解放された者
あれから数十日が経った。
それは合宿が終わり蓮見の学校生活が戻ってきたことを意味し、夏休みが終わってすぐに行われるテストと宿題の提出を終えたことも意味していた。
蓮見を始め、多くの学生にとっては気分が乗らないテストをなんとか乗り越えた蓮見は大きな解放感を全身で感じていた。
「うぅ~やっと全部終わったーーー!」
思い出す、合宿が終わっても続いた強制テスト勉強会。
それは日々終日に渡り蓮見の部屋で行われた。言い方を変えれば終日家庭教師を名乗る者たちに見張られ勉強するしかなかった。そこにゲームと言った娯楽は一切なく、蓮見にとっては地獄こような日々だったことは間違いない。
数時間前まで席から見える青い空を見ては、雲は自由でいいな~、と思っていた頃が懐かしく思えるのはきっと気のせいではない。
人には向き不向きがあり、才能の壁は絶対に越えられない。
そんなことは蓮見だってわかっている。
「まったくなんで俺が勉強なんかしなくちゃいけないんだ」
自分が学生であり、学生の本業がなにかに目を背けた男はボソッと毒を吐いた。
それを聞いた幼馴染の女の子は大きなため息を一つ。
「あのね~、自分が今高校生ってこと自覚してる?」
「なにを言う? そんなの当然だろ?」
「なら学生の本業は?」
「……ゲーム?」
ドスッ。
蓮見の腹部に痛みが走る。
同時に漫画を読んでいた美紀の目が一瞬鋭い物へと変わり蓮心に向けられた。
部屋で仲良く並んで座る美紀が横肘で蓮心の脇腹を攻撃したからである。
「今なんて?」
「あっ……いや、べんきょu……です」
段々小さくなる声。
でも正解を言えたことで美紀の鋭い視線が元に戻り、その先も漫画へと戻っていく。
蓮見は助かった、と心の中で安堵する。
「てか、今更だけど一つ聞いてもいい?」
「なに?」
「テスト終わって学校から一緒に帰宅までは家も隣同士だしなんとなくわかるんだけど……なんで当たり前のように制服のまま俺の部屋まで一緒に来ては俺が母さんに頼んで買ってもらった新刊を俺より先に読んでるの?」
と、事の顛末を問う蓮見に美紀は平然と視線を漫画に向けたまま答える。
「漫画読みたいから」
「……おい!」
「別にいいでしょ? 貴重な夏休みを蓮見に使って勉強教えたんだから。少しぐらい私のためになにかしてよ」
「……たしかに。そう言われればそうなるよな」
少なからず勉強は嫌だった。
でも宿題を乗り越えた大きな恩があるのも事実。
そんなわけで蓮見は美紀に頭が上がらない。
だから家に一緒に上がった時も疑問には感じたが気にせず家にあげた。
「なぁ美紀?」
「なに?」
「お前夏休み明け早々野球部の城山先輩に告白されたんだろ?」
「……うん」
少し思う事があるのか美紀が漫画を読むのを止めた。
「なんで断ったの?」
「好きな人がいるから」
「……はぁ」
ため息を隠せない蓮見。
そう。
蓮見はどうしても納得がいかないことがあるのだ。
「どうして俺はあんなに頑張ったのに……夏休み明けてからも……女の子に告白されなくてされたいと思ってない美紀ばかりいつもいつもなんで相手を選ぶ権利があるんだよ~!!!」
両手で頭を抱えて涙目に語る非モテ童貞男は心の声を大にして部屋の中で叫ぶ。
「やっぱり容姿か!? そうなのか!? あぁ~~~~俺だってもっと美男だったら今ごろ恋愛漫画の主人公のように告白されまくってたはずなのに~!!!」
周りから見たら大したことない内容でも本人からしたら大真面目。
そんなわけで本気で苦悩する蓮見の心は地獄のテストが終わったばかりにも関わらず再び現実逃避を始めようとしていた。




