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非在  作者: り(PN)
9/13

「ええ、理屈からいえば理屈が成立しなくなる、ということなんです」

 人が忙しなくごった返している天文台解析室で、モニタ・スクリーンを背にして、室井正好がいった。

「アインシュタインの等価原理の違反なんです」

 一日明けて、観測データの正しさをさらに確信すると、室井はデ・フルストと理論的解釈に移った。実は事態をほとんど把握していなかった州軍の司令官が、逗留依頼を受けた合衆国海軍に連絡を取り、軍事衛星経由の極秘通信網を経由して、数人の天体物理学者にも協力が要請された。だが、解釈結果はまだまだ荒い近似でしかない。

「ムロイくん、ピートさんに重力質量と慣性質量の差を説明してあげてくれ」

 オーウェンズ・ヴァレイ天文台所長のジョン・アダムスが、遅れて到着した合衆国海軍所属の作戦担当官、ピート・サウスウォース中尉に気を遣っていった。

「ええ、ではそこから……」

 とムロイが答え、説明をはじめた。

「一般的に質量と呼ばれる概念には、由来というか意味合いの違う二つの種類があります。ひとつは重力質量――いわゆる重さみたいなものですね――と、慣性質量です。重力質量は地球上ではほぼ重さと同じですが、重さの方は、たとえば月などに行って重力加速度が変われば変わってしまいます。ここでは、重力に依存するバネ秤で秤られるものを重さ、片側に基準物質を載せて釣り合いをとって計測する秤=天秤で秤られるものを質量と定義しておきます。計測器に天秤を用いる限りは、地球上でも、月上でも、秤られる物体の質量は変わりません」

 室井は息を継いだ。

「次に慣性質量ですが、これは、十六世紀から十七世紀にかけて活躍したイタリアの物理学者、ガリレオ・ガリレイの考えた運動法則に由来します。摩擦がない――すなわち外からの力が加わらないとき――、物体は静止状態、またははじめに速度を持っていた場合はその速度をいつまでも維持し続ける、という性質を持っています。この性質が慣性です。慣性とは、元の運動状態を変化させないようにする物体に固有の性質、と纏めることもできるでしょう。質量の大きな物体は、元の状態――この場合は速度――を変えにくい、すなわち慣性が大きいといえるわけです。そのように運動から定義された質量が慣性質量です。ここまではよろしいですね……」

 室井はそこでピート・サウスウォースを盗み見た。悠然としている。室井は感心して先を続けた。

「さて、通常はその二つの質量は一致すると信じられています。……よくある例で恐縮なのですが、ビルのエレベータの比喩で話をしましょう。わたしたちの誰かが超高層ビルのエレベータに乗っていたとして、それが止まっているとき、その人は地球の重力によりエレべータの床に向かって力を受けます。次に、無重量状態の宇宙空間に浮かんでいるエレベータ――というか鐡の函――を考えます。その状態のままエレベータが浮かんでいたとすると、中にいる誰かも当然、無重量状態にあります。ここで、そのエレベータのワイアが――エレベータに対して――上に向かって引っ張り上げられたとします。もしその引っ張り加減――加速度――が地球の重力加速度と一致していたなら、エレベータの中にいる誰かは、地上にいるのと同じ重さの感覚を体験することになるでしょう。最初の例では、エレベータは空中に静止していますから(座標が慣性系)、その質量は重力質量です。二番目の例では、エレベータは無重量状態の中を加速度運動するので(座標は非慣性系=加速度系)、その質量は慣性質量です。この二つの質量が一致する――実験的には十のマイナス十一乗のオーダで一致が確認されています――としたのが、アインシュタインが唱えた[等価原理]なのですが、どうやら、わたしたちが観測した領域では、それが成立していないようなのです」


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