クッキーとロシアンルーレット
「お帰りなさい、ダーリン。早速だけど、ダーリンの意識が朦朧してる間に皆でクッキーロシアンルーレット勝負することにしたから当然ダーリンも参加よ!」
「ん? 俺に拒否権は?」
「ないわ♪」
「……マジか!?」
話についていけない蓮見。
意識が別の世界に度断っていた数分に一体何が起きたのかが全く把握できていない。
それだけならまだしも二十八枚の内の二枚《外れ》の一枚《激辛》を当てる程に今は運がない状態での勝負の提案。全く持って嫌な予感しかしない。脳が大音量で警告をする。今は勝負する時ではないと。なにより真横にいる朱音の笑顔がたまらなく純粋過ぎて逆に恐い。皆との時間を純粋に楽しんでいるようにしか見えないからこそ、ここは警戒しなければならない。軽い感じで手に取って食べたクッキーですら実際は激辛だったのだから。それを七瀬と瑠香のクッキーと見目形を合わせて味に変化を付けてきた朱音はある意味お菓子作りの天才だと思う蓮見。
「まじよ」
仕方ない、ここは男としてハッキリと物を言おうと蓮見が息を吸う。
「もし断ったら私拗ねるから!」
そんな蓮見の言葉を先回りして頬っぺたをわざとらしく膨らませては朱音が顔を近づけて言ってきた。普段とのギャップを合ってか蓮見は口に出そうとしていた言葉を飲み込んで別の返事をする。
「わかりました」
つくづく思う。
異性に対して強く出れない人間だと。
そんな男はバスケットの中に視線を移して覚悟を決める。
残り二十七枚のクッキー。
それを引かなければそれでいい。
そう考えれば、何も難しいことはない。
ならば純粋な引きの勝負になる。
そこに心理戦や駆け引き、ましてや実力も関係ない。
必要なのは運だけ。
人間一度や二度のミスはある。
そう思い、蓮見はポジティブに物事を考え勝負を受ける事にした。
「まぁ、いい。要は激苦クッキーを引かなければそれでいいんだ。勝負はフェアーなはずだ」
「ふふっ♪ 流石はダーリン! なら早速私からスタートよ!!!」
蓮見はこの時思った。
美紀はゲームでテンションが高いことが多いが朱音は現実世界でテンションが高いことが多いのだと。
「ならこれね。それと言っておくけど適当に混ぜたから私自身どれがどれかわからないから!」
クッキーを食べながら念を押すように朱音が言った。
確率的に言えば最初の方が何度も順番が回ってくる可能性が高い為不利益を被ることを考えるとあながち嘘はついていないのだろう。
「さっきみたいに美味しそうなやつがいいなとか思わなければ引かないはず」
蓮見は適当に一枚手に取り食べる。
今度は普通に美味しい。
つまりセーフだ。
だが、この時女の子たちの表情が一瞬ムスッとしたことには気付かない。
遠まわしに朱音のクッキーが美味しそうだったと誉めたのだ。
遠まわしではあるが褒められた朱音は嬉しそうに微笑む。
だがこの時蓮見はある重要なことに気付いていなかった。
そう、この場においてとても重要な事。
それは――。
「くっ。まぁいいわ」
なんか納得がいかないと七瀬。
セーフだ。
「私だって褒められたいのに……」
こちらは小声でぼそぼそと言う。
どうやら瑠香もセーフのようだ。
「なら私はこれかな」
続いて美紀も手に取り食べる。
「ん~美味しい!」
「へぇ~、どれどれ、なら私も一枚」
美紀の感想を聞いて期待を胸にエリカがクッキーを食べる。
「確かに! これは美味しいわね!」
味を評価していることからどうやら嘘はついていないように見える。
つまりはセーフ。
圧倒言う間に一巡が終わり、残りは二十一枚となった。
この中の一枚が朱音が作った激苦クッキーとなっているわけだ。
残りの二十枚は七瀬と瑠香が作った美味しいクッキー。
どっちを食べたいかと言われれば当然決まっている。
「皆食べたし次はまた私ね」
そう言って朱音が二巡目の先陣を切る。
そろそろ誰かに当たってこの緊張感から早く逃れたい蓮見。
「またなのか……俺……頼むぅ~」
勇気を振り絞って一口。
朱音に続き、なんとか蓮見もセーフのようだ。
