対話
「どうしてアンタが此処にいるのよ? 確かアンタはイベントの時しか姿を見せないNPCのはず……」
立ち上がり蓮見を守るように一歩前へ踏み出す美紀の手には既に槍が持たれており、視界にいる巫女装束の女の不意打ちにも対応できる。
だがそんな美紀の警戒心に気づいていながら背中の後ろにある弓を手に取る素振りも見せない女――小百合は語る。
「なぜでしょうね。気になりますか?」
「……えぇ」
「先に言っておきますが私のAGIはそこにいる彼と同じく本気を出せば一万の大台を超えますよ。単純な速度勝負で私にプレイヤーで勝てるのはそこにいる彼ぐらいでしょう」
美紀がどんなに強くても攻撃が当たらなければなにも問題がないと語る小百合の言葉に美紀の右手に力が入る。
「挑発してるの?」
「違います。私は貴女の質問に答えただけです」
「なら今日は敵対する気はないと見ていいのかしら?」
「えぇ、もしそのつもりなら今頃不意打ちに弱いそこの彼は私の矢で脳天を貫かれているでしょう」
その言葉に美紀が蓮見の方をチラッと見て「たしかに……」と小声で納得した。
「おい! そこはセンスの塊でカッコいい彼はきっと華麗に躱すでしょう、とかのフォローはないのかよ!」
すかさず抗議する蓮見に、
「ない」
即答する美紀に言葉を失った蓮見は苦笑い。
まさか自分の評価がここまで低いとは思っていなかったことは心の中で留めておくとしてこれはマズイと冷や汗を垂らし小百合に視線を向ける。
「俺に用があるのか?」
「なければ此処に来ません。というわけでお話を聞いて貰えませんか?」
「わかった」
アイコンタクトで意思疎通をした美紀が構えようとしていた槍の矛先を下げる。
「私が今日ここにきた理由を簡単に説明すると、警告です」
二人の反応を伺う小百合の眼は真剣でとても冗談を言っているように見えない。
両者の間に流れる空気がピリピリとしたものへと変わる。
ゲームの世界でも現実の世界でも蓮見にとっての平和な日常はまだまだ先しかないのかもしれない。
「間もなく私と妹二人が正式に実装されます。そこで前回のイベントで第一位だったギルドのトップにこれを伝えにきました」
「それなら通知で全プレイヤーに告知すればいいんじゃないかしら?」
「貴女の言う通りそれは一理あります。ただし私の狙いは私達の主が強者と認めた者たちだけ」
「「……?」」
「十日後、ここを更に東に進んだところにある竹林の森が解禁されます」
「竹林の森……たしか実装前のプレで一部の上位陣プレイヤーが足を踏み入れ生きて出てきた者は一人もいなかった高難易度フィールドね」
合宿が終わりテスト勉強に蓮見が追われている間行われたことを美紀は知り合いを通じて知っていた。
「はい。そこの支配者が私です」
蓮見と美紀の身体に電流が走る。
嫌な予感がするとしか言いようがない感覚を覚える二人はお互いに首を動かして見つめ合う。
小百合。
その名はトッププレイヤー達でも手を焼くNPCプレイヤー。
その一人が此処に来た理由は――。
「そして私を守護する妹二人。ここまで言えば勘が冴えている貴女ならきっとわかりますね?」
「……宣戦布告?」
「そうです。竹林の森が解放されて三日間の猶予を与えます。それまでに私たちを倒せばそこにいる彼率いるプレイヤー陣の勝利というわけです。もしそれが出来たら参戦したプレイヤーに『chaos of world』通称cowと呼ばれる私たちの主の親元が主催する大会の出場権を特別に限定枠で幾つか用意しましょう。当然人数制限はありますが」
cowと呼ばれるゲームは蓮見が遊んでいるこのゲームの親会社が運営するゲームで定期的に高額な賞金が用意される大会が開催されるなど世界的に有名なゲーム。そのゲームが主催する大会は小規模な物から大規模な物と多種多様に用意されているが、今回小百合が提案した内容は美紀のように将来を考えているプレイヤーからすれば聞き逃せないビックチャンスでもあった。
「参戦プレイヤーで特に優秀な成績を収めた数名に授与される招待状は『神々の挑戦』と呼ばれる一年で最も盛り上がり最も注目される大会の参加権利です」
それは美紀が目指しいつか出場したいと思っていた大会の一つ。
優勝賞金はそこら辺のサラリーマンが一生かかっても手に入れることができない数億ドルが支払われ、もしそこで入賞でもできればプロとして全世界から認められる才能と運の持ち主とされる。そこは真の実力者だけが立つ事が許される栄光の場所でもある。そこのトップ10に日本人の名前は一人しかいない。それだけシングルランキングを手に入れ維持するのは過酷でありその7位が先日蓮見の全てを正面から受け全てを否定し純粋な力でねじ伏せた朱音である。彼女の正真正銘の本気は正に鬼神で彼女の通り名である『神槍の使い手』とはここから来ていた。
思わず息を呑み込む美紀を見て、そんなことはなにも知らない情報収集零パーセントの男は口を開く。
「……それで?」
話の流れを一刀両断する蓮見に思わず「はっ!?」と驚きを隠せない美紀。
そうだ。
どんなに価値のある話でもそこに無知で興味がない男は釣れないのだ。
だけど。
ずっと蓮見を見てきた運営陣はそんなことは百も承知。
「貴方がプレイヤー代表として今度はギルドではなく任意の参加プレイヤーを率いて今回私に挑むとここで宣言すればこの話――つまりは竹林の森イベントが開催されるというわけです。今ここで返事を貰いたいのですが、貴方の返事はどっちですか。私に挑むか今回は避けるか」
今まで表情一つ変えなかった小百合の頬があがる。
まるで目に見えないチェックメイト。
美紀と二人きりの時を狙った小百合は早くも勝利を確信したかのように笑みを見せる。




