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天文台解析室の中が急に慌しくなった。
天文台所長のジョン・アダムスが、天文台に関連するすべての研究員にまで非常召集をかけたからだ。
時刻は現地時間で深夜の二時だったが、夜勤や当直の職員ばかりでなく、天文台周辺の町――合衆国、オーウェンズ・ヴァレイの片田舎――に寄宿している、派遣、国費、およびその他の留学研究者たちにも連絡が入った。
「何がどうしたって?」
「ふわぁ、こんな時間に、いったい……」
「おはよう、……いや、遅ようか」
「ムロイが見つけたんだって?」
「早く、詳しい話を聞かせてください」
出台してきた研究員たちが、それぞれ口口にまくしたてた。
「とにかく、これを見て欲しい」
職員がひと通り集まったのを見て取ると、天文台所長のアダムスがいった。部屋の中央にある汎用コンピュータ接続のモニタ・スクリーンを指差す。スクリーンは数値と計算式で溢れんばかりだった。
「これじゃ、わからないわよ」
実験物理学者のネティ・ヘルツスプルングが、すぐさま表示内容に抗議した。
「もっと直感で見えるようにしてくれなくちゃ……」
「確かに、これじゃ理論屋さん以外は締め出されちまうな」
同じく実験物理学者のルイ・リヨがヘルツスプルングに同意する。
「ほう!」
と、これは理論屋のグスタフ・ファン・デ・フルスト。
「面白い!」
「えっと、ちょっと待って下さいよ」
博士過程留学中の院生ジャン・アンリ・ルベリュが呟くと頭を抱えた。
「そんな、まさかね?」
「皆さん、焦らないで説明を待ったらどうです」
とウィンストン・ヒュウイッシュが口を挟む。彼は天文台の最古参だった。
「まあまあまあまあ……」
その期を逃さず所長のアダムスが割って入る。
「いま、ムロイに説明させるから静かにしてくれ!」
しかし、初期の混乱が納まるまでには、しばらくかかった。
そして――
「とにかく、異常な重力場領域が観測されたわけだな」
室井の簡単な説明――現象の発見およびその解析手法――が終わると、アダムスが断言した。
「何か意見は?」
「まだ、わかりませんね」
「こっちも、別の手法で解析してみましょう」
「では、わたしもそれに協力します」
「わたくしの方は電波望遠鏡の方をチェックしましょう」
「ムロイくん、ちょっとここ教えてくれない?」
所員がそれぞれ持ち場に着いた。
少しして――
「それで、アダムス所長、他の天文台などへの連絡は?」
ヒュウイッシュが訊ねた。
「まだ、どこにもしていない」
アダムスが答える。
「関係者全員の解析結果がすべて一致したら、世界に向けて発信するつもりですよ」
だがその直後、別の連絡が天文台に入った。
「アダムス所長、特殊スクランブル回線で通信が届いています」
所長秘書のマリ・ボウエンが告げた。
「地元の州軍基地からです」
「州軍基地だって?」
そのとき、アダムスの脳裡に厭な予感が走った。映話を受け取る。
「はい、映話を替わりました。所長のアダムスです。……え、いきなり、そんな無茶な。……はい、はい。……わかりました、協力体制を職員に指示します」
映話機を置くと、アダムスは解析室の窓に寄ってカーテンを開け、外を見やった。
天文台が立つ小高い丘に続く山道を――警告灯こそ光らせていなかったものの――数台の軍用ジープが昇ってくる様子がはっきりと見てとれた。