CAR LOVE LETTER 「Eternal Landscape」
車と人が織り成すストーリー。車は工業製品だけれども、ただの機械ではない。
貴方も、そんな感覚を持ったことはありませんか?
そんな感覚を「CAR LOVE LETTER」と呼び、短編で綴りたいと思います。
<Theme:Mitsubishi DELICA D:5(CV5W)>
家族はみんな、車内で安らかな寝息を立てて眠っている。
そんな中、俺はハンドルを握っている。日の暮れかかる中、ヘッドライトに照らされて舞う粉雪をワイパーで拭いながら、ゆるゆると雪の山道を下っている。
眠いのは俺だって同じ。今日は目一杯子供につき合わされ、何度リフトに乗ったか分からない。
そう、今日は家族でスキーに来ていたのだ。
朝もまだ暗いうちから家を出て、朝一にスキー場に着いてからは、それこそスキー板が擦り切れるほど滑った。
嫁さんなんかずるいもんだ。
「あたし疲れたから、午後はもういいわ。」なんて昼飯時に言い出して、子供の相手を全部俺に押し付けて、一人で食堂でコーヒーでも飲んで待ってるなんて言うんだ。
それから俺は休憩一切無し。
滑ってきてはリフトに乗り、そして滑ってはまたリフトに乗る。延々その繰り返しだ。
晴れようが吹雪こうが、そんなものはお構い無しだ。
でもそのおかげか、娘も息子も今日一日で随分とスキーが上手くなった。
初めてスキーに連れて行ったときは転びに転び、娘は「もうスキーなんて絶対しない!」なんて言っていたくせに、今回は自分から「スキーに行きたい。」と言い出したんだ。
きっとクラスの友達がスキー旅行にでも行って、その自慢話をされたんだろうさ。
俺としてもスキーは本当に久しぶりだったから、娘がそういってくれたのが嬉しかった。
いや、違うな。
それよりも娘が何かをしたいと思った時に、俺を頼りにしてくれたと言うことの方が、正直嬉しかったんだと思う。
娘は中学2年生。息子は小学5年生だ。
娘も息子も元気な盛り。くだらないテレビの番組で大はしゃぎしているし、毎月の食費なんてびっくりする位なんだが、そんな中にも娘は気難しい年頃に入ってきているようだ。
生意気な事を言って嫁さんと大喧嘩したり、何が気に入らないのかプリプリと怒って飯も食わず、家族が寝静まってからこっそりと一人でお茶漬けをすすっていたり、最近じゃ俺と目もあわせないようになってきたし。我が娘ながら、このクソガキが!と思うこともしばしばだ。
そんなだから、娘が今回の話をしてくれてからは何だか妙に気を使ってしまって、逆に俺の方が、いつが良いか、どこのスキー場がいいか、なんて頭の中がスキーで目一杯になってしまった。
そして待ちに待った今日。
俺は普段は破壊したくなるほど頭に来る目覚ましを快く止める。暖かい布団に後ろ髪を引かれながらも、冷え切った部屋の空気をこらえ、奮い立たせるように体をむくりと持ち上げる。
隣で眠る嫁さんを、起きろとゆさゆさ揺さぶる。
嫁さんは眉間にしわを寄せてしゃがれた声で「もうそんな時間?」と不満たっぷりの返事をする。
今度は子供達をたたき起こす。
息子の部屋に行ってみると、布団も掛けずに腹を出して寝ている。おいおい!凍死するぞ!
息子を起こすと案の定、寒くて体が動かない様子。リビングでストーブに当たってなさい。
次は娘の部屋に向かう。
起きろー、とドアを強くごんごんとノックするが、返事が無い。
部屋に入ってみると、布団に埋もれて娘はまだ寝ている様子。
おーい、時間だぞ、起きろ。俺は娘をゆさゆさと揺さぶる。
驚いて娘は飛び起きるが、俺の顔を見るやいなや「何勝手に部屋入ってんのよ!」と、ばしばしと俺の太ももを叩いてくる。
アホか!お前がスキーに連れてけって言い出したんじゃねーか!起きろ!
