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一万年の復讐と黒い薔薇  作者: 空想人間
プロローグ
4/22

第4話

 ふと目が覚める。

 意識がある。あれだけ苦しめた体の痛みは全く存在しない。


「……俺は……死んだの?」


 片目だけの視界に比べて両目で見る光景はあまりにも広く、体を覆っていた全身の包帯は一辺も無かった。

 部屋は四方八方真っ白で、この部屋はベット、洗面台、トイレしか存在しない。


「声……でるけど……」


 何ががおかしい。前と比べて低いような、高いような、そしてなんとなく柔らかいような……例えるなら女の人の声だった。


「……あれ?」


 この部屋も見たことがない。そもそも、ベットで寝たことがないため、今現在の寝転がっている場所に驚いてしまう。


「毛布もあるし……ここ、どこ?」


 目の前に扉が存在する。シャッターのように重々しいものではなく、片手で空けられそうな、警備の「け」の字もない異質な空間だった。


「……わっ」


 ベットから抜け出し、洗面台で今の体の様子を確認しようとした所で……目の前の床が開き、机が下から出現する。

 驚いて転びそうになるが、一瞬だけ二日目の酸性の原液を掛けられたことを思い出し、心臓が跳ねて足に力が入る。


「はぁっ……はぁっ……」


 しかし、その記憶は一瞬にして消えた。

 先程まで何を考えていたのかも分からなくなってしまったのだ。

 どうして急に何らかの記憶が出たのか思い出そうとすると――酷く頭が痛む。


「……お肉?」


 頭痛から解放され、視点は床から出現したテーブルの上の肉塊に注目する。

 なんの調理もされていない、大きな切り分けられたお肉であった。

 焼いたり、煮たりしないと食べられないと分かっているはずなのに――よだれが垂れる。


「食べていいってこと?」


 その疑問に回答する者は居ない。

 ただ本能的な欲に従ったまま、素手でその肉を喰らってしまう。


「……! 美味しい!」


 生肉なのに、味がついていないのに、本当に美味しい。

 知らずのうちにお腹が空いていたのか、大きさ十五センチ程の肉塊をペロリと平らげてしまった。

 足りない。まだ食べ足りなかったが、それ以上食べられるものはない。

 口が汚れてしまったため、洗面台に向かって顔を洗うと――そこには全く見た事もない女の子が映っていた。


「綺麗な人……って、え?」


 タオルで顔を拭く動作にタイムラグが全くない。

 小学生の俺と同年代であろうと思われる可愛らしい顔つきである。将来間違いなく美人になると未来予知されるほど、完成されたものだった。

 そして首にはチョーカーが巻かれており、何故か外すことが出来ない。


「えええええええええっ!?」


 一度潰れた喉で大きな声が出ることも驚いたが、驚いた表情を鏡の向こうの女の子も同じように作っていたため、自分が自分でないような錯覚が起こる。


「これ、どうなって……」

「おはよう、マオ。すごい声だね」

「誰――っ」


 目の前の扉を開いて現れたのは、真っ白な髪の女の子であった。

 無邪気な笑顔に思わず……一目惚れしてしまった。

 心をがっしりと掴まれ、まるで溶かされてしまうような――そんな感覚を受け、必死で首を振る。

 鏡の向こうの自分とは違う、天使のような美人になることを容易に推測出来るほど、幼いながらも彼女の美しさは完成されていた。


「誰って……ユキだよ? 苗字は覚えてないけど……同じ日本人のゆきだよ。昨日も会ったでしょ?」

「会ってないよ!? 君っ、誰――っ」

「止めておきなさい。今のマオは一昨日の貴方と同じよ」

「今度は誰!?」


 開いた扉に寄りかかるようにして立っており、伏し目を開き、こちらを向いたのは――同年代であろう女の子だった。

 眼鏡をかけており、彼女も間違いなく現実離れした美しさを持っている。


「私はレイチェル。よろしくね」

「え、えっと……よろしく?」

「マオも起きたし、とにかく行こ!」

「えっ……えっ……!?」


 ユキ、という女の子にどこかへ連れて行かれそうになり、思わず手を払う。

 彼女は驚いたような、そして悲しそうな顔を作ったが、こちらは混乱の渦中である。

 なんの情報もないまま動く気にはなれなかった。


「起きたばかりで混乱してるわよ。そんな急かさないの」

「あ……そっか。ごめんねマオ。私も急ぎすぎたみたい」


 ぺこりと頭を下げられても、何が「ごめんね」なのかが分からなかった。

 とにかく、自分のことよりも、この場所がなんなのかを問うことにする。


「実は……私たちにも分からないんだ。気がついたらここに居たの」

「共通することはただ一つ。私たちはあの地獄の生き残りだということよ」

「っ……!?」


 少しだけ記憶が蘇る。

 そうだ……そうだ。ついさっきまで別の場所におり、あの白衣の男に注射をされて意識が飛んだ。それからこの場所で意識が戻ったのだ。


 つまり、まだ俺はあの男の手中から逃げきれていない!


