男と女がポップコーンを食べるだけの話
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こちらの友達が書きました。本人許可取り済み。
さく、さく、さく、さく。
空間に音が控えめに響いた。
さく、さく、さく、さく。
さく、さく、さく、さく。
空間にはひとりの男と女がいた。
中央に置いたポップコーンを分け合って食べていた。
隣り合った空間で、会話を交わす事もなくただ食べていた。
さく、さく、さく、さく。
男は三十代ごろの、ごく一般的な背丈の、ごく一般的なパーカーを着た見た目であった。
女は成人して少し、といった言ったところの、オールインワンを着たこれまたごく一般的な見た目である。
両者とも、道で見かけても特に目にも留まらぬような、平凡な見た目をしていた。
さく、さく、さく、さく。
音が軽快に二人の鼓膜を揺らす。
男は伏せていた瞼を右上に向け手を少し止めた。
隣で音の止まったことに気づいた女が、目を男に向ける。
女は男を注視した。しかし男は、さも何も無かったかのように再びさく、さく、と軽い音を立てた。
女もそれに習うようにさくさくとポップコーンを食み始めた。
さく、さく、さく、さく。
不意に、女がため息をついた。
遠い目で、どこを見つめるでもなく、濁った目で息を吐き出した。
男はぴくりと手を止めたが、特段気にする様子もなく食べる手を進めた。
女は首だけを動かして空を見上げた。
空は快晴である。
風が二人の間を駆け抜け、毛髪を上に掻き上げた。
太陽の光が女の目に飛び込み、眩しげに目を細めた。房水に光が反射して、光が灯る。
いつのまにか男はその様子を伏せ目がちに見ていた。
女はバレッタで止めていたポニーテールをはらりと下ろした。
髪が顔の横に散らばり、女の顔に影を落とす。
手が箱に伸び、またひとつまみのポップコーンを口に含んだ。
男は一連の動作を見届けると、手と手が当たらぬよう女の手が口にある間に手を伸ばし、乱雑にポップコーンを掴むと、そのまま食べた。
さく、さく、さく、さく。
二人分の咀嚼音が、再び空間を支配していく。
さく、さく、さく、さく。
さく、さく、さく、さく。
空間にはひとりの男と女がいた。
先ほどより量の減ったポップコーンを中央に分け合って食べていた。
隣り合った空間で、会話はなかったがお互いの行動に敏感に反応していた。
さく、さく、さく、さく。
男はごく一般的な見た目をしていた。
女もまたそうであった。
両者とも道で見かけても目にも止まらぬような平凡な見た目をしていたが、それは意図してのものであった。
さく、さく、さく、さく。
男は、犯罪者であった。
男は過去にとある罪を犯していた。
それは人によって感想の分かれるようなものであった。
例えば道行く老人に言ったなら、『しょうもない、子供の癇癪のようだ』と嘲笑と呆れを共に携えたような顔で見下ろされるだろう。
例えば出かけ帰りの若者に言ったなら、『なんて恐ろしい』と畏怖と軽蔑を兼ね備えたような感情に顔を乱すだろう。
男は、そんな罪を抱えていた。
さく、さく、さく、さく。
女は警官であった。
女は男を捕まえるためにここにいる。
女の友人の警官は、男を追う途中に殉職した。
女は復讐を友に誓い、寝る間も惜しんで男を追った。
男の犯した罪を、一つ残さず裁いてやると心に火を灯していた。
さく、さく、さく、さく。
そしてまた、男は典型的な快楽殺人者であった。
男は人が苦しみ、もがき、喘ぎ、顔を歪めながら身を捩り死んでいく姿を観察することに興奮を感じるような人間であった。
そして、残された人々が悲しみ、怒りに苛まれながらどういう反応をするのかを調べるのもまた酔狂である、と思っていた。
男は、女が自分に復讐するためにここにいることを知っている。
そして女もまた、男が今の自分を見て嘲笑っている事を知っていた。
さく、さく、さく、さく。
男は今、隣の女をどうやって殺めてやろうかと考えていた。
嬲り殺してやろうか、陵辱に及んだうえで絞殺しようか、それとも復讐を誓った友の話を延々と聞かせてやろうか___
男は思考の内容に口角を僅かにあげた。
女は今、隣の男をどうやって捕まえようか考えていた。
逮捕の手順を脳内で再現し、捕まえた後どうするかにまで思考は及んでいた。
射殺すべきだろうか、いや、やはり牢内に捕まえて然るべきであろうか___。
女は未だ悩み続けた。
いわば極限状態である。
そんな状況下で、男と女は一つのポップコーンを分け合って食べている。
それはなぜか。
理由は至極単純。
命を繋ぐためである。
食べなければ死ぬ。それだけの話であった。
___2xxx年、地球。
戦争の激化に伴う核爆弾の使用、そして同時期に連発した大地震によって、この星の約九割の生物が壊滅した。
農業も司法も回らなくなり、文明も治安も最悪になった日本で人々は食糧を奪い、時に分け合って生きていた。
大国・アメリカの復興と救助を待って、この二人を筆頭とした凡ゆる国家が毎日を過ごしている。
さく、さく、さく、さく。
殺伐とした瓦礫だらけの空間の中で、二人は咀嚼し続ける。
さく、さく、さく、さく。
そうして、咀嚼音は響き続けた。
さく、さく、さく、さく。
さく、さく、さく、さく______。
どちらかの、或いはこの星の息が絶えるまで___。
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