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どちらかと言えば、まとも

追い詰められた勇士ティエン ~怒りの全裸土下座~

真面目に書いていたつもりが、

おっさんの全裸土下座祭りになってしまった。

どうしてこうなるのか。

 海を(のぞ)む崖の上に男が二人立っていた。一人は名をティエンと言う。やや低い背と、広い肩幅、分厚い胸板の屈強な戦士である。腰に佩いた段平(だんびら)の持ち手は手垢で黒ずみ、相当に使い込まれていることがわかる。


 もう一人、小太りの体に生白い肌の青年は、この王国の王太子である。


 ティエン達の目下には白波が打ち寄せ、岩肌が荒く削り取られた岸壁だけが存在している。そして後方には二人の山賊たちが迫っている。二人とも麻のぼろに革の胸当てを身に着けている。一人は大柄で斧を、もう一方は小柄で直剣を得物(えもの)としていた。いかにも賊といった風体である。ただ、その外見とは裏腹に相当な手練れであった。王国随一の戦士と名高いティエンをここまで追い詰めているのだ。


 恐らくは王の差し金であろう。ティエンは、そう考えていた。


 ティエンは元は、ただの牛飼いであった。しかし、生まれ持った頑強な体は、戦士としての資質を匂わせていた。その資質を代官に見込まれ、兵士として召し上げられたのが5年前のことであった。そこから厳しい訓練を重ね、ティエンは一流の戦士となった。兵士連中の中では、ティエンに勝てるものなど居なくなった。


 その動きは格別に素早いわけでは無い。しかし、いくら剣を振ってもティエンは紙一重で避けてしまう。相対する敵の目線、足の運び、体のひねりなどの情報から太刀筋が読めてしまうのだ。これはティエンの天賦(てんぷ)の才であった。そして、屈強な体から繰り出される重く鋭い一撃は盾の上からでも相手を昏倒(こんとう)させ()るものであった。


 ある時、(みやこ)で剣闘大会が催された。もちろんティエンも参加し、並みいる猛者たちをなぎ倒していった。どんな敵の剣も避け、隙を見て一撃必殺の剣を打ち込んでいった。観客である王侯貴族や騎士たちは、その強さに驚嘆し万夫不当(ばんぷふとう)の勇士と称賛した。ティエンの雲蒸竜変(うんじょうりゅうへん)の時であった。


 その大会の後に、王に召し上げられたのが1年前のことである。それからは王の護衛騎士として、王のそばに常にあった。仮令(たとい)どんな暗殺者であろうとも王に指の一本すらも触れさせたことは無かった。ティエンは王に強く信頼されていると感じていた。ティエンは純朴な男である。貴族達の駆け引きなど理解ができぬ。なぜ王に暗殺者が送られてくるかもわからない。王は王であって、皆が崇敬(すうけい)すべき存在だと確信していた。それに牙をむく者たちを理解することなどできようはずもない。


 しかし、そんなティエンも幾度(いくたび)と暗殺者を(ほふ)るうちに、王に対する疑念が生じ始めた。護衛となって半年足らずで十人の暗殺者が送り込まれているのだ。いかに純朴なティエンと言えど、これは尋常ならざる事ではないかと考え始めた。


 それから、ティエンは王の言動を妄信することを辞めた。すると、どうだろうか王は愚物では無いが猜疑心(さいぎしん)の塊のような人物であることに気がついた。ティエンは、これまで王は王であり、人間では無いかのように考えていた。だがここに至って王が一人の人間であると理解したのだ。


 王は自分に叛意(はんい)があると思った人物を、ことごとく処刑していた。王の母も、妻も、兄弟も、叔父も、叔母も処刑されていた。王は誰も信じることができぬのだ。


 そしてついには、王太子までもを処刑しようとしていると、漏れ伝わってきた。世情に疎いティエンであっても、王太子の処刑だけは避けねばならぬと思われた。


 そして今日、ティエンは、王太子を王の下に連れてくる命を仰せつかった。その王太子は隣国との境にある要塞を視察中であるとのことであった。王がティエンを傍から離すことは希なことであった。ティエンは、ついにこの日が来たのかと暗い気持ちで王太子の下に向かった。


 ティエンは古ぼけた要塞から王太子を連れ出すと、ティエンが御者となり二人だけで一頭立ての馬車で都に向かった。王太子の身分にそぐわない粗末な幌馬車であった。ティエンは、粗末な幌馬車と護衛も自分一人だけと言うのは、王太子に対して非常に粗雑な扱いだと思った。それと同時に王太子の未来を思うと、さらに暗い気持ちになった。


 一方の王太子と言えば、覚悟を決めたのか、きりりと引き締まった表情で馬車の中で静止していた。馬車内が、やや狭苦しく思われるのは、緊張した雰囲気のせいであろうか、それとも王太子が小太りだからであろうか。


 粗末な幌馬車をぎいぎいと(うめ)かせながら、ティエンは牛の歩みで馬車を進めていった。少しばかりでも時間を稼げば、何か王太子を救う妙案が浮かぶなどと言ったことは無いだろうかとティエンは考えていた。


 そうして、日が傾き始めたころに海の見える街道を進んでいると、前述の山賊達の襲撃を受けたのだった。ティエン一人であれば、相手が二人であろうが勝つ自信があった。しかしながら、小太りの王太子を守りながらでは、流石のティエンも分が悪かった。一人と戦っているうちに、もう一人が王太子の方に走り込む。それを止めに入ると、もう一人が王太子を狙う。そんな攻防を続けるうちに、徐々に徐々に崖まで追いやられてしまったのだった。


