表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

03:着火

 校舎を出たかえでを、冷たい風が出迎えた。思わず首を縮め、ため息を落とす。

 放課後の学校は、部活動を行う生徒たちの活気で賑わっている。

 グラウンドを走る陸上部の掛け声や、吹奏楽部の奏でる音楽などが降り混ざり、それを視界の端で見ていたかえでは温度差を感じてしまう。校庭の端を歩きながら、校門を出て帰路につこうとうしていた。

 鞄の中に入れっぱなしだったスマートフォンを取り出す。画面にはメッセージアプリの通知があった。親指でタップし、ロックを解除する。

 そのメッセージの宛先人を見た瞬間、かえでは苦いものを噛んだかのように、顔をしかめた。

 メッセージは20分ほど前……かえでがオカルト研にいた頃に届いたものだった。マナーモードにしていたため、着信に気づかなかったのだろう。

 スマートフォンに目を落としながら、かえでは校門をくぐり、少し離れた路地前まで歩いた。

「生徒にこういうの、問題じゃあないんですか……木神(きがみ)先生」

 路地は、この先に続く地元商店街に続いている。その道のそば、一人の青年が困り顔で立っていた。

「そこは大目に見てほしいな、「かえで」ちゃん」

「……先生に名前で呼ばれる覚えはありません」

「アッ……ごめん。無神経だった」

 眉間のシワを深くしたかえでに、青年はハッとなり、素直に頭を下げた。

「ただ静子さん……、お母さんも心配してるよ」

 憂いを帯びた目は、真剣にこちらを案じているように見える。それだけに、かえでの苛立ちは更に強くなった。

「お母さんの差し金ですか。ご機嫌取ってこいって? 娘の学校の教師に?」

「……い、いや……」

「私は。お母さんが誰とお付き合いしようが、別に関係ありませんし何も思いません。それが娘の学校に務める、若い教師でも」

 淡々と言うかえでの言葉に、青年は「まいったな……」と眉を八の字に下げていた。

「……君には叶わないな、「小森」さん。でも、静子さんも僕も、心配していることは本当なんだ。それに今日、具合が悪そうにしてたって担任の先生にも聞いたし」

「それならもう、別に……」

 かすかに、何か……塩が焦げるような臭いが鼻をついた気がした。

「ど、どうしたの小森さん」

 慌てて駆け寄る青年を手でせいしようとするも、

「なんでもありませ……」

 言いかけて、思わずその手で口をふさぐ。得体のしれない気持ち悪さがまた、腹部にたまり始めた。

「顔色が悪いよ……保健室に行こう、すぐ学校へ戻ればまだ先生が……」

「……少し休めば平気ですから」

 頑なな態度に、青年はしばし考えてから、こくりと頷いた。



 「じゃあこうしよう」と、青年の出した提案は、商店街にあるファミリーレストランで一息つく、というものだった。

 歩いて数分と近いもので、気分の悪さに気力が削がれたかえでは、仕方なくその提案に頷いた。

 柑橘系のドリンクを数口含むと、腹部に張り付いた気持ち悪さは、多少マシになった気がした。

「どう? 気分は」

 青年の気遣う声に、かえではただ頷いて返すだけだった。

「心配だったのは本当なんだ。静子さんだけじゃなく、僕個人もね……教師としても、そして一人の大人としても」

 青年、木神玲斗(きがみれいと)は話す傍ら、紙ナプキンを器用に折りたたみ、折り鶴を作ってみせた。場を和ませる工夫なのだろうが、かえでは白けた目で折り鶴をぼうと眺めているだけだった。

「進路表……まだ出してないんだって?」

「歴史の教師が、生活指導のマネごとですか」

 顔を伏せたまま言うかえでに、木神は一瞬怯んだものの、ネクタイを締め直して「そうもするよ」と少し強い口調で返した。

「君の成績なら、一流の大学にも行ける。その先の就職もそれで決まってくる。それでもこのまま、くすぶったままでいるつもりかい?」

 まっすぐに刺さる視線を感じながら、かえでは顔を上げて、小さく息を吐いた。

「担任でもない木神先生に関係ありません」

「……教師としてだめなら、さっき言った一人の大人として話させてもらうよ」

 木神はそういうと、直したネクタイを少し緩め、前髪を手ぐしでかきあげる。それだけで、大人げに見えていた青年は、わずかにワイルドさを感じさせる「男」へと切り替わった。

「いずれ、静子さんから聞くと思うけど……。僕は……静子さんに、婚約を申し込んだ」

 物静かな声は、周囲のテーブルから湧く談笑に消されることも、押されることもなく、真正面からかえでに届いた。

「返事はまだもらえてない。だけど、僕は本気だ」

「……それが、私に関係あるんですか」

 木神の視線から目をそらそうとした。しかし、なぜだか体が動かない。首から上が石にでもなったかのように、固まっている。

「君には……家族が必要なんだよ」

 腹部に貯まる気持ち悪さとは別に、胸の中から染み出すかのような不快感が体内に広がり、かえでは奥歯を強く噛み締めた。

「君の生い立ちは聞いている。それに学校じゃ孤立しがちだって、僕じゃなく教師なら誰でも見て取れる。君は、このままじゃだめになるぞ」

「……」

「静子さんも協力してくれる。もちろん僕も、君の『父親』として家族一つになってやりなおし……」

「勝手なこと言わないで!」

 腹の底から出た言葉は、木神の声も周囲の活気も吹き飛ばした。

「散々ほったらかしにしといて! 今更家族なんて言葉を、あなた達大人の正当化に使わないで!」

 そう叫んだ……いや、わめき散らしたあとの記憶は、かえでの中で明確に残っていなかった。

 気がつけば部屋の電気もつけず、ベッドの上でうずくまっていた。いつどうやって家に帰ったのかもわからない。

 時刻は午後八時を回った頃。痛む頭をもたげ、上体を起こした時、珍しく母が帰宅した。そして、「再婚」というワードを母からも聞くのであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