第四層での大逃走!
アップデートされたばかりでプレイヤーは少ない。
その為走るのに障害となる人は少ない。
「おらぁ! 待てぇ、誘拐犯!」
「――ッ!?」
「人様の娘拉致ってんじゃねぇぞ!」
「はぁ!?」
後方から蓮見の背中に語りかけてくる怒号は蓮見をイラっとさせる。
誘拐もなにも蓮見は悪い奴らからメールを護る為に走っているのだ。
決して悪い事をしているわけではない。
なのにだ、蓮見を追いかける男たちの声を偶然聞いた警察官(NPC)が左肩にぶら下げた無線機を使い「巡回中に誘拐犯を見つけました。応援お願いします。場所は――」となにやら勘違いが嫌な方向に舵を切り始めたようだ。
「お兄ちゃん?」
「な、なんだ?」
「頑張れる?」
心配そうに語りかけてくるメールに蓮見は大きなため息をつく。
これもクエスト効果である。
メールは男たちの娘と勘違いした警察官が合流し追ってとなり、市民は監視の目となり随時蓮見の場所を男と警察官に密告《通報》し続ける。
生半可な逃走スキルではクリアできない。
軽い気持ちで受けたクエストは体力とプレイヤースキルまたはセンスを必要とする難易度が高めなもの。
蓮見はまだ気付いていないが、やる事は変わらない。
「海と言えばハーレム! そして海と言えば現実同様夏アンド大きな花火!」
「……ん?」
思わず小首を傾けるメール。
蓮見の言葉の意味がどうやら理解できないらしい。
「おらぁ! 逃げてないでこっちこいや!」
「あー。もぉ、わかったよ! そんなに捕まえたきゃ全力でかかってこいよ! スキル『迷いの霧』!」
島国の本島にある路地裏を抜けた市場へと繋がる大通りに出現させた毒煙に蓮見とメールが姿を隠す。そこに集まるようにして男たちと警察官が次々と集まってくる。乗物で駆け付けた警察官は毒煙の効果範囲外で既に待機している。パトカーだけではなく白バイと二機のヘリコプターまで僅か一、二分で駆け付けてきた。
「少年! これは警告だ! 君は既に包囲されている。大人しく女の子をこちらに引き渡しなさい!」
毒煙の中で一旦足を止めた蓮見とメールに警察官の声が聞こえてくる。
もしメールを引き渡せば蓮見はクエスト失敗となり、報酬は手に入らない。
逆を言えばただそれだけ。
別に何かを失うわけでもない。
敢えて言うなら一定期間第四層に用意された特殊クエストが受けれなくなるペナルティぐらいである。
だけど蓮見には関係ない。
背中越しに伝わる小さな身体からの震えが蓮見に力を与える。
「安心しろ。絶対に助けてやるからよ!」
メールに語りかけるように口を開く蓮見。
その言葉はメールの心に届いたらしく小さな身体からの震えが収まる。
「悪いが警察程度じゃ俺様のダークソウルは鎮めれないぜ! だよな? 俺様戦隊ブルー! イエロー!」
「「当然!!!」」
蓮見は神災竜となったブルーの背中に飛び乗る。
「行けーーーー! 正面突破じゃ!!!」
「イエッサー!」
ブルー蓮見が全力で走り始めた。
毒煙で何も見えない中、背中にレッド蓮見(本体)とメールを乗せて四本足でウマのように軽やかな足取りでどんどんと加速していく。
「イエロー! ブンブン煩いヘリと警察の足止め頼む!」
「おう!」
「させるかーーー!!! スキル『雷流し』!」
「お前たちの相手はこの俺だ!」
五本の落雷が神災竜《ブルー蓮見》を狙うも別の神災竜《イエロー蓮見》がそれを身体で受け止める。
イエロー蓮見は神災竜となりブルー蓮見が毒煙を出たタイミングで囮役に入った。
ブルー蓮見の前には三台のパトカーと路地裏で見た男が六人。
