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05:『おまじない』

 かえでと山本は廊下の隅に座り込み、遠くで鳴る予鈴の音を聞いていた。

 泣きじゃくっていた山本は次第に落ち着きを取り戻し、涙声のままぽつりぽつりと話しだした。

「おまじない……?」

 かえでは山本の言葉を、オウム返しに口にした。一瞬だけ、シラけた。だがそれを顔には出さず、優しげな声で話の続きを促した。

「まだ……この町が……「村」だった頃の話でね」

 嗚咽を交えながら言う山本の言葉に、耳を澄ませる。

 古くからある集落……この町が「土萩村(つちはぎむら)」と地図に記されていた頃の話だという。

 今でこそ、田園風景が広がる田舎町であるが、昔はやせ細った土地であり、作物はろくに育たなかったという風土だった。

 戦前に遡っても苦労は絶えることはなく、他の村との交流もなく、孤立地帯にあったらしい。

 今でこそインフラが整い、電車が走り、道路が敷かれ、峠道が開かれて隣町の都会に行くこともできるようになったが、それも最近の出来事と、この町で生まれ育った山本は感じていたという。

「それでね……貧しかった頃、ずっと昔だけど……この村には風習があったんだ。不作、凶作が続くとね……」

 小声で言う山本の横顔は、まだ恐怖にこわばっていた。

「色んな……『おまじない』を行ったって……」

「おまじない……」

 最初に出た言葉だ。自分の唇で、山本の声をなぞってみる。すると妙な違和感があった。何かをオブラートで包み隠しているような感覚だった。不意に、口の中が苦くなる。

「……小森さん?」

 一瞬戸惑ったかえでに、怯えたままの目を向ける。かえでは舌打ちをこらえ、口の中に広がっていた苦みを強引に唾液といっしょに飲み込んだ。まるで古い塩の塊でもかじったかのような、辛みのある感覚だった。

「ごめん、なんでもないよ。で……その『おまじない』って、具体的に何をしていたの?」

 かえでの言葉に、山本は固唾をのみ、深く息をついた。

「正確に全部知ってるわけじゃないの。ただ、言い伝えで残っている『おまじない』の一つが……『縁切り地蔵』……」

 かすかに、山本の呼吸が乱れ始めた。座り込んではいるが、ずいぶんとぐったりしている。額にはいつの間にか、びっしりと汗粒が張り付いていた。

「村にいる……不作が続く村に潜んでいる『鬼』との縁を、そのお地蔵様が、切って、くれるの」

「鬼……?」

「お、『鬼』は、作物を弱らせ、村人を困らせる……邪悪な存在」

 山本の息がどんどんと短くなっていく。苦しげに声を絞り出す山本の様子に、かえではひやりとする危機感を覚えた。

 覚えた。だが。

「続けて、山本さん」

 口をついたのは、どこか他人事のように聞こえるほどの、淡々とした声だった。

「お、『鬼』は村人に……子供に化けているから、分からない。子供として村人と結びついてるから、分からない」

「うん、それで?」

「お、お地蔵様だけが、その縁を切れるの……村との結びつきを切って……『鬼』を……」

 そこで、山本は大きく咳き込んだ。首もとを押さえて、見開いた彼女の眼球だけがこちらを……かえでへと向けられる。

「……お、に……」

 首元を押さえていた手がだらりと力なく落ち、山本はそのまま前のめりに体を折った。

「や……山本さん!」

 山本の体は次第に痙攣しはじめ、口からは泡を吹いていた。顔の色は青いだの白いだのをこえ、黒く染まっている。

「きゅ、救急車……!」

 かえではすぐさまスマートフォンを取り出し、119番へと連絡を入れた。

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