娘の布団を剥ぎ取って、俺は娘の部屋を後にした。
何か文句を言っているようだが、無視である。
程なく全員の支度が整い、荷物を車に詰め込んでスキー場に向けて出発する。
普段は保険代わりのこのスタッドレスタイヤと4WDのデリカD:5も、今日はその真価が発揮できる。
途中のコンビニで朝食を買い込み、誰も走っていない高速道路に力強く合流する。
東側の空が、じんわりと赤みがかかっているように感じられる。
「ねえお父さん、今日行くスキー場、ちゃんと雪あるの!?」息子がとんちんかんな事を言い出す。
「当たり前だよ。山のてっぺんじゃ200cmも積ってるらしいぞ。行ってみるか?」俺は子供達をあおる。
「えー。いいよ、怖いから。」と言う娘のテンションも、いつもよりちょっと高いようである。
スキー場に近づくに連れ、雪が舞うようになってきた。
デリカD:5のディスプレイにも「凍結注意」の表示が出る。待ってました。
俺は「2WD」から「4WD AUTO」にモードを切り替える。かかって来い!冬将軍!
なんて息巻いていたけれど、当たり前だが何事も無くスキー場に到着する。
息子は真っ白なゲレンデを見て、もう居ても立ってもいられない様子。
それを見て娘は「これだから小学生はさぁ。」なんて、また生意気な口を利く。
お前だってついこの間まで小学生だったじゃないか。
スキーを履いてからは、俺は親父から先生に変わる。
学生の頃は仲間とよくスキーに行ったもんだ。なので初心者に教えるくらいの事は出来る。
嫁さんとも、そのスキーがきっかけで知り合ったんだ。
子供達にとっては、生涯二度目のスキー。勿論の事ながら、まともに滑れる訳は無い。
まずはボーゲンから教えるのだけれども、午前中はそれがやっと。こりゃ今日一日はファミリーゲレンデで終わりだな。
あの上のほうに見えるこぶ斜面は、またしばらくの間お預けのようだ・・・。
しかし思ったよりも子供達の上達は早い。
やはり普段から体育や部活なんかで体を動かしているからだろうか。それに、二人とも負けず嫌いで、弟が出来るから、姉ちゃんが出来るからと、二人で競い合ってスキーの技術を習得しようとしている。
そんなだから、休憩も無しに何度も何度も付き合わされたって訳だ。
今日も随分転んだけれど、夕方近くになって二人ともスキーの板を揃えて滑ることが出来るようになった。
息子は「出来た!出来たぞ!」と声を上げて大喜びする。
娘は俺に見られているのを恥ずかしそうに、でも努力が実った喜びを密かに噛み締めていた。
それぞれに違う表情を見せる。こう言う所でも、子供達の成長を垣間見ることが出来る。
滑り終えて車に乗ってからは子供達は二人ともバタンキュー。走り始めてものの30分でぱたっと静かになってしまっていた。
待ちくたびれた嫁さんも、最初は話し相手になってくれていたが、次第に返事が薄れていった。
そして今俺は、一人雪の山道を走っているってわけだ。
肉体的な疲労はあるが、精神的な疲労は少ない。
しっかりと雪道を噛むスタッドレスタイヤと電子制御された4WDのおかげで、まるでドライ路面のような感覚にも陥る。まったく不安感が無いのだ。
長距離もさほど苦にならないのは、この精神的な安心感と、そしてたっぷりとしたドライバーシートのおかげだろうか。
本当に疲れない。この車にして、本当に良かったと思う。
子供達が大きくなってからは、今までの車が大分手狭に感じていた。
車を買い換えるならば、やはりワンボックスタイプが良いだろうと色々と検討はしてみたのだけれども、結局このデリカD:5を選ぶことにした。
どの車もそんなに違いが無いんだから、せっかくなら個性的な車が良いと思っていた。
