一本道ってダンジョンだったっけ?
その日、親子はスポーツ用品店を目指していた。
近所の店では種類がなさすぎて選ぶに選べなかった、卓球ラケットのラバーを求めていたのだ。
考えてもみてほしい。貼り替えの必要がない初心者用ラケットが数種類、自分でラバーを貼るタイプのラケットが2桁種類あるのに、ラバーの種類が全然ない。そんなところでマイラケットが作れるか。
ラケット本体はここで買ったけれど、どうしてもラバーが1枚、納得いかない。表と裏、両方貼るから。
そんなわけで、同級生情報を元に2つばかり市をまたいだ先のスポーツ用品店まで来た。
車の運転はできないから、帰りのことを全く考えずに、タクシーで乗り付ける。
選び放題なラバーにテンション爆上がりの子(ぱっと見わからない)、それを見守る親。全然わからないから口出しできることもなく、見守るしかないというのが正解ではあった。
ホクホク顔(やっぱりわからない)で選んだ他の小物とともに買い物を終えて店を出たとき、嫌が応にも現実と向き合うこととなる。
――どうやって帰る?
この辺りのタクシー会社はわからない。検索すれば出てはくるが。
隣のスーパーなら公衆電話があるから電話帳くらい置いてあるだろうと向かってみれば、そこにあったのは撤去された公衆電話の跡。
そもそも自分たちの現在地が説明できない。
詰みましたね。
しかし親は知っている、自分の帰巣本能の強さを。
スポーツ用品店の前を通っているのは、さっき自分達がタクシーで運んでもらった国道。つまり一本道である。
ならば、来た道を戻れば迷いようがない!
親、かしこい!!
ドヤる親のことは見なかったことにして、とぼとぼと帰途につく親子の姿があった。
なにかおかしいことに気がついたのは、数十分後のこと。
「あれ、なんか(歩)道、なくね?」
一本道の車道、なぜか脇道にそれていく歩道。
下り坂になっているそれを目で追うと、なにやら入り組んだ交差がたくさんある。国道は、その上を高架として通っていた。
どうなっているのだ、ここの立地。謎の田畑が広がっていた。
「(国道に)戻れるかなあ……」
ほんのり不安を覚えつつ、攻略のための交差点をあっちかこっちかと確認しあいながら、おっかなびっくり進んでいく親子。ちょっと向こうに家は建っているのに、人はおろか車すら通らない。
方向音痴が2人でどこへ行くべきかわからないって、めちゃくちゃ怖いのだ。
高架の国道を見失わないように、慎重に進んでいく。
「もしかして、あれは……!」
謎の階段を発見する。道なのか、あれは。
なぜ階段なのかは、考えたら負けな気がした。反対側は坂道だったのに。
「これで国道に出られなかったら笑う~~」
若干ハイになりつつも、なかばやけくそで階段を上りきったら、はたして。
「ぅぅ、戻ってこれた……」
チェーンをまたいで、国道へ復帰した。どうしてこの区間だけ歩道がないのか。
精神的な消耗にぐったりしかけたけれど、まだまだ先は長い。めげずに進まねば。もう少し頑張れば、この道中で最も高いところに着く。その後はひたすら下りだ。
その坂のてっぺんには、大きなお店があった。
うん、あれは行きに車窓から見た。とても目を引く看板が立っている、たまごのお店。
車でないと買いに来ることができない。
まだまだ歩く距離はあるが、どうする? 買っちゃう? たぶん美味しいよ?
ふらふらと吸い寄せられて行ってみたが、夕方だけあってすでに売り切れていた。相当な人気店と思われる。
気にはなるが、ないものは仕方がない。素直にあきらめて先へ進む。日が暮れる前には麓へおりたい。
もうあとは、麓にある時折行くショッピングモールを目指すだけだ。建物は見えているのになかなか近づいてこないけれど。
高校生の頃、マーチングバンドとして出演していたお祭りのパレードで、終点の建物が見えているのに終われない、悪夢のような時間があったことを思い出しながら、それを笑いながらひたすら歩く。
「あれ(パレード)と一緒でショッピングモールが全然近づいてこねえーーーー! 一本道いやあぁぁーーー!」
親の方がうるさいのである。
やっとの思いでショッピングモールまでたどり着き、カフェでしばし休憩してから帰ったのであった。
「まだ歩く?」
「どれくらい?」
「4キロくらい」
「ヤだ……」
最初は歩く気でいた子、距離を聞いて折れた。
帰宅後、子はラバーを貼るどころでなく、すぐ寝た。
ショッピングモールから家までと同じくらいだと思っていたけれど、スポーツ用品店からショッピングモールまではそれより1キロほど多かったのだった。
よく歩いたね。
1年半後にまったく同じことをしたよ!
このときは、たまご屋さんの隣で天然酵母のパンを買って帰ったよ。
あれから10年とちょっと、あのたまご屋さんのたまごは買えていない。
あとは産廃業者さんの敷地脇にあるたまごの自販機くらいかなあ。
歩道がないのと、ガードレールがひん曲がってるのと、ダンプがバンバン通る道だから自力では行けない。
タイミングが合わないとカラだしね、自販機。