洋館の怪
ある日、先輩が
「なあ、心霊スポット行ってみね?」
とか言い出して、俺とオカルト研究会の仲間数人と行くことになったわけ。
(まあ。どうせ出ないでしょ)
俺は、内心そう思っていて、まあこの時は出るとは思ってもみなかったわけ。
それで、次の日曜日に行こうということになって、俺は正直、日曜日
ダラダラして行きたくなかったんだけど、ビビッて行かなかったとか思われたく
なかったから仕方なく行くはめになってしまったんだよね。
ーーー
「そろそろじゃないですか」
助手席に座っている健太が不意に声を出した。辺りの景色は、すっかり真っ暗で
ただ暗黒の広がる森の中をうっそうと進んでいく。
「ああ。そろそろだな」
このバカバカしい計画を立案した運転席に座っている先輩が
頷きながら声を出す。
俺たち、オカルト研究会のメンバーは車に乗っていた。前の助手席には、俺の
友達の健太、運転席に座っているのは先輩で後部座席に座っているのが俺ただ一人だ。
俺としては、心霊スポットとか特に興味がなかったんだけど先輩に誘われて
仕方なく来てしまった。思えば、このサークルに入ったのも先輩に誘われてだ。
「お化け出ますかね?」
「出るよ。俺たちが行こうとている心霊スポットは、ネットでも結構出るって評判の所だし」
運転席に座っている先輩は、そう真面目そうに言うがその隣に座っている健太はニヤニヤしている。その様子から、健太は出るとは滲んも思っていないのが窺えた。
「おい。健太!お前そんなニヤニヤしているとお化けの餌食になるぞ」
俺は、茶化すようにそう言ったが、健太はまったく相手にせず、
「バーカ出ないって。お化けとかいるわけないじゃん」
「まあ。そう言うな健太、あの心霊スポットは、本当に出るって評判
なんだぞ」
先輩がそう言っても健太は全く相手にしない。
「いや先輩、それは何かの間違えで人形とか見て、お化けとか言っているんじゃ
ないですか?」
「いや、それでもこの口コミの量はおかしい。中には、帰らない人もいて
警察も捜査しているそうだぞ」
俺は、スマホで一応その心霊スポットについて調べてみたが、どうやらかなりやばいらしい。なんでも白装束を着た長い髪の女の幽霊が追いかけてくるらしい。車で逃げても森を出るまではずっと追いかけてくるらしい。
「らしいですね。実は、本当にいたり?」
俺は、健太を怖がらせるために行ったが、むしろ健太は笑っている。
「ないない。絶対にいないってー」
「いや、意外と分からないぞ。世の中には、科学で解明できないことは
色々あるんだぞ」
そう、先輩が言うが、正直俺もその女の幽霊がいるとは思っていない。つまり、
ここでいると思っているのは先輩ただ一人だ。
ーーー
やがて、道がどんどん狭くなってきた。その道の幅は車が一台だけ通れるかという狭さで、正面から車が来たら確実に衝突するだろう。
しばらくすると、完全に暗黒の世界に入った。もう、車のライトしか光がない。森は、依然とうっそうとしていて、空を覆い隠すほどに木が生えていた。手入れが行き届いていないことが一目瞭然だ。狭い道にも所々雑草が生えていて、道はもうすでに凸凹していて車が激しく揺れた。
「やっと見えてきたぞ」
先輩が嬉しそうに言った。もう、車を出してから二時間くらいは経っている。
そこは、森の開けたところにポツンと立っている古びれた洋館だった。造りは西洋風でひと昔前に造られたようだった。手入れなど当然されているわけがなくレンガ造りの壁に自然が侵食している。その侵食は、二階にある煙突までにも及んでいる。
「誰が、こんな所にこれを造ったんでしょうね」
「さあな。こんな森の奥で売れるわけがないのに馬鹿な奴だ」
その洋館には小さな駐車場があって、車二つ分くらい停められそうだった。そこに俺たちは車を停める。ライトが消えた瞬間に真っ暗になったのですかさず用意していた懐中電灯を取り出して車から出た。
懐中電灯の小さな光で洋館の全体像を調べてみたが、光が小さすぎてよく
分からない。取り合えず分かったことは、自然に侵食されているくらいだ。
「取り合えず入ってみっか」
先輩がそう言って俺たちの前に行き先頭で歩き出した。
洋館の入り口は、洋館の正面にある駐車場のすぐ近くで、ドアも西洋風だ。
ドアの前に来ると先輩が声を出す。
「お前ら、離れるなよ。離れたらお化けに食われるからな」
「はは。先輩食われるってなんですかそれ」
先輩のジョークに健太が吹き出した。こんな時でも健太らしさは抜けていない。
「まっさきに健太が食われそう」
俺は、そう言ってからかってみたが健太は、暗闇越しでもまだ笑顔だ。
「いやいや。その時は俺が倒すから任せてくれ」
健太は、袖をまくったような動作をした。どうやらお化けを素手で倒すらしい。
「バカやっていないで入るぞ」
先輩は、そう言ってドアを恐る恐る開けた。
『チリンチリン』
「「「っ!?」」」
やけに甲高い音だった。俺たちは、一瞬びっくりしたが、すぐにそれが
ベルの音だと気づいた。
「なんだよ。ベルかよ」
健太は、ドアの上の方を指差した。そこには、ベルがついていて、ドアを
開けると鳴る構造のようだ。
「ああ。これあれだよ。客が来たことを知らせるのさ。これで」
「なーんだ。驚かせるなよ」
健太の声は、少し上ずっていてベルの音でどうやら動揺しているらしい。
「なあ。健太、お前一番驚いてなかったか」
「っ!...いや、違うよ。武者震いさ」
健太は、そう言うが声はかなり上ずっている。
