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一万年の復讐と黒い薔薇  作者: 空想人間
プロローグ
5/22

第5話

 過去の記憶を無くしてから凡そ十年が経過し、もはや「私」に抵抗の意思は消え失せていた。

 そして、この体の中に芽生えた力を使いこなすことも徐々に可能となっている。


「っ……!」


 気合いの声と共に一心不乱で目の前の動く死体を袈裟切りにする。

 ずるりと上半身と下半身が分かたれて抵抗もなく絶命し、今回の“千人斬りの”訓練は終わりだった。


 手に持っていた血まみれの刀を振り払い、腰に指したままの鞘へ仕舞う。


【13分54秒。記録、7位】

「……また最下位」


 機械のアナウンスが今回の結果を伝え、何度目か分からない溜息が出る。

 能力的に多数不利な科目であったとしても、最下位であると知ったら落ち込むものだ。


「マオっ、お疲れ様!」

「……ありがとう、ユキ」

「向き不向きがあるから仕方ないよ! それに――」

「うん、それじゃあね」

「あっ……」


 ユキに対してだけじゃない。誰に話しかけられても、私はいつもこのように浅く冷たい素振りだった。

 シャワーを浴びた後、自室に戻る途中でとある男たちとすれ違う。

 その者たちの名前はハオとプラディープと呼ぶ。


 この場所で生活しているため服装は統一されているが、顔つきからしてハオは恐らくアジア、プラディープは中東、もしくはその付近の出身だと思われる。

 実際のところ、聞いたこともないので確かなことは分からないが。


「おや。ようやく本日の授業が終わりですか? マオさん?」

「お疲れマオ。というか、お前はどうして毎度のことマオに突っかかるんだ」

「同じアジア出身として情けなく思ってるだけですよ。同じニホン出身のユキは戦闘向きでない能力でも関わらず、千人のゾンビ相手に五分も掛からないというのに、全く……」


 ハオが何時も嫌味を言ってくるのはまさに日常と言って良いほど、いつものことであった。

 むしろ、罵りのボキャブラリーが十年経っても尽きないことが素直に凄いと思ってしまうほどである。


「お疲れ様、ハオ、ディー。私は忙しいからこれで」

「おう。熱心だな。きっと父上もその努力を評価してくれるさ」

「熱心なだけで結果がつけば苦労しないのですがねぇ……?」

「おい、ハオ……」

「いいよ。別に事実だし」


 ハオの嫌味をいつも窘めてくれるのはプラディープだ。最も、ハオもその程度で止まる男ではないので、適当に放置しておくのが最良の選択である。


 会話を切ってあしらい、この場を離れる。

 最後に彼のムッとした視線が当てられたが気にしない。

 これが私たちの「普通」の関係なのだ。


「――それにしても十四分ですか。一つ一つまともに相手にしているからそうなると言うのに」

「マオは俺たちみたいな広範囲に及ぼす能力じゃない。向き不向きだ」

「それにしても限度があるというもの。百刀と名のついた潜在能力ポテンシャルなら、その刀全てを作り出し投擲すれば良いのに」

「それが出来れば苦労しないだろう。俺たちだってまだまだ能力は未完成だ」


 つい背中越しに悪態を吐いて自室に戻る。そんなこと分かっているのに。

 自室には誰よりも本が積み重なって多く存在し、最低限座学では負けないようにと勉強にも力を入れている。

 だけど、今日も触る気になれなかった。

 吸い込まれるようにベットに横になり、近場にあった本を手に取る。


 それは、私たち七華人形セブンスドールズの能力についてであった。


「……」


 私たちは“記憶の内に無い何らかの要因”によって、ただの人間では再現不可能な特殊能力に目覚めた。

 これらには名称が付けられており、それら全ての能力の総称を「潜在能力ポテンシャル」と呼ぶ。


潜在能力ポテンシャル」は七種類存在し、それぞれ名称として、「百刀」「緑島」「獄炎」「紫電」「氷海」「籠絡」「超然」が与えられている。

 

 私が持っている潜在能力は百刀だ。

 百刀の能力とは無から刀を作り出す能力である。ただそれだけ。未熟な私が使える、今のところは。


 名前の通り百本まで作り出せそうではあるが……今の私では三本がいい所である。今のところ、それ以上は出すことが出来ない。

 理由は単純、鍛えが不足しているのだ。

 潜在能力ポテンシャルは研鑽によって強化されると本に書いてある。だから私にはまだ鍛えが足りてないと考えている。


 次にハオの持っている能力、それが「超然」と呼ばれるものだ。

 自然を超える力、つまり彼は神通力が使える。

 物を浮かばせたり、自分が空を飛んだり、念力によって相手を圧殺したりと、恐らく最強の能力である。

 しかし、この研鑽は非常に難しいとされており、余程努力をしない限り間違いなく伸び悩む。


 また、彼の嫌味は私に対して「強くなる努力が足りない」と言っているようなものであるが、彼も「超然」の能力を伸ばし続けるために、影で血反吐を吐くような研鑽を続けているのだ。

