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一見平静なようだが、その実、結構厳重な警備体制が敷かれていた。
ワシントン、D・Cにある合衆国海軍所有の天文台は、その周辺領域まで、ピリピリと空気が張り詰めていた。
ミラノで依頼を受けて二日、おれは必要装備を補充し、ターゲットの警備状況を勘案してから、現地まで飛んだ。その直前、知り合いの情報屋から、《オーウェンズ・ヴァレイの天文台に数ヶ月前から州軍と、遅れて到着した合衆国海軍とが逗留している》という情報を仕入れたが、《当地の電波望遠鏡が最新鋭なので軍がその警護に当たっている》という、はっきりいって公式の裏情報しか確認できなかった。
そのときには、まさか電波望遠鏡が今回の事態に関連しているとは思いもよらなかったのだ!
依頼主が、もし軌道都市の住人だったら、もしかすると連中はそこまで突き止めていたかもしれないな、とおれは感じた。なぜなら、オーウェンズ・ヴァレイのものと、ほとんど同じ型で複製された電波望遠鏡がそこにあるという可能性が否定できなかったからだ。軌道都市の技術は、呆れるほどにローテクとハイテクの混成部隊だった。
清掃職員に紛れこむ、というありふれた手法で、おれは天文台への侵入に成功した。右脳を共鳴させながら、欲しい情報は直接天文台のコンピュータから入手した。もちろん、同時に、おれの侵入を封印するAIウィルスを放つのも忘れなかった。気味が悪いほどに目的の部屋への到達時間は短かった。求める情報は紙には印刷されていない。クローズドのコンピュータ内に安置されている。
キーワードを探し出すのに少し手間取った。だが、その中にsvaの文字が含まれるのが明らかになると、おれは迷わず owensvalley と入力した。すぐさま、アクセス権が得られた。どうやら、そこまで事態は切迫していたらしい。子供騙しのキーワードを変える暇がなかったとは……
おれの脳内メモリに忽ち情報が流れ込んできた。得られた情報を確認してはいけない、という契約条項はなかったので、おれは左脳内で結節を調整して仮想モニタを開き、送りこまれたデータの確認を行った。
はじめは数値ばかりだった。
なるほどこれなら、そっくりそのままデータを持ちかえらない限り、甘いキーワードでも問題はないだろう。だが、その後から文字情報が現れた。massの文字がやたらと目につく。そこで、おれは自分が認識する情報の速さを制限して、文字情報を仮想視認できるように換えた。だがやはり、massの文字が多く目につく。(その辺りで極秘情報のダウンロードは終わった) さらにgravity、inertia、equivalence、contrariety、higgs mechanismなどの文字が所狭しと点在していて……
「そこまでだ!」
首筋に冷たい感触を感じたと同時に、その言葉が耳に入った。
「振り返らないでくれよ。もちろん、暴れたりも…… 無益な殺生は好みじゃないんだ」
声は続けた。
「ようこそ、こんなところまで……といってやりたいが、こちらにも時間がなくてね。取調べは後にするから、とりあえず付いて来てもらおう」
まったくのプロの手腕に、おれは逆らう気さえ失せてしまった。
「わたしの一存で、きみも仲間に入れてあげよう。牢屋にぶち込んで、あっという間に逃げ出されるよりはマシだろうからね。それに、きみにも興味があるだろう? 現在のわたしたちの立場での判断は難しいが、わたし個人は[生き証人]は大勢いた方がいい、と思っているんだ!」