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今はもう無い、あの夏へ。

作者: 小鳥遊

 拝啓、いつかの夏。君のいる場所へ。


 君はまだ僕の事を、覚えているかな。

 いつか昔の夏、僕と君。二人で沢山遊んだこと、覚えているかな。

 

 陽炎が揺らめく、蝉時雨が沈黙を許さない暑い日に、君は僕の手を取って町を飛び出した。

 幼い僕の、世界の全てだったあの町を出て、家からは大きく見えたあの山を越えて、君はこの海を僕に見せたんだ。

 それが、君と初めて、二人で旅をした時の事。

 今考えてみれば、町を少し出ただけに過ぎないけど、それでも君となら、何処へ行ったってそれは旅のようだった。


 次の夏は、あの山を探検したよね。その時お母さんは、危ないからよしなさい、って。

 でも、君はやっぱり、僕を連れ出してくれたんだ。とても、うれしかった。

 君は僕の前を走って、山中を駆けて回った。僕は君の背中を追って、色々な物を見た。

 君が見せるのは、僕が見たことも無いような物ばかりで、君と二人でいる毎日が途方もなく素晴らしかった。

 家からはあんなに大きく見えた山も、探検してみれば案外小さかったねって、君と二人で笑い合ったりもした。

 二人で何度も山を越えて、海を見て、君は飽きてしまっていたかもしれないけど、僕は君と旅をするだけで楽しかったんだ。


 モノクロの雲が浮かぶ青い、青い空。君は何層も重なる、海の向こうのソレを指差した。僕もあの時、君となら。二人でなら、何処へだって行ける気がしたんだ。

 僕は、君の背中を追うばかりだったけど、そんな背中があったから、僕は何処へだって行けたんだ。そのせめてものお礼に、僕は君へ、この手紙を送るんだ。君のいる場所へ。

 君とはもう随分年も離れてしまったけど。僕は君を、君との思い出を、君の背中を、忘れない。

 だから、君も僕の事を覚えていてくれたら、嬉しいな。


 今、僕は一人だけど。君の姿を思い出して、何とかやっていけてるから。

 昔の僕は居なくて、今の君も居ないけど。その背中は、僕の記憶の中にしか無いけれど。

 それでも、長い年月が過ぎた今だって、君は僕の憧れだ。


 彼方まで続く晴天の下、いつかの君の姿を想って、この手紙を送ります。

 敬具



 一通り文字が綴られた便箋を眺めた後、それを折りたたみ、小瓶に入れて封をした。

 いつかの夏、何度も踏み締めた砂の上を、大きくなった足で歩く。

 僕は君のいる海へ、ボトルメールをそっと流した。

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