 もう退くことはできない状況に追い込まれ、ティエンも参ってしまった。いっそ王太子を見殺しにして逃げ出してやろうかとも考えた。だが、ティエンは田舎者にありがちな頑固な男であった。一度、引き受けたからには、やり通すという頑固さがあった。


 ティエンは、あまり自信のない頭で考えたが、思いつくのは命乞いだけであった。しかし、命乞いをして生き残れれば、儲けものだと賭けにでることにした。

 

「王はご乱心か!」

 ティエンは大音声(だいおんじょう)を張り上げた。


「何のことやらわからねぇな。俺たちは山賊だ。王様の事なんか知ったこっちゃねぇ。」

 ティエンをあざ笑いながら大柄な山賊が答えた。


「ただの山賊であれば、この小太りが持ってる金を全てお前らにやろう。そうすれば満足だろう。私たちを殺す必要は無いはずだ。」


「小太りとは(われ)のことか?」

 王太子が、余計な言葉を吐いた。


「そうだ。」

 ティエンは少しばかり、うんざりしながらも誠実に答えた。王太子が小太りであることはティエンも否定のしようが無い事実である。肯定する他ない。


「そうか。」

 王太子はどうにも納得のいかない表情であった。小太りであることに疑念を持っているのだろうか。


「金はもちろん、服も剣も馬も全部よこしな。それで土下座したら命だけは許してやらぁ。」


「なんと! 裸で土下座をしろと言うのか! こちらの小太りをどなたと心得る! 王太子殿下なるぞ!」


「うるせぇ! 早くしろ! 殺されてぇのか!」


 もう破れかぶれのティエンは、一気呵成(いっきかせい)に王太子を裸に剥くと、自身も裸になった。そして王太子の頭を掴んで地面に叩きつけ、自分もそっと頭を地面につけたのだった。


 渾身の全裸土下座である。大の男二人の全裸土下座に圧倒されたのか、一瞬、波の音が消え静寂が訪れたように思われた。しかし、それも(つか)の間。大柄な山賊は斧を振りかざしたのだった。


「へへ、全部って言っただろ。命も貰っていくぜ。」


 約束の反故に、ティエンは頭に血が昇ってしまった。立ち上がる勢いで、大柄な山賊の膝に向けて突っ込んだ。そのまま膝裏を抱え込むと、山賊を仰向けに転倒させてしまった。


 あまりの勢いに山賊達は対応できず、ただただされるがままになって、斧を奪い取られてしまった。ティエンは奪い取った斧で、小柄な山賊の持つ直剣を一撃で叩き折った。そうして、そのまま二人まとめて全裸に剥いてしまった。


「そこの小太りを守ろうとしなければ、こんなものだ! これが王国最強と名高いティエンの実力だ! 約束を反古にするような奴は許さぬぞ! お前らも土下座しろ。裸で土下座するんだ。」


「なんで土下座しなけりゃいけねぇんだよ。」


「お前らだけで、土下座できないなら、私たちも共に土下座しようではないか。共にに土下座しあって全て水に流そうではないか。私たちを襲った事も無かったことにしてやろう。さぁ土下座をしよう。共に土下座しよう。」


「お、おうわかったぜ。土下座してやるよ。これで水に流してくれるんだな。」


「あぁ。私は約束は守る男だ。」


 もうティエン自身も自分が何を言っているのか分から無くなっていた。何故か、みなで土下座しあう事となっていた。四人は円状に向かい合うと、それぞれが土下座しあった。頭と頭を突き合わせて全裸で土下座しあったのである。


 四方全裸土下座(しほうぜんらどげざ)の陣が完成した瞬間であった。皆が生まれたままの姿で全てをさらけ出し、全身全霊を込めて謝罪しあうのである。その時、この世で最も清らかな空間が確かにそこにはあった。暴れる白波と清らかな全裸の男たちのコントラストは、おそらく誰が見ても心打たれる絶景と化していたであろう。


 しばらくの間、全裸土下座を満喫した男たちであったが、吠える海風に体が冷やされてしまい、服を着ることにした。思う存分、全裸土下座を堪能した4人は、これからのことを考え始めた。


「とりあえず、そこの小太りの金で酒でも飲もうぜ。」

 大柄な山賊が楽しそうに言った。


「そうだな。それは良い提案だ。」

 ティエンはその提案を迷うことなく了承した。ティエンも久方ぶりに酒が飲みたい気分であった。しかも他人の銭で酒が飲めるとあれば断る理由も無かった。


「小太りって我のことか? 我のことを小太りと言っておるのか?」

 王太子は相変わらず小太りである。


「そうだな。」

 皆が迷うことなく肯定する。王太子が小太りなのは事実なので誰も否定はできない。


「そうか。」

 王太子はありのままを受け入れる度量のある男であった。


 その後、四人は小太りの銭で酒を飲み、歌い、人生の春を謳歌した。

 意気投合した男たちが隣国に亡命し、現王打倒に動き出すのは、また別の話である。

全裸土下座は清々しく美しい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おっさん達の全裸土下座祭りに全米が泣いた! 素晴らしい愛を見せて頂いた! [一言] 全裸土下座が世界を救う、はっきりわかんだね
[一言] 人間は醜くとも、人生は美しい――!!
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