第4話:はしゃぐ姉と懇親会(後編)
テーブルの上の料理が見事に無くなった代わりに、俺の腹はぱんぱんに膨れている。隣に座るアキラも青い顔で膨らんだ腹を抱えていた。
「も、もう食えんうっぷ」
「誰だよこんなに作ったのうっぷ」
「お前だろが」
動く気力も起きず、ぼーっと中空を見つめる俺たち。しばらくそうしていると、なんとか動けるくらいには回復してきた。
その時、横から姉ちゃんの声が響く。
「いやー食った食った。はーちゃんデザートー」
「つみれさんまだ食うのかよ!?」
姉ちゃんの言葉に反応して驚きながらツッコミを入れるアキラ。そんなに驚くことか? この人いつもこんな感じだぞ。
俺は席を立って冷蔵庫からデザートを出し、姉ちゃんの前に置いた。
「はい、プリン」
「ひゃっほーぅ♪」
「デザートあるのかよ……」
飛び上がりながら喜ぶ姉ちゃんと、ゲンナリしながらプリンを見つめるアキラ。なんかさっきより老けたような気がするな。
「あ、私もプリン食べたいな」
「まさかの委員長参戦!? お腹いっぱいじゃないの!?」
さっきまで俺達と一緒に唸っていた委員長だったが、プリンを見た瞬間元気になった。プリンすげーな。
委員長はアキラからのツッコミに対し、頬を赤くしながら頭をかく。
「甘いものは別腹っていうか……えへへ」
「くそぅかわいいな。ハヤト、俺にもプリンくれ」
片手を挙げながら俺にプリンを頼むアキラ。別にいいけどせめて俺を見て言えよ。委員長に釘付けかお前。
「わかった。ただしお前はコーヒーゼリーだ」
「なんで!? 好きだからいいけど!」
少なからずショックを受けているアキラ。俺はそんなアキラに構わず冷蔵庫へコーヒーゼリーとプリンを取りに行った。
「アタシもコーヒーゼリーがいい」
「希望者がいたよ!?」
横目で俺を見ながら小さく主張する一ノ瀬さん。驚いているアキラは置いといて、俺は冷蔵庫の中からコーヒーゼリーとプリンを取り出してそれぞれの席の前に並べた。ちなみに俺は紅茶が飲みたいので紅茶を淹れることにする。
こうしてそれぞれの前にデザートが置かれ、ようやく話ができる雰囲気が整った。親睦会なんだから話をしないとな。
俺は紅茶を一口飲みながら、皆の顔を見渡した。
「さて、せっかく集まったんだから今後のことでも話すか?」
「ええー、みんなでゲームしてアニメ見ようよぉ」
口を3の形にしながら不満そうに言う姉ちゃん。一番の年長者がこれだもんなぁ、それ言ったらぶっ飛ばされそうだけど。
「お泊まり会じゃないんだから……いや、懇親会という意味ではそれも正しいのか?」
親交を深めりゃいいんだから、姉ちゃんの案もあながち間違ってはいないのかもしれない。腕を組んで紅茶の水面を睨みながら悩んでいると、委員長がスプーン片手に「プリンおいしいー」と呟いた。おっと、もう最後の一口じゃないか。俺は慌てて席を立つと冷蔵庫からチョコケーキを取り出して委員長の前に置いた。
「気に入ってもらえてよかったよ。はいこれチョコケーキ」
「だ、第2デザートが出てきた」
「???」
委員長は口の端からちょっとだけ涎を垂らしながら、目の前のチョコケーキを見つめて何かと葛藤している。俺はその反応を不思議に思いながらもみんなの前にチョコケーキを並べる。するとアキラがぐっと右手を握りしめた。
「ともかくこのメンツで文化祭を乗り切るんだし、仲良くしようぜ!」
「うんうん。仲良きことは美しきかな」
アキラの言葉を聞いた姉ちゃんはにこにこしながら頷く。ふと姉ちゃんの前の皿が空になっていることに気付いた俺は再び立ち上がって冷蔵庫からチーズケーキを取り出した。当然ながらみんなの前にそれを置く。
「満足げだな姉ちゃん。はいチーズケーキ」