「……っぁあぁぁぁっ!?」


 記憶の復活と共に穴の空いた体の幻肢痛と頭痛が起こり、思わず悲鳴をあげてしまう。

 その悲鳴に反応したのか、首元のチョーカーから機械音が響き、首の中に何かを注入されて――引き波のように痛みが収まっていく。


「はぁっ……はぁっ……」

「大、丈夫?」

「貴女も被害者なのは分かったわ。なら、ここから早く動かなきゃいけないことも……分かるわね?」

「……う、ん」


 レイチェルという青髪の少女が言いたいことも何となく分かった。

 今すぐ動かねば、またこの首のチョーカーから強酸性の液体を首から注入されることになるだろう。

 二日目の薬品漬けの日々は、心の底からもう二度と体験したくない。


「じゃあ、付いてきてね。ちょっと辛いかもだけど、何かあったら教えてね」

「私たちに許されたのはお互いの居住区の移動だけ。だけど、マオが起きたおかげで先に進める場所が見つかったの。そこに行きましょう」

「う、うん……?」


 二人とも同年代であるのにも関わらず、明らかに思考の速度が違っている。

 なんというか、体は子供なのに、中身は大人のような雰囲気だった。上級生と会話していて展開に追いつけないような寂しい気持ちがした。

 二人は先行して部屋を出ていったため、急いで駆け寄り、歩きながらも二人に問いかける。


「ねぇ、二人って……何歳?」

「ああ……この外見だから分からないよね。私は十八だよ」

「!?」

「私は二十。マオは?」

「えっ、えっと、その……」


 ユキと呼ばれた人物は二倍も人生を多く生きており、レイチェルは更に歳上だった。

 年齢で上下関係を気にするような年頃であったため、萎縮して両指で二人に年齢を示す。


「九? 貴女は十九歳ってこと?」

「九……歳……です……」

「「え……」」


 今思えば小学三年生と大学生ぐらいの年齢差であったが、外見との違いに俺自身が一番怖がっていたと思う。

 同年代だと思ってたら、年下だったと分かってしまったためか、会話に巻き込まれることは少なくなった。

 気まずい雰囲気のまま真っ白な廊下を抜ければ、いつの間にか広い場所に出ており、その場には俺たち以外に四人集まっていることが確認できた。


 やはり見た目は全員小学生と同じぐらいに見えるものの、性別は異なり、全て男の子たちだった。


「……」

「……」


 彼らに会話は無い。まるでマネキンのようにその場に佇んでいた。

 国籍が違っているためか、多種多様な髪色をしており、視線だけをこちらに向け、再び正面へ戻す。どれもこれも美形の極みである。

 どうやら無駄口を叩いてはいけない雰囲気であった。辺りを見回せば見覚えのある黒い兵士たちが小銃を構え、影から俺たちを視察している様子が伺える。


 しばらく指定された位置で待っていると――


『ようこそ最良の被検体諸君。そして、おめでとう。君たちと共に人間を越えられることを嬉しく思う』


 突如天井を割って空中に出現したのは巨大なモニターだった。その映像の中で椅子に座りながら拍手を贈るのは――意識を失う前に一方的に話しかけられた白衣の男である。

 被検体とは真横一列に並んだ俺たちのことを指しており、他の対象は見当たらない。


『先に言っておこう。君たちは私が開発したウイルスを受け入れたことによって、既に人間を超越している。しかし、それを扱う技能があると言えば……ノーだ』 


 皆はモニターを見上げたまま微動だにせず、瞬きすらしてないない。

 俺を除いた人々は恐らく、幼い体に大人の魂が埋め込まれているような状態だ。