さっきから手汗がヤバいのは辛いクッキーを食べたからではない。
純粋に緊張しているからだ。
「意外に蓮見って運悪くないのね」
「失礼ですね」
「でも蓮見ってこうゆう時運悪いよね?」
「それは美紀もだろ?」
「……まぁ、それは否定しないけど蓮見よりはいいよ?」
「そう言えば始めてリアルで会った時の蓮見さんと美紀さんってトランプ大会でボロボロでしたもんね」
「あれか……あの時は見事にやられたが今回はそうはいかないぞ?」
「そうよ。今日の私はあの時とは違うからね」
たわいのない雑談をしながらもゲームは進んでいく。
クッキーの枚数も気付けば残り八枚。
四巡目の朱音まで終わった。
ここまで来ると、後は時間の問題。
蓮見の手に緊張が走る。
ある意味大当たりのクッキーを当てる確率が十パーセントを超えた以上いつ引いても可笑しくはない。
ここは慎重に選ぶも見目形は本当にそっくりで違い等殆どない。
「……とりあえず次はコレだな」
蓮見はここに来て少し考えた。
残り八枚の内どれがハズレかと。
結果として一番形が綺麗で焼き色が入っていると思われるクッキーを手に取った。
言い方を変えれば蓮見の直感の部分がかなり大きいがここでハズレをしっかりと引けば後はこの後に控える七瀬、瑠香、美紀、エリカ、朱音のどこかで当たりが引かれる可能性が一気に上がる。最後は確率五十パーセントの勝負になるかもしれないがそこまで来れば後は博打みたいなもの。重要なのはここでハズレを確実に引く事である。七瀬と瑠香が作ったクッキーは間違いなく美味しい。そこから蓮見は二人のお菓子作りのセンスは間違いなく高いと高評価している。ならばと思い選んだクッキーを口の中に入れる。
「――ッ!?????」
すると蓮見の顔が真っ青になる。
到底演技などでは出し得ない表情は小さい子供が今にも泣き出しそう。
口の中を支配する独特な苦みと息をするたびに鼻腔を刺激する風味は正に悪戯心が生みだしたダークマターとでも呼ぶべきだろうか。
とてもこの世の物とは思えないお菓子にむせてしまう蓮見。
一体何をどう混ぜたらあれだけ美味しそうな見た目でこんなにマズイダークマターを作りだせると言うのだろうか。
再びどこか違う世界に飛び立つ準備を始めた意識。
そこに朱音がクスッと笑って蓮見の意識を現実世界に引き留める。
「はい。牛乳よ」
――。
――――。
ホッと胸をなでおろす女性陣。
特に美紀は蓮見と同じく現実世界でのゲームでは少し弱く内心ドキドキだった。
だから蓮見が負けてくれて助かったと安堵していた。
「よかった~。変な物食べずして~」
美紀が心の声を呟く。
続くようにして蓮見も。
「なんで二回も……特に美味しそうなやつと思った物に限って辛いか苦いかなんだよ……まぁお母さんが甘いこと一回だけどしてくれたしチャラでもいいけどさ……」
蓮見は嫌味を込めて朱音に視線を送ってみる。
「えっ? 朱音って呼びたいの? 別にダーリンならいいわよ♪」
しかし華麗にスルーされてしまい、小さくため息をついた。
どうやら朱音の方が一枚上手のようだ。
――蓮見は朱音の作ったクッキーを見分けられることに。
まだ気付かないでいた。
故に――負けたのだ。
だけど蓮見の言葉からその可能性に気付いた者はいち早く蓮見に立ち直って欲しいと思い新しい話題を持ちだす。
「あっ! クッキーも食べ終わったし、そろそろ第四層探索に行かない?」
エリカの提案に、
「ですね。夜ご飯まで時間もありますし行きましょう!」
と、瑠香が答える。
「なら私も」
「当然私も!」
「ふふっ、なら私も行こうかな。当然ダーリンも来るでしょ?」
「あっ、はい、まぁ行きますけど……」
「あら? もしかして私のクッキー二個も食べておいて拗ねてるの? 可愛いわね、うふふっ」
この時、蓮見は心に誓った。
この屈辱はゲームの中で《《必ず》》第三者に《《ぶつけてやる》》と。
この日、理不尽なモヤモヤが新しい理不尽を呼び【異次元の神災者】に新たな力を与えることになるとはこの時誰も思っていなかった。




