恋はある意味ロシアンルーレットなのでは???
「それで味の感想を聞いても?」
上目遣いで蓮見の顔を覗き込んでくる。
女性らしさがいつもより際立つ。
大人の色気と合わさり、演技とわかっていても期待した眼差し攻撃に蓮見の心は揺れる。
それにさっきから絶対わざととわかるぐらいに腕に小さい物の柔らかい果実が二つ当たる感覚がある。
このもどかしさをどうにかしたいと思う反面、こちらからは触りにいけないジレンマに心の中で蓮見は葛藤する。そんなこんなで沈黙を続ける蓮見に朱音は答えを求めた視線を真っ直ぐに向けてくる。
「……かふぇ、らぁ、いぃ、です」
「なら、甘いもの欲しくならない?」
「ほ、ほちぃ、……でぇすぅ」
舌がヒリヒリし過ぎて最早上手く話すことすらできない蓮見。
そんな蓮見を見て「いい? あんた達よく見てなさい。これが女を武器にするってことよ」と七瀬と瑠香、そして遠目で苦笑いの美紀たちに朱音が一言を告げてリビングから持ってきた自分の容器に入った牛乳を口に含む。
「はい、ダーリン私からのプレゼントよ♪」
――ッ!?
「私のこといい加減お母さんじゃなくて朱音って呼びなさい」
(ごちそうさまでした。うふふっ♪)
思考パニックの蓮見。
目が大きく見開れたその先では。
「「「「はっ!?」」」」
女の子たちの声が綺麗に重なった。
それから一斉に動き始めた。
さっきまで勉強部屋になっていた部屋とは思えないぐらいに暴れだす女子集団。
朱音が強引に四人の女子高生の手によって蓮見から引き離される。
今の一瞬で辛いことをすっかり忘れて舌もヒリヒリしなくなった。
あまりにも想像を絶することが起きた。
口の中にある牛乳が異常に甘く感じられる。
これはなにか特別な牛乳なのか!?
そう言いたくなるぐらいに甘くてちょっと色気を感じられる牛乳をゴクリと飲み込む蓮見。
「ちょっと! なにしてるの!? お母さん!」
「それはダメに決まってるじゃん! てか実の娘の前で何してるの!?」
「朱音さん! 急に何をしてるんですか!」
「見てください! 蓮見くんが放心状態になったじゃないですか!」
怒る四人の背中に護られた蓮見は沈黙したまま目の前の状況の理解に努める。
そんな蓮見を見て、クスッと笑い四人に視線を向け大人の余裕を見せる朱音。
「なら逆に聞くけど、なんでそんなに皆怒ってるの? 例えば好きな人や片想いの相手が目の前で他の誰かにキスされた、とかだったら私もその気持ちはわかるわよ。でもね、皆ダーリンの前では他に好きな人がいるとか今は恋愛に興味がないって言ってるのよね? だったら問題ないんじゃないかしら――」
分が悪い。
そう思い始めた四人。
なぜなら四人の本命はなにを隠そう――真後ろにいるのだ。
ここで下手な口論は――。
「――だってダーリンに異性として好意を抱いていないってことなのだから」
パリン!!!
甘い夢のような時間は終わりを告げた。
今の朱音の一言で蓮見のガラスのハートが崩れ、別の意味で魂が抜け放心状態に入ってしまった。だけど背中を見せている四人はそのことに気付かない。逆に四人の隙間からハッキリと蓮見の顔が見える朱音は気付く。
「それとも四人の本命は実はダーリンなのかしら? だったら悪い事したわ。それならちゃんと頭を下げるしちゃんと謝るわ。んで、どうなの?」
急に視線が泳ぎ始める四人。
朱音の手のひらで転がらされるだけでなく、自分の素直な気持ちを今ここで認めろと言わんばかりに真っ直ぐな視線が四人に向けられた。
四人は後ろを振り向く事ができない。
だって今とてつもなく心の中が動揺しているから。
好き! 大好き!
その思いが強すぎて素直になれない。
《《思い》》が強すぎるために少なからず顔に動揺が出ている自覚がある四人。
だからもしこの《《想い》》がここでバレて蓮見に振られたり距離を取られたらと思うと……どうしても素直になれない。恋とは人を臆病にし、盲目にする病。
「「「「…………」」」」
戸惑う四人に朱音はクスッと笑って、
「大丈夫よ、ダーリン途中から聞いてないから」
と告げる。
指をさして、四人の視線を蓮見へと誘導。
それから、
「バカね。そんなに好きならいい加減好きって言いなさいよね貴女たち」
皆の母親のように、
「恋は駆け引きよ。駆け引きができないならもっと勇気を持って素直になりなさい。所詮恋愛なんてものは同じ人を好きになった時点で一人しか選ばれない。なにより今と言う時間は二度と帰って来ない。どんなに後悔してもね。後でこうしておけばよかったなんて思いたくはないでしょ? 後悔は過去の行動から生まれる物。それすなわち後悔のない人生なんて絶対に有り得ない。限られた時間の中で少しでも納得のいく生き方をする。それが正しい選択。なによ、さっきから四人してお互いに遠慮して嫉妬までしてから。上手く隠してるようだけど女の私からしたら丸わかりよ? それに嫉妬するならもっと積極的にアプローチすればいいじゃない。短所と思ってるから短所。長所と思っているから長所。でもそれは自分の感性でしかない。貴女たちの感性とダーリンの感性は違う。それに想いが大きくなれば今以上に素直になれなくもなる。少なくともこの国の歴史や文化を尊重するなら最後の勝者はただ一人。だから嫉妬するなら、真っ向から私にかかって来なさい。それで勝ち取ってみなさい。チャンスは作ってあげるけどお手伝いをあまり期待しない方がいいわよ。だって私も女だからね♪」
と、自ら四人の恋路に乱入宣言の朱音。
これでハッキリしたと。
「もしかして……」
(さっきリビング居たとき私とお姉ちゃんにバレないように隠れてお酒飲んでた‥‥‥‥)
「あら? 気付いたの? 瑠香にしては勘が良いわね」
「……お母さん……色々と自覚ある?」
(見てたからね‥‥‥‥。やっぱり住む国が違うと文化の違いもあるのかな?)
「あら? なんとでもいいなさい」
「あっ!? そう言えばお父さんからも昔聞いたことがある。お母さんは――」
「ふふっ。でもダメよ。私の過去をここで話してはね、瑠香」
(厳密に言えば二人がまだ知らないだけで元だけどね)
ただの嫌がらせ行為ではないと意識がある者たちがこの瞬間を通して理解し認識を少しずつ改める。
朱音という人間を今までよりほんの少し理解したからだ。
しばらくして――。
「はっ!? 俺は……」
蓮見の意識が戻って来たところで、朱音の提案により、四層探索前の気分転換を含めた残りのクッキーを使ったロシアンルーレット大会が開催される。