 とんでも技術を施術した人だったとしても、人間超越している、と言われたら頭のおかしな男にしか思えない。


『失礼。私の名前を教えるのを忘れていたよ。私の名前は一天上いってんじょう 才也かどや。君たちの父だ』

「……は?」


 思わず声を上げたその瞬間、横一列に並んだ全員の首元からピィィっと機械音が響き、薬品を首から注入された。

 皮を引き裂いて入り来る薬品は熱いもので、激痛と共に体に広まり、辺りからは呻き声が漏れ出す。


『君たちは、これから私の直属の護衛、七華人形セブンスドールズとして生き、ゼロから育て直させてもらう。そして今から、そのための魂の上書きを行なう』

「なにいってん、だぁっ!」


 比較的大柄な男の子が叫び声を上げたが、その瞬間に彼は膝を付き、倒れ伏す。

 彼の背中には針が刺さっており、兵士たちの麻酔銃のようなもので気絶させられたことが伺える。


『いま君たちに注入したその薬品は人間を超えた皆へのプレゼントだ。君たちの両親の顔を今一度しっかりと思い出すといい。この記憶の改変に抗うものがいるのなら……いや、以上だ』


 言いたいことだけ言ってモニターは天井に仕舞いこまれ、俺たちはお互いに顔を見合せた。

 するとチョーカーは役割を終えたようにポロリと外れ、首が自由になる。

 一天上と自称した男のあまりにも荒唐無稽な言いがかりに思考が追いつかず、ユキやレイチェルに事情を聞こうとしたが――遠くから黒い兵士たちが迫りきている。


「なんで……なんでよ……!」

「いやっ……嘘嘘嘘嘘ッ!?」


 どうしようかと頭を悩ませていたその時、二人は頭を抱えて悲鳴をあげていた。

 何かと問うその前に、自分自身の“記憶”に変化が起こっていることを察する。


「え――嘘、なん、で」


 両親の顔が、思い出せない。

 ここに来る以前の記憶が瞬く間に溶けて無くなっていく。

 代わりに補填される記憶が間違ったモノであると自分で分かっているのに――それを認めないことは出来なかった。


「静かにしろッ!」


 阿鼻叫喚は全員が記憶の改変を行われている証拠であった。

 黒い兵士は指示を出すと一人一人に麻酔らしき注射を打ち込み、気絶させていく。


「嘘だ……嘘だ。違う、違うッ! 俺はこんな所で……生まれてなんかないッ!」


 ――もはや「私」は一種の発狂状態に陥っていた。


 このバンカーの中で生まれ、育った。

 それ以外の記憶がもう無くなっていたのだ。


 だとすれば親は一天上いってんじょう 才也かどやただ一人。「私」は元より女だった。


 ……いや、俺は、女、じゃ、ない。


 ――あああああああああああああああああ。


 違う、違う、違う、違う!


 違うと分かっていても、思い出せない!


 親はよく分からない白衣の男なんかじゃない!

 あいつなんて会ったこともないし、誕生日すら一緒に祝えたことがない!


 そうだ、なら誕生日は!? 私の家族は誕生日はどうやって過ごした!?


 それに苗字だ! 苗字さえ思い出せればアイツが親であることを否定でき



 ――あれ?



 元々って、ここ以外で私は生活したことあったっけ――


 私は、マオ、苗字は、無い、親は――


 ――違うと思うんだけど、きっと……そうなのかな。


※執筆が終わったのはコロナの存在が発覚する少し前です。

この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません

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