デリカD:5には、他のワンボックスミニバンには無い、今までのデリカから脈々と受け継がれる、オフロードを難なく走破するタフなアウトドアギヤ、といったイメージにかっこよさを感じていた。
実際に乗ってみるとそういった泥臭いイメージは殆ど無く、意外に普通の車と大差ないんだが、いざというときの安心感は計り知れない。今もそのDNAの恩恵を受けているのだと思う。
これは、進化なのだ。
イメージを残すことが進化じゃない。イメージを感じさせないことも進化なのだと、俺はこの雪交じりの凍結路を普段通りのペースで走るこの車に感じるのだ。
と、こんなことを嫁さんに言おうものなら、「また自分の考えを正当化して。」なんて言われるんだ。
嫁さんはアルファードやエルグランドの様な高級感のある車がいいなんて言っていたから。
それを俺が車の性能優先で捻じ曲げたんだ。
普通の人なら車にとっての「走り」なんてものは二の次の性能だろう。
乗り心地がよくて高級感が溢れて、そして燃費がよくて維持費が安く、更に使い勝手も高い。そういうものを求めるのが一般的だろう。
でも嫁さんはこの車を運転しては、乗りやすいね、と口を開く。こんなに大きな車なのにもだ。
乗り物酔いしやすい子供達も、デリカD:5に換えてからは気分が悪いと言ったことは無い。
数字では表せない性能こそが、実は車にとって最も大切な要素なのではないかと俺は思うのだ。
勿論、そんなことは嫁さんには言わないのだけれどもね。
高速のトンネルを抜けたところで、ボリュームを低く抑えたカーラジオから眠気を追いやるようなアップテンポの曲が聞こえてきた。電波が悪いためノイズ交じりだが、とても気持ちが優しくなる歌詞だった。
「君に見せたい景色がいくつもあるから、いつまでもじっとしちゃいられない。」
「あと何万マイル走ってもときめきは止まらない。愛があればどこまででも行けるさ。」
そんな歌詞が聞き取れた。
俺はミラーを覗き込む。そこには後席で眠る子供達の姿が見える。
こいつらと一緒にすごせる時間は、そう長くはないと思う。
俺だって中学生の時には、親と一緒にすごす時間なんてかっこ悪いしつまらないと思っていた。
今にきっとこいつらも同じことを思うはず。だったら尚更時間がない。
こいつらに見せたい景色は、まだまだ沢山あるんだ。
この車とだったら、きっとこいつらを感動させる景色を、いくつもいくつも見せてやることが出来ると思う。デリカD:5は、そんな頼れる相棒と感じるんだ。
日もとっぷりと暮れ、自宅近くのファミレスで少し遅めの夕食をとる。
勿論話題は今日の子供達の滑りっぷりだ。
息子は嫁さんに、誇らしげに今日の特訓の成果を自慢する。
「小学生のくせに生意気言わない!」ともっと生意気な口調で娘が横槍を入れる。
俺と嫁さんはちらっと目を合わせ、そしてお互い軽く笑みを浮かべた。
今シーズン、もう一回くらいスキーに連れて行ってやるかな。
今日は一日長丁場だった。家に着き、俺は荷物を降ろし始める。
車から降りるや、娘は俺と目を合わせずに「お父さん、今日はアリガトネ。」と言い残し、自分の荷物を抱えて小走りで玄関へ向かって行った。
「俺、今度はスノボやってみたいな」
スノボで滑っている振りをして、息子が目を輝かせてそう言う。
「君に見せたい景色が、いくつもあるから。」
これからどんな景色を、俺はあいつらに与えてやれるのだろうか。
俺はふと後ろを振り返る。そこには月明かりに照らされる、泥で汚れたデリカD:5が停まっている。
「まかせとけよ。」と言っているような、そんなたくましさを湛えながら。
「愛があればどこまででも行けるさ。」