 だからこそ、彼は精神を削りながら結果示し続け、私の背中を押し、共に成長することを求め続けている。

 彼の毎度のように言い放つ嫌味が応援の裏返しであると知ってから、私は彼に対する黒い感情は消え失せてしまった。


「そして、今のところ一番未知数な能力が……」


 ユキの潜在能力ポテンシャルである「籠絡」だ。

 今のところ彼女と手合わせをして分かったことと言えば……心を掌握されるというもの。

 心を掌握されると、体が動かなくなる。

 相手を乗っ取って自由に動かす、といったものが今のところ把握している「籠絡」の能力だ。

 彼女と一体一の状態であれば、正直勝てる気がしない。

 能力の発動時間も非常に短い上に、範囲がものすごく小さい、というのが弱点だったりする。


「レイチェルは氷海、アダムは獄炎、ハーヴェストは緑島、そして私たちの筆頭プラディープが紫電。私はこの能力で追いつけるのかな」


 本を放り投げ、天井を見上げる。

 正直なところ、ずっと不安だった。

 百刀は発動においても平均的な速度だが、一番の強みは近接戦闘だ。

 しかし、間合いを詰めるための数の強みは、百本のうち三本の刀しか作り出せない私の弱さのため、利用できない。

 そして、能力者同士の戦闘となれば遠距離戦闘になる事が目に見えている。

 手合わせ訓練の時には遠距離攻撃手段が乏しすぎるが故に、相手を刀の間合いに入れる以前に、私がいつも敗北してしまう。


「はぁ……」


 大きな溜息を吐き、ベットから起き上がる。すると私の起床を見計らったように床が開き、テーブルと共に大きな肉塊が床底より現れた。


「いつも思うけど……なんで私だけ?」


 いつも決まった時間に血抜きされた生の肉塊が私に提供されている。これは他の部屋にはあらず、私の部屋だけの出来事であるらしい。


 いつもいつも食欲に負けて平らげてしまうが――今日は食べつつ観察してみることにする。


「そういえばいつ食べても生なのにお腹壊さない。それに、食べると体が成長するような……そんな感じがする」


 刀を作り出して肉塊を切り分け、一口含む。

 染み付いた血の味の生ハムを食べている気分だった。


 そういえばこの肉を食べている時は、異常に消化が早い。

 お腹に入れたその瞬間に空腹を感じてしまう。それに、食べ終えた後のことを考えていると間違いなくこの肉は普通のものじゃない。

 また、食べるのを我慢していると……


「っ……!?」


 意識していないのに涎が垂れる。

 まるで私たちを目の前にした動く死体たちのように、本能が表出しているような気がしてならない。

 思考は一瞬にして終わり、無我夢中で食べ終えると――来た。


「っ……」


 軽い頭痛と共に未知の情報が頭の中に流れ込んでくる。今回流れ込んできたのはまた知らない型の格闘術の動きであった。

 まるでその格闘術は生まれながらに習ってきたかのように、腕の振り方、足の運び方などが体に染み込んでいく。


 同時にやってくるのは――見たこともない光景であった。

 何者かの白黒で描かれた思い出の中を覗いている、そのような言葉がいちばん当てはまるだろう。


『――今日こそ勝てる。あの男に』

『本当にやるんだな』

『あぁ。妹を殺したあの男をオレは許しはしない。一天上、首を洗って待っていろッ! 記憶を改竄かいざんしたあの野郎を決して許さねぇッ!』


 道場の中で二人の男が会話しており、この場から感じられるのは敵討ちのために動くという怨嗟の想いだった。

 しかし、木偶に向けて正拳突きを放つ“誰か”の顔を私は見たことがない。


 そして、記憶の改竄。この言葉に何故か心臓が跳ねた。

 ただの思い出なのに、知らないことなのに、何も関係がないのに、心臓が高鳴って高速で脈を打つ。


「……はっ」


 ――世界が戻ってくる。

 また眠ってしまったようだ。

 最近はこの肉塊を食べるとすぐ眠ってしまうため、研鑽の時間を得られなくて後悔してしまうことが多い。


「……とにかく、やらなきゃ。追いつかなきゃ」


 起きて直ぐに立ち上がり、手のひらに意識を集中する。

 すると、何も無い空中に光の粒子が集まり、それらが集まると――刀身が体の半分程ある太刀が現れ、鞘に収められたままの状態で顕現する。


「まずは素振りを千回。次に片手づつ千回」


 鞘をベットの上に置き、広く空間をとって素振りを始める。

 刀の使い方などは本で読んだ他に、剣術に理解のある黒い兵士の人たちに個人的に教わっている。

 覚えている型は乏しいが、寝ていてもそれが出来るほど体に染み込ませねばならない。


「ふっ……!」


 そうでもしなければ先程行ったゾンビ千人斬りの記録が十分以上になることは無いだろう。

 非常に残酷なことに、他の潜在能力ポテンシャル者の千人斬りの記録に関していえば、ハオは二分、レイチェルは三分、プラディープは一分を切っている。

 この差があまりにも悔しくて、ただひたすら刀を振り続ける。


「もっと強くならなきゃ……」


 全ては一天上才也(お父さん)のために。七華人形セブンスドールズとして自分の居場所を守るために。


 ――って、あれ。お父、さん?