姉ちゃんは目の前にチーズケーキが置かれると「わぁい!」と瞳を輝かせてそのままがっついた。
アキラはフッとかっこつけながら笑うと、俺に向かって声をかける。
「しかしハヤトよ。この懇親会も必要だったのかもしれんぞ。俺たち同じクラスなのに全然話したことなかったからな」
何故かっこつけながら言うのかはわからんが、言ってることはもっともだ。俺はキッチンからクッキーの入った大皿をみんなの前に運びながら返事を返した。
「そうだな、そういう意味では良い機会か。はいクッキー」
「ちょっと待て。なんか無限にお菓子が出てくるんだけど。何ここ田舎のおばあちゃんち?」
アキラはその表情を若干恐怖に歪めながら言葉をぶつける。俺は思わず眉間に皺を寄せた。
「なんだよ、人の親切を」
「いや第2デザートまでは親切だよ? でもそっから先は暴力だろ。何キロ太らせて食うつもりだよ」
「怖い童話じゃんそれ! 食わねえよ!」
ガーンという効果音を背負いながらアキラへと言葉を返す俺。こいつは俺をなんだと思ってんだ。
俺がショックを受けていると、委員長がクッキーを頬張りながらすっくと立ちあがった。
「そうふぁよ! ……むぐむぐごっくん。そうだよ、蘇芳くん! 今は太るとかそういうワード禁止!」
「微妙に怒るポイントズレてるけどすんませんでした!」
委員長の言葉を受けたアキラはその勢いに気押されて謝る。そんなアキラを見た委員長は「わかってくれればいいんだよぉ!」と微笑むと再び席に座ってクッキーを食べ始めた。
一ノ瀬さんは「どっちにしても太るのは変わらないだろ……」と大粒の汗を流しながら委員長の口の端についたクッキーの粉をハンカチで拭った。意外と面倒見良いんだな。
「それにしても、玲奈ちゃんは笑わないねー」
「ん? ああ、そういえばそうだな」
姉ちゃんは机に頬杖をつきながら一ノ瀬さんを見つめ、心配そうに呟く。なんか唐突だが、言われてみれば一ノ瀬さんが笑ってるとこ見てねえな。
姉ちゃんは両手の指で自分の口の端を持ち上げながら一ノ瀬さんへと言葉を続けた。
「一ノ瀬ちゃん、遠慮しないで笑っていいのよ? 2リットルくらい」
「その単位はよくわからんが……一ノ瀬さん、楽しくないかな」
俺は少し眉を顰めながら一ノ瀬さんへと話しかける。一ノ瀬さんは胸の下で腕を組みながら淡々と答えた。
「別に、ふつう。元から笑わないだけでしょ」
「それはいかん! 一ノ瀬ちゃんにらめっこしよう!」
姉ちゃんはふんすと鼻息を吹き出して机をぶっ叩きながら立ち上がる。そのままずんずんと一ノ瀬さんの隣へと歩いていくが、一ノ瀬さんは嫌そうな顔全開で口を開いた。
「いや、やらな―――」
「笑ったら複雑骨折ね! はいスタート!」
「一方的な上にごつい罰だなオイ」
姉ちゃんはぱんっと両手を叩き、一ノ瀬さんの顔を正面からじーっと見つめる。唐突に始まったにらめっこだったが、一ノ瀬さんは欠片も笑う気配がない。むしろ勝負を仕掛けた姉ちゃんがもう笑いそうだ。
「……ふぬっ。あはははは!」
「よわっ」
「一ノ瀬さんなんもしてねえな」
速攻で爆笑する姉ちゃん。この人にらめっこ向いてねえよ。
やがて自分が笑ってしまったことに気付いた姉ちゃんは「はっ!?」と両目を見開いたかと思えば、素早い動きで床で小さく丸まるように土下座する。髪が茶色いからきなこ餅みたいだな。
「こ、骨折は勘弁してください……せめて心の複雑骨折でお願いします……」
「いや、別にどこも折らなくていいから」
一ノ瀬さんは少し呆れた様子で手をぶんぶんと横に振る。そもそもやる気なかったわけだし、そりゃ罰ゲームなんて望んじゃいないだろう。一ノ瀬さんの言葉を聞いた姉ちゃんは満面の笑顔でぴょーんと立ち上がって抱き着いた。
