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「われわれが〔非在〕に含まれる?」
調査隊長のラルフ・ノイマンが訊ねた。
「それは、すでにわれわれが〔非在〕と一体化しているということか?」
『とりあえずは、そうなります』
スチュアート・ハーシャルが答えた。
「しかし、われわれには意識もある。身体の感覚もある。ま、目の前は闇だが、それも中継基地でモニタされている。……そうだよな、グロトリアン?」
『わたしはハーシェル隊員の杞憂だと思いますね』
理論物理学者のラーツィオ・グロトリアンが答えた。
『こんなところに居れば、気も滅入りますが……』
「うん、おれもそう考える」
と、ノイマンが答えたとき、前方数十メートル――と(仮想)視認される位置――に光が瞬いた。
『隊長、いまのが見えましたか?』
合衆国海軍所属の年長のメカニスト、ジョージ・ラッセルが確認を入れた。
『光りましたよね』
『わたしにも見えました!』
やはり軍人だが、情報科学担当のクルード・ヤングが会話に割って入った。
「そうか、おれは見逃したが……」
ノイマンが答えた。だが、一瞬後、彼の眼にも光が映じた。
「あれか!」
『どうします、進みますか?』
とラッセル。
『議論どころじゃ、なくなってきましたね』
とグロトリアン。
「待て、いま中継基地に連絡を入れる」
逸る気持ちを押さえて、ノイマンが答えた。すぐさま、内部空間通信で問いかける。
「レアル02よりイグザ34に報告。……レイボーン、いまの会話聞いてたか? どうぞ?」
『イグザ34より返信。……ああ、もちろん聞いていたよ。はじめての動きだな。さて、きみとしてはどうしたい? 素直に事前シナリオに従うか? どうぞ?』
〔非在〕調査隊中継基地の通信員、ウォルター・レイボーンが調査隊員が次に取るべき行動を示唆した。レイボーンの背後では、この計画を立案した合衆国軍士官たちが種種の素早い動きを見せている。極寒の海上基地内に、一気に緊張が高まった。
「レアル02より返信」
調査隊長のラルフ・ノイマンが無線機にいった。
「もちろん、シナリオには従うよ。……だが、こちらの計器は役立たずだ。よろしく、モニタを頼む。どうぞ?」
『イグザ34了解。いつでも、きみたちの背後にいるよ。以上』
「よし、行こう!」
ラルフ・ノイマンが隊員たちに声をかけた。手振りで進む方向を示す。
光はまだ光っていた。だが、事象のゆらぎなのか、多少の明滅が見える。輝度もわずかに減ったようだ。
突然、ラッセルの計器が激しい反応を示した。メータが振り切れんばかりに左右に揺れ出したのだ。
『何でしょう、隊長?』
「わからん。だが、動きに注意していてくれ。あの光と連動しているかもしれん」
『了解』
ラッセルが答えた。
メータの揺れは続いている。すると、そこに奇妙な音が聞こえはじめた。
(これは?)
と、隊では最年少のクルード・ヤングは感じた。
(まさか、ミサ曲?)
音が、まるで低いうねりを持つ混声合唱曲のように聞こえたのだ。
光の輝度はさらに弱くなっている。
「急ごう!」
ノイマンが叫んだ。どうやら、ノイマンには音が聞こえていないらしい。
中継基地からの問いかけもないので、おそらく向こうにも受信されていないのだろう。ヤングは思った。しかし、この旋律には憶えがある。学生の頃に聞いた。確か、荘厳ミサ曲?
やがて、その声の奥から低周波ノイズのようにさらに低い声が立ち現れてきた。
hya・hya・hya……
笑い声だった。