アップデートされた本島で走る化物《神災竜》と急に暴れ始めた化物《神災竜》ははぐれた美紀たちにバッチリと目撃される。それは美紀たちだけではなく、他の実力者たちの目にもバッチリと映っていた。
それは目の前で簡易バリケードを巨体で蹴散らしパトカーを踏んずけ蹴り飛ばしその先に建っている二十四回建てのマンションに頭突きを喰らわせては倒し、周辺のマンションを走りながら尻尾を使い引きちぎっては後を追う者たちに器用に投げつけるとんでもない事をしている化物だった。
ただしどこか見覚えのあるシルエットと雰囲気、そして一人の小さな少女が困惑しながらも背中に乗っている隣で「アハハ! 俺様は誰にも止められないぜ!」と楽しそうに豪語している人物にとても見覚えがあるため誰も近づこうとはしなかった。
「さぁ、さぁ、さぁ、ここからが俺様の本領発揮だぜ! ブルー悪いが火炎弾やるぜ?」
「了解!」
蓮見はブルー蓮見の背中で聖水瓶を三つ程割る。
「マッチ一本火事のもとぉ~」
そんなこと言いながら着火すると火はすぐに聖水を背中から浴びたブルー蓮見へと引火し全身を覆う。
「これぞ走る火炎弾! なんちゃって~」
なぜか後頭部を手で掻きながら照れ始めた蓮見。
もう火炎弾となったブルー蓮見を誰も止められない。
建物だろうが、警察による攻撃だろうがそんな物は全てお構いなしのブルー蓮見はただただ走り続ける。最早人間の足ではついて来れない速度の為、当初の男たちは完全に物理の力で躱しパトカーや白バイと言った機動力のある相手には近づかせない戦法を取る蓮見。拳銃による遠距離攻撃は今の蓮見からすればチクッと痛いぐらいだ。ダメージは入るもアドレナリンが出ているためである。
「きゃゃあああああああ、あちぅいいい!!!」
だが、すぐに問題が起きた。
それは蓮見の隣で小さな身体から大量の汗を流し悲鳴をあげているメールがいたのだ。蓮見は火耐性を持っているがメールは持っていない。そこまで気が回らなかった蓮見は慌ててメールを抱える。
「すまん。今緊急脱出するから後五秒耐えてくれ! スキル『迷いの霧』!」
大慌てで全力で走るブルー蓮見の背中から飛び降り降車した蓮見は地面にダイブ。
だけどメールだけはしっかりと全身で護る。
激痛が全身を襲い、現実に戻った。
夢の舞台の続きはまた今度。
そう自分に言い聞かせ、痛みに顔を歪ませながらもメールをおんぶして動く。
その時「んっ?」と少し違和感を覚えるも今は気にしている暇もないのでそれは後で考える事にする。
「少し髪色が変わって肌が荒れた?」
幸い向こうが攻撃をさせないための目くらましようの毒煙だと勘違いしてくれてたおかげでブルー蓮見を猛追する警察官。
一旦物陰に隠れて安全を確保した蓮見はメールをおんぶしたまま今度は目立たないよう自分の足で走り始める。
物陰を利用しながら人目に付かないように急ぎながらも慎重に市場の裏通りを抜け、ギルド本部近くにある水源道と呼ばれる場所を抜け、海辺の公園を抜け、景色が良い海辺海岸通りをひたすら突き進む。幸い海岸通りには人はいなかった。だけどうかうかはしていられない。イエロー蓮見が抑えきれなかった者たち、そしてブルー蓮見の背中に今は誰もおらずアレも囮だと気付いた者たちがこちらにやって来る可能性は高い。だからこそ足を緩めることはできない。なにより――。
「後、もう少しだからな」
「…………ぅん」
――さっきからメールの元気がない。
まるで水を失った魚のように徐々に弱り始めていたのだ。
それは蓮見が調子に乗って付けた火の辺りから僅かな兆候は見られ、ここに来てそれがハッキリと表に出てきたのだ。
――。
――――。
「見えた! ここから俺様ラストスパートだ!!!」




