3 反逆の計画
次に消えるのは、自分かもしれない。そんな不安が結菜の心を覆い尽くしていた。それでも、浅見修とともに真実を突き止める決意を固めた結菜は、翌日から行動を開始した。
「まずは、契約書を詳しく調べる必要がある。」
放課後、二人は人気のない図書室の片隅で契約書を広げた。修はスマートフォンで契約書の内容を撮影し、ネット検索を駆使して関連する情報を探し始めた。
「この用語……法律とか契約に詳しい人間が書いたものだな。それに、普通の学校でこんな書類を使うなんて聞いたことがない。」
修が指差した文言には、「全人格的統制」という耳慣れない言葉が記されていた。それは心理学や行動制御に関連する専門用語らしく、ルール違反者への「適切な処置」が記憶や存在そのものに影響を与える技術を示唆しているようだった。
結菜は鳥肌が立つのを感じた。
「もしこれが本当にそういう技術なら、どうやってそれを解除するの?」
「解除方法は……まだ分からない。でも、森山先生が何か鍵を握っているのは間違いない。」
修の言葉に、結菜は改めて先生の背後に潜む影を感じた。
その後の数日間、結菜と修はさらに調査を進めた。森山先生の過去を掘り下げる中で、驚くべき事実が明らかになる。10年前、森山先生が担当したクラスでは、いじめや対立が激化し、最終的に1人の生徒が命を絶った。そのショックで森山先生は数年間の休職を余儀なくされ、復職後は生徒たちを「管理」することを最優先とする教育方針を取るようになったのだ。
「つまり、先生はまた同じ悲劇が起きるのを防ぎたいと思っている。でも、そのために僕らを……」
結菜は苦い思いを噛みしめながら言葉を続けた。
「コントロールしようとしてる。」
「そうだ。」
修が静かにうなずいた。
「でも、僕たちにはクラス全員を巻き込む必要がある。この契約を解除するには、全員で反抗しないと意味がない。」
二人は具体的な作戦を練り始めた。
まずは、消えたクラスメイトの存在をみんなに思い出させること。消えた生徒の痕跡――クラス写真や連絡先が保存されていたスマートフォン、ロッカーに残された物――を利用して、記憶の糸をたぐり寄せる。次に、契約書の不自然さをクラス全体に訴え、全員で一斉にルールを破る計画を立てた。
「ルールを破れば、全員にペナルティが課せられるかもしれない。だけど、一斉にやれば先生の制御も追いつかないはずだ。」
修はクラスメイト一人一人に声をかけ、少しずつ仲間を増やしていった。
最初は怖がっていたクラスメイトたちも、修の説得と結菜の必死の呼びかけに心を動かされ、やがて次第に勇気を奮い起こしていった。そして、ついにその時が来た。
翌週のホームルームの時間、修が立ち上がり、クラス全員を見回して大声で言った。
「みんな、今だ!」
全員が契約書のルールを破る行動を一斉に取り始めた。スマートフォンを取り出して操作を始める者、先生の話を遮って笑い始める者、大声で歌い出す者……その騒がしさに、森山先生は明らかに動揺した。
「やめなさい!」
森山先生の声が教室中に響く。その目には、怒りだけでなく、どこか悲しげな光が宿っていた。しかし、クラスメイトたちは怯まず、行動を続けた。
結菜も立ち上がり、森山先生に向かって叫ぶ。
「先生!私たちはもう支配されたくない!本当にクラスがひとつになるには、こんなやり方じゃダメなんです!」
その瞬間、教室の空気が変わった。森山先生が持っていた権威が、目に見えない形で崩れ始めるのを結菜は感じた。