煙草を吸う女は嫌い?
「タバコを吸う女の子は嫌い?」
あの日から7年経った今でも、君と初めて出会った時の事は忘れもしない。
平日の深夜の下北沢駅。
君は僕に話しかけてきたっけな。
銘柄はセブンスター。
セブンスター以外はタバコじゃないとか言ってたっけ。
月が綺麗だ。
そういえば、あの日も満月だったよな。
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下北沢駅、終電が過ぎ去った夜。
街灯の下、ほんの少しの湿気を帯びた夜風が倫也の頬を撫でていった。
「はぁ……」
肩を落とし、ため息を吐く。
手にはコンビニのビニール袋。中身は缶ビールとポテチ、そしてタバコ。
本当は吸うつもりなんてなかった。叔母が引退してから、何度も手を伸ばそうとして結局手を出せなかったもの。
でも今日、なぜか買ってしまった。
理由は自分でもよくわからない。
倫也は駅前のベンチに腰を下ろした。
終電が過ぎた駅前は静まり返っていて、誰もいない。
遠くで犬の吠える声が聞こえた気がした。
缶ビールを開け、一口飲む。
「……まずっ」
思わず顔をしかめた。
自堕落な生活の象徴のような味だ。
「……一本ちょうだい」
不意に声がかかった。
驚いて振り向くと、そこには女が立っていた。
長い黒髪、レザージャケット、艶のある唇。
目元はどこか陰を帯びているのに、笑みは挑発的だった。
「え……あ、はい」
戸惑いながらタバコの箱を差し出す。
女は器用に一本抜き取り、口にくわえ、ポケットから七つ星マークのジッポライターを取り出した。
「吸うの、初めてでしょ?」
火をつけた後、くゆらせた煙越しに、女が笑った。
「わかりますか?」
「そりゃわかるでしょ、顔に出てるし」
女は隣に腰を下ろした。
香水とタバコ、そして少しの酒の匂いが混じり合い、倫也は思わず息を飲んだ。
「……天津七星。27歳、今はただの下北の女」
「高光倫也……20歳です。大学生で、カラオケでバイトしてます」
名乗った瞬間、七星はふっと笑い、足を組んだ。
「ふーん、面白い子だね。こんな時間、こんなとこで缶ビールとポテチ? 人生詰んだ顔してるのに、まだそこ?」
図星だった。
目標を失い、感情を閉ざして、ただ流されるままの毎日。
叔母が俳優を辞め、両親が事故で亡くなり、生きる意味なんてわからないまま、ここまできた。
「……あんた、演技やってたでしょ?」
「……え?」
「わかるんだよ、私。ステージに立ってた人間だからさ。舞台に上がったことある人間の匂い、消えないんだ」
胸が妙に締め付けられた。
目の前のこの女は、何者だ?
不思議と、もっと知りたいと思った。
「……今はもう、やってません」
「ふぅん。じゃ、やれば?」
彼女はさらりと言った。
簡単に、軽く。けれどその瞳には鋭さがあった。
「人生なんて、やらずに終わったら負けだよ」
その瞬間、倫也はなぜか、涙が出そうになった。
止めていた感情が、胸の奥から少しずつ、滲み出してくる。
「……天津さんは、どうしてここに?」
「さあね」
彼女は立ち上がり、七つ星の煙草を吸い込んだ。
「じゃ、またどっかで」
その後ろ姿を、倫也はただ見送った。
――また会えるだろうか。
そう思った瞬間、心の奥に、小さな灯がともった。
止まっていた時間が、少しずつ、動き出すような感覚。
今はまだ、何も決まっていない。
でもこの出会いが、確かに何かを変えた――そんな予感がしていた。
倫也は缶ビールを口に運び、苦笑する。
「まずっ……」
思わず呟いたその声に、なんだか笑いがこみ上げた。