「っ!?」


 まだ振り初めてから十回もしていないのに急に激しい頭痛が発生した。

 頭の痛みと思い出の声が重なり、思わず振り下ろした刀の重さに指が耐えきれず、刀を落としてしまう。

 集中が解けたことによって、刀は光の粒子となって消えていく。


一天上いってんじょう 才也かどやは、おとう、さん?」


 十年間生活していても、今までこのような疑問を抱くことは無かった。

 しかし、なぜか急に体が動かなくなった。

 全ては「記憶の改竄」という言葉を聞いてから、酷く頭が痛む。


「ぁ、あぁ……」


 震える声を漏らし、頭を抱えて屈み込む。

 分からない。何故常識に疑問を持つのかも分からない。

 私はここで生まれ、ここで潜在能力を持つ特別な存在として育った。将来は七華人形セブンスドールズとして、この荒廃した世界からお父さんと世界を守り続ける、そのように決めていたじゃないか。

 何も無い私を何十年も育ててくれたのは彼と黒い兵士たちだった。

 それ以外に何を否定しようものか。


 ――なら君は、守るためのお父さんに会ったことあるの?――


 嫌な声が響く。まるでもう一つの人格がこの体を奪い返そうと囁きかけているようにも感じられた。


「そん、なのっ……」


 しかし、この声の主の言う通り、会ったことなど一回もない。モニターの向こうの存在でしかないのだ。

 唯一彼に会ったことがあるのは筆頭であるプラディープだけである。

 だから思わず、誰もいない部屋の隅に向けて悲鳴に近いような声で反論してしまう。


「うるさいッ! ならあんたは何がわかるんだ!? お父さんの何がわかるんだ!? 言ってみろよッ!!」


 ――簡単さ。お父さんは、殺されたんだ――


「っぅ!?」


 別の人格の思い出が、無理やり頭の中にに割り込んでくる。


 抵抗虚しく撃ち抜かれ、「生きてくれ」と死に際に放った彼の一言が頭の中で反芻する。


 違う。違う。違う。

 こんなの知らない。こんなの知らない。こんなの知らない。こんなの知らない。


 ――なら、お母さんは?


 まただ。

 また見たことも無い記憶が()()()()()

 顔が黒く塗り潰された女性は、黒い兵士たちに蹴り飛ばされ、その後首を絞められて暗黒の向こうへ離れていってしまった。


 ――記憶が、蘇ってくる?


 自分の考えが理解出来ずにさらに混乱を招いてしまう。


 追い討ちとばかりに割り込んできたのは――“二日目の”一天上いってんじょう 才也かどやと話した記憶だった。


『――それは、君次第だ』

「っ、あっ、あっ……あぁ……っ」


 その記憶を見た瞬間、体は落雷が降り注いだような衝撃を受けて硬直し、呼吸ができない。

 間違いなく、これは「俺」の記憶だった。 なら、この十年間の「私」は何だったのか。全てはあの男のために動いて、居場所を作って、強くなろうとしていた。

 それは、間違っていたというのか?


 ――間違ってなんかないよ。だって君は今から動くから。全てはこの時のために動いてるんだ。ウイルスを作ったのがあの男で、黒い兵士を統一してるのがあの男なら……殺すべきは、一天上いってんじょう才也かどやだ――


 思い出せ。なんで俺は痛みに耐えてきた?

 思い出せ。なんで私は母親にも会えない?


 ――全ては、復讐のために――


「あぁ、ああああっ、ああああああああッ!」


 ――出来ないと思っていた四本目の刀どころか、無理やり十本以上も刀を召喚して、一瞬にして自我を失った。


 バンカーを破壊し尽くして、暴れ回り、ありとあらゆるものへ怒りをぶつけて、壊す。視界が真っ赤に染まって、そこから先の記憶は曖昧だ。


 ハッキリしてることといえば……俺は一天上いってんじょう 才也かどやに会う以前に、他の七華人形セブンスドールズに遭遇して完敗したこと。

 そして、ユキが籠絡の能力で隙を作って俺を助け、バンカーから引き離してくれたこと。


 ただそれだけが、確かな記憶。


 ウイルスだらけでソンビが蔓延る世界に追いやられ、自由の身となった俺は……ありとあらゆる全ての目標を切り替えて、強くなることに全てを注いだ。

 持ちうる力の全てを使い、あの男へ復讐するために。


 ――そうしてここから、一万年の復讐の旅が始まったのだ。

※執筆が終わったのはコロナの存在が発覚する少し前です。

この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません



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