「よし!入るぞ!」
先輩がそう言い、中に入っていく、俺たちも後に続いた。
そこは、もう完全にレストランだった。周りは一面、白い布が掛けられたテーブルがいっぱいでその背丈はかなり高い。正面のカウンターには、道具が乱雑に散らばっていてかなり汚い。
「なあ。洋館って泊まる所じゃなかったけ?ここって完全にレストランなんだけど」
「そのはずなんだけど、どうやら情報が少し間違っていたらしい」
確かにここは、洋館じゃない。奥にもこれ以上道などなく、一面テーブルでいっぱいだ。
「あそこの奥は、テーブルしかないみたいだね」
「じゃあ、カウンター行ってみる?奥に調理場みたいな場所があるし」
カウンターは奥に道がある。だが、あまり広そうには思えない。
「そうですね。そこに行きましょう」
健太も同意の頷きをすると、俺たちはカウンターへと歩を進めた。
カウンターには乗り越えて入る。そこは、バーみたいな構造で入れそうなところはどこにも見つからなかった。否、暗すぎてよく分からなかった。懐中電灯の光は非常に小さく、正直あまり視界が確保できていない。
「入るぞ...」
奥の暗黒の部屋の前で、先輩は一度振り返り俺たちの顔を確認した。
俺が頷くと先輩はゆっくりと中に入っていく。
「「「っ!?」」」
そこは、まるで廃病院のような場所だった。地面には血のようなものが付着していて周りには血だらけのベッドとシーツが乱雑に散らばっていた。
「先輩、ここは?」
「分からない。だが、さっきまでの洋館の雰囲気とは違うのは確かだ」
「奥、行きますか?」
部屋の全貌は一目で確認できたが、奥にまだ部屋が一つあるようだった。
「いや、やめとこう。なんか危険な香りがする」
そう先輩が言うと俺と健太が頷いた。体は、本能的にここは危険だと言っている。というか、鳥肌が立っていて体が膠着している。早く逃げたい気持ちでいっぱいだ。
「撤退だ...」
先輩が振り向いて言うと、俺たちもそれに頷く、黙って後ろを振り向いた。その
時だった。
『スタタタタタタタタ』
そう奥の部屋から足音がしたのだ。それもすごい速さで。
「「「ひぃ!!」」」
俺と健太は、後ろを見ずに走り出した。カウンターを乗り越え、入り口の
ドアを蹴破る。そして、車へと一目散に走りだした。
「なんなんだよ!!!」
健太は、大声で絶叫する。俺も絶叫したい気持ちでいっぱいだ。しかし、俺の
体はガチガチに震えていて声が出ず、あの場所から逃げ出したのが奇跡的なくらいだ。
やがて、車にたどり着く。運がいいことに俺たちは鍵をかけていない。俺は、
後部座席に健太は、助手席に飛び込み、すぐにドアを閉めた。
だが、ここでおかしいことが起こる。
「あれ、先輩は!?」
そこに先輩の姿はいなかった。慌てて、フロントガラスで確認したが
先輩は、いなくて蹴破られたドアからも出てくる気配がない。
「やばいって!!もう逃げようぜ!」
健太は、運転席に飛び移るとアクセルを踏みバックで車を後ろに走らせると
すぐに直し、正面で走り出した。
「おい!馬鹿!先輩は!!」
俺は、慌てて声を掛けたが、健太の判断で正しいことを確認する。
「ひっ!!」
見えたのだ。バックミラーで先輩の頭部らしきものを口に咥えた髪の長い女が出てくるところが。
「もっと速く走らせろ!あの女が来るぞ!」
健太もバックミラーを確認すると、フルスロットルで車を走らせた。
すぐに、暗い夜道に出る。
「うわああああああ!!」
信じられないことが起きた。いや、すでにあの女の存在が信じられないことだが
それよりももっと信じられないこと。なんと、あの女が追いかけてきたのだ。それもかなりの速度で。
今、この車はかなりの速度が出ていてもうすでに60キロに到達しようとしている。なのに、あの女は、ぴったりついてくるのだ。さらに、気持ち悪いことにあの女は四つん這いでその速度を出している。動くごとにその長い髪がゆらゆらと揺れておぞましい。
「やばいって!!あいつは、化け物だ!!!もっと速く走らせないと追いつかれる!!」
「無理だ!これ以上出したら、ぶつかるかもしれない」
健太もかなり焦っていて、その額は汗でダラダラだ。この暗黒の世界で
これ以上の速度を出すのはかなり危険だ。
「やばい追いつかれる」
もうすでに女は四つん這いのままでかなり迫っている。その距離は、僅か数10メートルだろうか。このままいけば確実に追いつかれる。
「もっと速度出せ!」
健太もバックミラー越しに確認したのか慌てて車の速度を上げた。
しかし、
『ヒヒヒヒヒヒヒ』
そう奇妙な脳に響く笑い声をあげると、女は飛び跳ねた。
『ドスン』
上から音がした。
「やばいやばい!!車の上に乗られた。健太!あいつを振り落とせないか!?」
「分かってる!でもこの狭い道じゃできない!!」
もう、俺は体中に鳥肌が立っていて恐くて上を見上げられない。確実に
人が上に乗っているという気配がする。
『ギシシシシシシシ』
聞きたくもないような音がした。それは当然上から。
「「うわああああああ」」
その音はもう考えなくても直感的に分かる。天井をはがそうとする音だ。
天井がビリビリとはがれていく。そして、上から冷たい空気が頬をかすめた。
「ひぃ」
俺は、怖くて上を見上げられなかった。目を下にやる。
『うひひひひひひひひ』
その不気味な声で思わず上を見やってしまった。そこには、長い髪の
女が口を裂けさせ、俺を飲み込もうと飛び込んでいるところだった。