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なぜ、この仕事を引き受けかといえば、それが依頼だったから、としか答えようがない。
世界が経済も軍事も文化までもが西一色になって数十年、その間(いわゆる局地戦は止むことがなかったものの)、おれの居所はとにかく狭くなり続けた。強大となった西側に対抗するには中東ではあまりに力不足で、それは中央アジアでも、西あるいは東アジアでも、たいした差ではなかった。無論、東西ヨーロッパとて同じ。強いていえば、(いまは軌道上にも浮かんでいるが)分散国家として唯一、数千年の歴史を誇るあの組織が対等関係にある、といえないこともなかったが……
『ミラノの教会の前で』
最初にネットに入った連絡はそれだけだった。メールの差出人は不明。自慢の最高機能追跡エンジンで軌道都市のサーバまでは相手を追えた。だが、そこであっさりと手がかりが消えた。無理もない。軌道都市自体がすでにスクランブルだったからだ。おれは、自分のポストにメールを放った相手の力量に敬意を表して、イタリアくんだりまで出かけることにした。指定された教会は不明だが、それは頭の良い相手のこと、おれの姿を確認した瞬間、通信手段を考えるだろう。
果たして、おれの予想通りとなった。右脳が共鳴したのだ。
(よく、この振動数がわかったな?)
ニューロン接合の結節増幅器を通して、おれは相手――おそらく雇い主のメッセンジャー――にいった。
『こちらもご同業だからな。……落ち合う場所は』
とある有名な教会の名前をメッセンジャーは告げた。彼が脳内結節を改造しているかどうかは不明だが、少なくともそれ相当の装置は所有しているらしい。
数分後、数多の観光客に紛れて教会の門の前に立つと、見知った顔に出会った。空港から先ほどの場所まで、おれを案内してくれたタクシーの運転手――丸丸と太り、色とりどりの衣装を身に纏った中年のおばさん――だった。
「やあ、よく、おいでなすったね」――『とりあえず、付いて来てもらおう』
舌を使った自然言語と、脳内結節を通した無線で、そいつはいった。
「お召しのままに……」
自然言語でおれは答えた。
「ところで、おばさんはいつもそんな格好をしてるのかい?」
すると、
「ひゃっひゃっひゃっ」
と、そいつが笑った。
「あたしの得意ファッションは虹色模様」――『つまらん呼び名だが、レーゲンボーゲン(虹)と憶えておいてもらおう』
それが答えだった。すかさず、おれが言葉を返す。
「おばちゃんがドイツ出身者とは思わなかったね」
「ひゃっひゃっひゃっ」
脳天に響き渡るような声で、そいつは笑った。そして、目的地まで笑い続けた。