第7話
「申し訳ありませんが、身元確認もできずアポイントもないとすると、ご友人とはいえ、お会いすることができません。お引き取り下さい」
「そうじゃろうな。二千年前の会う約束なぞ有効なわけがなかろうに」
スラム街を抜け、都心部に辿り着いてからすぐの事である。
一つ門を跨げばまるで違う世界が広がっており、彼女たちは高層ビルの中に居た。
真於が対感染者掃討部隊本部に来た途端に受付を無視してエレベーターに乗ろうとしたため、慌てた様子で小銃を装備した警備の人に引き離され、帰るように頼まれたのが現在の状態である。
「何処に居るのか、だけでも教えて頂けませんか?」
「お引き取り下さい」
「……分かりました」
流石に気絶させて無理やり中に入る訳にもいかないので大人しく出ていき、人々が歩き回る大通りへと戻っている。
「……身元不明、か」
「山ん中じゃろ?」
「それで通ると思う?」
「可可っ、思わん。さて、振り出しに戻ったの。今のままじゃ二千年前と何も変わらぬぞ?」
「いいや、一応進歩はあるよ。対感染者掃討部隊本部に所属してる転生したあいつの名前がわかっただけでも収穫だ」
歩きながらも真於が百々刀に差し出したのはゾンビたちの掃討部隊への入隊案内パンフレットだった。
後半の方を読んでみると大将クラスの大物たちのインタビューがつらずらと書かれており、三人のうち一人だけ若い男が居た。
他の大将が六十代付近であるというのに、真面目な写真と共に長文を書かれた男は三十一歳と図抜けて若い。
「あー、暑っ苦しさといい、真面目さといい……やつじゃのぉ……可能性は高そうじゃ」
「方面軍司令官、虎崎 佐久麻。今のところ、こいつが転生した先の可能性が高い」
「スラム出身で、戦績を認められて入隊したと書いてあるの。つまり、ReVoの耐性は持っておらぬということじゃ。それでよくここまで成り上がれたものじゃよ」
「潜在能力を持っていないのに並の人形兵器より実力がある。そして銃弾一発で死ぬただの人間だ。あいつの性格もあって国にとって最高の人材だろうな」
「やれやれ、六華人形を所有していない国なぞ速攻で潰れると思いきや……まさかこやつが活躍していたからだとはのぅ――黒薔薇様も見直したかえ?」
「九千九百年と少しは俺が守ってきたんだけどね。もう少し早く転生して欲しかったのが本音」
「黒薔薇様は厳しいのぅ。人間にそれを頼むのは酷というものよ」
一天上 才也が行方不明になる直前に、世界に残した遺産として六華人形というものがある。
その名称は一人で核兵器を優に超える戦力を持った人々のことを指し、六人揃えれば世界を救うことができると言われている。
六華はそれぞれ発展国に一人ずつ配備されており、自分の担当の国だけを専守している。
しかし、必要とあらば戦争にも加勢するため、六華を所有していない国は併合されてしまう傾向がある。
だが現在のニホンはどの国にも所属しておらず、それでいて六華は所有していない。
きっと虎崎の活躍によって独立を保てているのだろう。
百々刀はすぐ近くにあったゴミ箱へ向けて丸めたパンフレットを放り投げると、疲れ果てたような顔つきで頭の後ろに手を組み、空を見上げる。
「――やれやれ。それにしても六華人形も仲良く反乱して、ちゃちゃーっと世界を救って欲しいんじゃがなぁ」
「製作者の才也に命令されてこの世界を維持しろって言われてるんだ。あいつからがそれに背くはずがない」
世間一般では知られていないが、六華人形の正体は真於も百々刀も理解している。
そして真於が暴走を起こしたことにより、七華が六華になったことも、六華の仲間が十年間一緒に暮らしてきた幼なじみであることも分かっている。
しかし、彼女には全員を殺さなくてはならない理由がある。
「七華が散らぬ限り、才也の命は無限大、か。どう考えても最終的なところ六華全員を殺し、お主が死ぬ以外に道はなさそうじゃ。じゃがそれは同時に、世界を捨てる選択をしなければならないということじゃぞ」
「そう。七華のうちの誰か一人でもいなければ、人類は絶滅する。だけど、俺はきっとその選択をする。俺の一万年はその為だけにあるんだ」
「可可、儂は百刀の神じゃ。いざという時の介錯の技術は宇宙一じゃ。安心して殺しに行けぃ」
「お願いね。百々刀しか俺を殺せないんだ」
百々刀がどこか悲しそうな細い瞳で空を見つめていると、ヘリコプターが空を駆けて迫ってきており、ホバリング状態に入った。
どうやら着陸のための準備をしているようだ。
「――そのために、まずは虎崎に会わないとね」
「二千年待ったのじゃ。まさか情報を得てきたじゃろう! まさかの!!」
二人の視線が上空の一点に集中する。
今しがたビルの屋上に向かっているヘリコプターの中から、飛び抜けて研ぎ澄まされた気配を感じられたのだ。
人混みの中で立ち止まり流れを遮ってしまったが、周りの非難するような目を気にせず歩いてきた道を戻ろうとして――
「ねぇ、君たち」
肩を掴まれる。
すると思わず真於から溜め息が漏れ、背後にいる男はニヤリと口元を歪ませる。
「ちょっといいかな?」
「うわぉ、タイミングの悪さ全一じゃな」
「はぁぁ……一応聞いておこう。誰ですか」
「そんな反応しないでよ。僕は――」
無理やり振り向かせられると、ゆっくりと顔が迫って来ていた。
間違いなく出会って早々に“キス”をするつもりである。
ああ、もう、これだから――!
「むぎゅ!?」
「今忙しいんだ、十家のキス魔。お前がやろうとしてたことは強制わいせつだぞ。法律ぐらい守れ」
真於は死んだ魚のような目で睨みつけ、迫り来る顔を拒むように両頬を手で挟む。
タコの様に口を尖らせパクパクしている男は知らない顔だったが、髪色からして覚えがある。
「お前、三下院の家の子供だろ?」
周りから見れば、桃色の髪の帽子を被った美少年が、黒髪の美少女にほっぺを挟まれている微笑ましい光景に思えるが――
「残念だったな。俺は男だ」