聖水の意味を知りたい
七瀬の咄嗟の判断でエリカだけが辛うじて無傷でいられた。
さっきまで優勢だった【深紅の美】ギルドをたった一撃で死へと追いやったキリンの一撃にこれがクエスト成功確率が極めて低いとされる幻獣の強さだと改めて認識する。
こんなの勝てないと思い、周りを見渡せば蓮見だけではない。
立ち上がってはいるものの美紀と瑠香の息遣いはとても荒い。
それに七瀬はエリカを抱きしめて身を挺して護ってくれた。そんな七瀬も苦しそうだ。
状況は良くない、そう思った。
だけど、可笑しい。
「ふふっ、あはははは……」
悪魔の囁き声が急に静かになった闘技場へと聞こえ始める。
「いいじゃねぇか……。HP一しかねぇ、この状況。最高に燃えるじゃねぇか」
エリカの不安を消し去るようにして痛みに表情を歪ませながらも立ち上がる蓮見。
そんな蓮見にキリンだけでなく全員の目が釘付けになる。
「ったく、遅いのよ。ギア上げるんだったら上げるで最初から行けっての」
美紀がエリカの元へと歩いて来ては言う。
「里美?」
「さぁ、悪夢の始まりよ」
「里美……今、神災を肯定したわね?」
ニヤリと微笑みながら立ち上がった七瀬。
「えっ……?」
まさか冗談が本当に? と思ってももう遅い。
「それなら、これ受け取って!」
七瀬の悪だくみを察したエリカは立ち上がった蓮見に向けてアイテムの二つを投げる。一つは思い出深いアイテムで、もう一つは蓮見にお願いされていつ渡すか迷っていた揮発系統のアイテム本来は生産職プレイヤーしか持っていないような物である。
「ちょ、エリカそれは……」
「【亡命の悪あがき】と――――よ」
ニコッと満面の笑みで答えるエリカ。
それを見た美紀も満面の笑みになる。
「後で覚えておきなさい。それをするたびに私達は今どれだけ多くのギルドやプレイヤーから目を付けられているかを教えてあげるから」
「は、はい……」
後先を考える副ギルド長と後先考えずその場その場で災いを呼び起こすエリカのやり取りを見て苦笑いの七瀬。
「ありがとうございます、エリカさん!」
少し離れた所から聞こえてくる声に七瀬はもういいやと色々と諦めた。
そして、今回はエリカに加担する事を決意する。
「スキル『爆焔:chaos fire rain』」
ボソッと呟き、蓮見の願いを聞き入れた七瀬。
蓮見曰く、第四回イベント前最後の調整と本人は言っていた。
恐らく提示板で噂になっている水爆の大量生成だとは予想がつく。
「ちょ! ミズナまで!」
「まぁまぁ。紅がさっき第四回イベント前最後の調整をしたいって言ってきて、タイミングが合えば試してみたいって言ってたのよ。これは私の予想だけど提示板で噂になっている水爆大量生産なら遅かれ早かれ対策はされる。だったらいいじゃんじゃないかな?」
大きくため息をつく美紀。
「もう……わかったわよ。ただし後で二人共説教ね! 少しは後先を考える癖を付けなさい!」
「「は、はい……気を付けます」」
美紀の言いたい事もよくわかる二人は素直に頭を下げて謝った。
そんな三人も元にエリカがアイテムを渡す所を偶然にも見てしまった瑠香が逃げるようにしてやってくる。
四人は蓮見が失敗したタイミングで最後の攻撃をする為の準備をしながら見守る事にした。
「とりあえず水爆はキリンには多分効かない。となると失敗する。悪いけど今回は神災を囮にして私達はアイテムでHP、MP回復と攻撃パターンの確認からラストスパートをかけることにするわ」
美紀の言葉に全員が頷いた。
【亡命の悪あがき】を受け取った蓮見。これは使用から十秒間だけ致死性になる攻撃を受けた際にHP一を残して耐えるという言わば延命アイテムであり、前回のミニイベントでは助けられた。その為、その効果と使用タイミング等はバッチリ身体が覚えている。後は効果時間の短さから、どのタイミングで使うかと言うだけだ。
「へへっ、まぁこれがあれば俺の新時代の実験は間違いなく成功するとは思うが、俺自身どうなるか実はわかんないだよな……。でも、こうしぶとい相手じゃないと上手く効果確認できないってことで、キリン様よ、最後の勝負と行こうじゃねぇか」
悪魔の微笑みを浮かべた【神眼の神災】の眼と鋭く威圧的な視線を向けるキリンの眼が重なり合う。
蓮見はある日思った。
粉塵爆発はそう簡単に起こせないと。
なぜなら粉塵爆発を起こすにはそれを引き起こす為の条件が関わってくるからだ。
そこでエリカと日々話し合っているうちにある事を閃いた。
だけどそれも条件が面倒とネックになっていたのだが、エリカから【亡命の悪あがき】と一緒に貰ったアイテムがそれを可能にするのではないかと実は内心思っていたりする。本当はゲーム内のキャンプ用や生産職プレイヤーが必要に応じて使う調合アイテムだったりするわけだが、それが戦闘で使えないとは誰も言ってない。ただ皆がそう思っているだけと言う事に気付いた蓮見はエリカに頼み一番使いやすい形で加工してもらったものが今右手に持っている《《聖水》》が限界ギリギリまで入れられガラスで出来た子供の顔程の球状の物である。
ただしここで言う聖水とは蓮見にとっては聖水であるという意味であり、他の者から見た場合はそうは思えず一見ただの液体となるかもしれない物である。
蓮見とキリンが一斉に動き始め、両者の距離が一気に縮まる。
「……速いな」
水色のオーラを纏った蓮見より少し速いキリン。
お互いに小細工なしで一直線に駆け抜ける。
両者の攻撃がもう間もなく届くと言った所でキリンが首を下に下げて角の位置を調整し蓮見の身体の位置へと持ってくる。
「あれは……喰らったらマズいか……」
最新の注意を払いながらも足の力を緩めることなくタイミングを合わせようとする蓮見。
珍しく蓮見の手は汗をかいており、緊張していた。




