爆発オチの蝶の夢
この度新しく物語を始めました。不慣れで未熟な点があるとは思いますが、悪しからず。
投稿は不定期の予定ですが応援よろしくお願いします。
深夜0時を過ぎた研究棟は、真夜中の沈黙を吸い込み、蛍光灯の無機質な光だけが煌々と灯る。
その白い光の下、俺はふと、端末に映る推しアニメの再生画面に照らされた自分の背中を、まるで他人事のように眺めていた。
「孤独って、案外、悪くないんだよな。好きなだけ研究に没頭できて、推しの尊さを噛み締められるんだから……」俺のつぶやきは、いつもより響く気がした。
俺は、天海 碧、32歳。
某国立大学の化学研究科を出て、そのまま特許絡みの研究機関に就職。専門は高エネルギー有機化合物の合成と応用。
要するに、爆発物にもなりうる“極めて扱いづらい化学物質”を、医療や素材工学の分野で“どうにか使えないか”という危険な橋を渡る研究。
「……つっても、推しの尊さの前では、全て霞むんだけどな……」
缶コーヒーを片手に、机に立てたアニメ“蝶の夢”の推しキャラのクーゼちゃんのアクリルスタンドを見つめて微笑む。
白衣の胸ポケットからはUSBメモリと、クーゼちゃんの絵がついてるペン。
机の隅にはラノベと円盤、そして今日届いた通販の段ボールがいくつか転がっている。完全に職場を趣味で侵食した科学者改めオタクだ。
家族はいない。両親は大学時代に自動車事故で他界し、兄弟姉妹もいない。結婚歴もなければ、恋人も当然いない。
だが、研究と推しがあれば、生きる意味には十分すぎる。少なくとも彼にとっては。
「この分子構造……あとひとひねりだな……」
“蝶の夢“のオープニングソングがBGMに流れる中、俺はシャーペンを走らせる。
俺の研究は、火薬の数百分の一の量で既存の爆薬を凌駕する爆破力を持ち、環境負荷も極めて低いという夢のような代物だった。
だが、同時にそれは諸刃の剣でもある。俺の専門は、まさに“触れる爆弾”とも呼べる「乾燥アジ化金属誘導体」の合成と応用。
わずかな摩擦や静電気ですら、手のひらで家一軒を吹き飛ばせるほどの破壊力を秘めている。しかし、推しの尊さの前では、そんな危険性すら霞んで見えた。
この「乾燥アジ化金属誘導体」が最も恐れられているのは、「乾燥による暴発」だった。
微量の水分を含ませて保管・移動するのが安全管理の常識なのだが、今日の研究棟は、いつもと肌で感じる空気が違っていた。
エアコンの送風音が途絶え、耳に痛いほどの静けさが広がっている。
数時間前にシステムから警告メールが来ていたはずだが、疲れ切った新人の牧田がうっかり既読スルーしていたことを、俺はまだ知らない。
室内の湿度は極端に低下し、静かに、そして確実に、爆発へのカウントダウンが始まっていた。
午前3時。研究棟の地下実験室。
空調は止まっており、気温は低い。湿度も下がっている。
新人の牧田が休憩室から出てきて実験の再開をする所だ。
「さっきの試薬もう一回試したいから、準備しといて」
「はい」
俺の指示に従って牧田がガラス管の栓を外しながら渡してきた。
牧田が手にしたガラス管・・・。
俺の眉がピクリと動いた。中には白濁した結晶と、内壁に霜のような析出物。
これ、アジ化銅誘導体じゃないか……?
「おい、それどこから持ってきた? 湿度確認したのか?」
「え? いや、さっきのストックから……」
「馬鹿、それ乾いてるヤツだ――!!」
反射的に試験管を牧田の手から掴み取り牧田を突き飛ばす。
その瞬間だった。
ドン、という破裂音と共に、目の前が白く焼き切れた。
その視界の奥で、俺の脳裏によぎったのは、実験室に入る前に目にした “蝶の夢”の最終話のサムネイルだった。“第12話:この世界に、もう悔いはない”。
白く燃え盛る光の中で、俺の研究と推し活に捧げた人生の走馬灯が駆け巡る。
ああ、皮肉なものだ。こんな形で終わるなんて。
……悪くないかもな、こんな最期も
ここまで読んでくださってありがとうございます!
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次の展開もいろいろ考えてるので、よかったら引き続きお付き合いください。
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