4 新たな始まり
教室のざわめきは、次第に静寂へと変わった。全員が森山先生の反応を注視している。結菜は息を呑み、クラスメイトたちとともに先生を見つめた。
森山先生は、しばらくの間、何かを言いかけては口を閉じるような仕草を繰り返していた。そして、深く息を吐き出すと、手元の契約書の束をじっと見つめた。その瞳にはどこか哀しみが宿り、結菜はその目を見て初めて、先生が抱えている苦悩の深さを理解した気がした。
「……私は、間違っていたのかもしれない。」
森山先生の声は、驚くほど弱々しく、かすかに震えていた。
「私は、二度とあの時のような悲劇を繰り返したくなかった。ただ、それだけだった。でも……」
先生の言葉に耳を傾けるクラス全員が、静かに息を飲む。結菜は一歩前に出て、震える声で言った。
「先生が守ろうとしてくれていたことは分かります。でも、私たちにも守れるものがあります。お互いに支え合って、本当に強いクラスになることができます。だから、どうか……信じてください。」
森山先生は、しばらく結菜を見つめていたが、やがて小さくうなずいた。そして、手元の契約書の束を一枚ずつ丁寧に破り始めた。その音が教室中に響くたびに、結菜は胸の中に溜まっていた重い何かが少しずつ解けていくのを感じた。
「みんな、私を許してくれるだろうか……」
森山先生が静かにそう言うと、修が一歩前に出て笑顔で言った。
「許すも何も、これからがスタートじゃないですか。僕たちは一緒にいいクラスを作りたいんです。」
その言葉に、クラスメイトたちも次々と声を上げ始めた。
「先生、大丈夫です!」
「これからは、みんなで考えていきましょう!」
その場の空気は次第に温かさを帯びていき、結菜はふと教室の壁に掛けられた時計を見た。短い時間の中で、確かにこのクラスは変わり始めている。
数日後。教室の雰囲気は驚くほど明るくなっていた。これまで一度も話したことのないクラスメイト同士が自然に会話を交わし、笑顔があふれている。結菜自身も少しずつ輪の中に入る勇気を持てるようになった。
そんな中、結菜は修に声をかけた。
「修、ありがとうね。あなたがいなかったら、私は何もできなかった。」
修は首を振って言う。
「いや、僕だけじゃ何も変えられなかった。みんなが声を合わせてくれたから、ここまで来れたんだよ。」
その言葉に、結菜の胸が温かくなった。彼女はふと、自分の机の引き出しを開けた。そこには、一度は消えたはずのクラス写真があった。写真の中には、消えたクラスメイトの姿がしっかりと写っている。
「あの子のこと、思い出せたね。」
結菜がつぶやくと、修は静かにうなずいた。
「もう二度と忘れない。僕たちは、彼女がいたことも含めて、このクラスを作っていくんだ。」
結菜は小さくうなずき、写真をそっとカバンにしまった。教室の窓からは春の陽光が差し込み、これからの未来を祝福しているかのようだった。新たなスタートラインに立った結菜たちは、胸を張って進む決意を固めるのだった。