逃走の二文字がこれほど似合う奴はいない
だが、早速問題が起きた。
勢いで啖呵を切ったのだが、そもそも北東がここからどの方向かがわからない。もっと言えばエメラルドオーシャンという名前すら今聞いたばかりでどうやって行くのか、どうやったら行けるのかすらわからないのだ。
「お前たちあの男をまずは確保しろ。女はその後だ」
リーダーと思われる中年の男の言葉を合図に両サイドから敵(NPC)が襲い掛かってきた。ゆっくりと考えている暇はどうやらないようだ。
蓮見はメールを担いでおんぶする。
「一つだけ確認。北東ってどっち?」
「あっち」
メールが指さした方向を確認して下半身に力を入れて、足の裏を爆発させて襲い掛かってきた敵の攻撃を躱し一気に路地裏を駆け抜ける。
「いくぜ! 俺様全力シリーズ『全力で全速ダッシュ』!」
「ほう。まさかそちらから来るとは」
余裕の笑みを見せたリーダーの方へと走り始めた蓮見を警戒して六人の男が武器を構え立ちふさがる。
「えっ? お兄ちゃん? まさかこのまま行かないよね?」
背中におんぶされたメールが心配そうに蓮見の顔を後ろから覗き込む。
だけどその視線は真剣でとても冗談のように見えない。
どころかメールからしても蓮見の目は真剣は真剣なのだが、どこか笑っていると言うかこの状況をどこか楽しんでいるように見えていた。
「愚問だな」
「ちょっと待って。私心配しかないんだけど?」
「へっ。いいことを教えてやろうか?」
「なに?」
「逃げ足には自信がある! だから信じてくれ!」
「無理だよ? だって私とお兄ちゃんまだ会って間もないし」
「ならその目でしっかりと見届けておくんだな! 俺の『全力で全速ダッシュ』から生まれた全力シリーズを!」
「えっ?」
六人の男との距離が縮むに連れて蓮見の歩幅が徐々に小さくなるも速度は変わらない。
男たちもただでは抜かせないと手に持っている武器を振り上げて蓮見の方へと走り始める。
それを見た蓮見は僅かに姿勢を低くして全員の位置と動きを素早く把握していく。
幸い六人が横一列になる事はなく、頑張れば強引にではあるが人が通れる隙間はちらほらと見られる。
「お前たちに見せてやる! これが俺様全力シリーズ『すり抜けゴメン』!」
「るせぇ! この中二病が! くたばりやがれ!」
「死ね!!!」
サッ!
「「――ッ!? なにぃぃいいいいいいい!!!」
まず二人。
圧倒言う間に抜いた蓮見。
振り下ろされた剣と斧が蓮見の首とメールの胴体を切断しようとするも切断したのは二人の残像。
武器が触れる直前で蓮見は加速した。
スキルなどではない。
全力で走っているように見せかけて始めは八割。
そこからタイミングを見て十割の力で一気に追い抜く。
目の前で起きた光景に唖然とする二人を背中で見ながらも目の前に来ている残り四人に集中する。
「へぇ! 加速するならそれを見越して攻撃するまで!」
「逆に加速しないならそのまま俺様の双剣がお前の首をちょん切るだけだぜ!」
一瞬で蓮見の作戦を見破った二人が追撃をしてくる。
足を止めれば先ほど抜いた二人が後方からやって来て挟撃を喰らう可能性が高いことからもう足は止める事が許されない。
逃げ足だけには自信がある蓮見。
だけど――ただ逃げ足が速いだけではここは攻略ができない。
サッ――ッ!!!
「な、なんだと……」
「じ、時間が戻った!?」
男二人が武器を振るった。
確かに蓮見とメールを狙ったはずなのに。
目の前にはまだ目の前を走っている蓮見とおんぶされたメールがいる。
「一体どうなってやがる!?」
「なんでアイツらがまだ……」
驚く二人にリーダーが声を上げる。
「バックステップだ! アイツお前たちの攻撃のタイミングに合わせて今度はバックステップで躱しやがった! ボケっとするな! てめぇら四人で後ろから挟み込め! 今度は前後どちらに逃げても確実に始末するぞ!」
「「「「了解!」」」」
「へっ。俺だってな今まで……里美たちから無様に逃げてたわけじゃねぇんだ! 例えMPがなくても! 例えアイテムがなくても! いつでも! どこでも! どんな時でも! 逃げられる手段を考え磨き続けてきたんだ! そう簡単に攻略されてたまるかよ!」
とんでもなく後ろめたいセリフを清々しさ全開でドヤ顔で言い切る蓮見にメールが言葉を失った。
そんな蓮見が最後に見せるのは華麗な足さばきによる全速でのクロスステップ。
まるで幽霊のように消えるソレは逃走に命を賭けた弱者だけに許された逃げ足。
路地裏を出た蓮見の本領はここから――。




