。
ただ、静寂。人間が“戦う覚悟”を決めた時にだけ見せる目だった
「よし、先に俺を含めた5人でこのエレベーターで下りる。牧が残りの者と一緒に反対側のエレベーターで追ってくれ。」
隊員が頷くと竹本は目の前のエレベーターに乗り込んだ。
最後の隊員が乗り込むと扉が閉まる直前牧と目が合った。
「ご武運を」
ゴウンと言う重低音な機械音と共にエレベーターは下に動き出した。
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