「ほんとっ!? 玲奈ちゃんやさしー!」
「暑い。体温高い」
「姉ちゃんは無駄に体温高いからな」
一ノ瀬さんに抱き着いてほっぺ同士をくっつける姉ちゃん。今剥がすと泣き喚いて迷惑がかかりそうなので少し泳がせていると、姉ちゃんは一ノ瀬さんを離して何かを思いついたように右拳を天井に突き上げた。
「そうだ! そんならゲームしようよ! そうすりゃ玲奈ちゃんも楽しくて笑うかも!」
ここにきてドヤ顔全開の姉ちゃん。俺は頭に疑問符を浮かべてリビングのテレビを横目で見ながら質問した。
「ゲームって、テレビゲーム? みんなで出来るゲームあったかな」
アキラと姉ちゃんと俺でたまに遊んでるからゲームはあるけど、この人数で遊べんのかな。
俺が我が家のゲームラインナップを思い出していると、姉ちゃんはどこからかしゅばっと割り箸を取り出した。
「ふっふっふ。違うよはーちゃん。この一本だけ赤くなってる割り箸を使うのさ!」
「つみれさぁん!? そ、そのゲームはまさかぁ!」
突然アキラのテンションが爆上がりし、満面の笑顔で席を立つ。先端が赤くなった割り箸を使うゲームって……まさか王様ゲーム!?
「そう! “割り箸レボリューション”だよ!」
「なんて!? 王様ゲームじゃないの!?」
姉ちゃんの口から飛び出したまさかのゲーム名にツッコミを入れる俺。姉ちゃんは心底不思議そうな笑顔のまま首を傾げた。
「オウ……サマ……?」
「いや王様は知っててよ頼むから!」
王様という単語自体に疑問符を浮かべている姉ちゃんに言葉をぶつける俺。しかし姉ちゃんはすぐにあっけらかんとした笑顔でぱたぱたと手を振った。
「だいじょーびだいじょーび。王様ゲームってあれでしょ? 王様をみんなで訳もなく糾弾して火炙りにするやつ」
「王様かわいそうじゃねーかやめてやれよ!」
唐突な残酷宣言に動揺する俺。その様子を見ていたアキラは笑いながら姉ちゃんへと声をかけた。
「王様ゲームってのは、くじ引きで決まった王様がみんなに好きな命令するゲームっすよ。合コンとかでやるやつ」
「合コンだとぉ!? 合コンというと…………エロエロか?」
姉ちゃんは突然背後に立たれたくないスナイパーみたいな顔になりながら、アキラへと質問する。何そのハードボイルドな顔。どうやってんの?
「ふふっ。もちろん、エロエロっすわ……」
いつのまにかアキラまで劇画調の顔になりながら、姉ちゃんへと返事を返している。俺は頭部に大粒の汗を流しながら口を開いた。
「二人して劇画調の顔になってるとこ悪いけど、エッチなのはダメだろ」
「ちぃっ!」
「なんだよケチ! 鬼ババァ!」
「非難ごうごう!? 俺普通のこと言ったよね!?」
姉ちゃんとアキラの二人に責められた俺はがっくりと肩を落とし、委員長は心配そうな顔をしながらわたわたしていた。
「まあとにかくやってみよーぜ! はい、みんな引いて!」
姉ちゃんはこれでもかというほどの笑顔でいくつかの割り箸を縦に持つと、机の上に突き出す。姉ちゃんが持ってる箸の中から一本選べってことだよな、多分。
俺は仕方なく手を伸ばすが、一ノ瀬さんは不満全開の顔で口を開いた。
「いや、アタシはやらな―――」
「不参加の場合は無条件でアキラっちとキスね」
姉ちゃんが無茶苦茶な事を言ったその瞬間、残像が残るくらいの速さで割り箸の一本を引き抜く一ノ瀬さん。そんなにキスが嫌なのか。
「決断はやっ」
「ねえ、オレ泣いてもいい?」
アキラは瞳の端に輝く何かを溜めながら俺に質問する。そんなこと俺に聞くなよ。でも泣いていいと思う。
「な、なんかはじめてだから緊張するね」
委員長は胸元に握った左手を当て、緊張した面持ちで割り箸を一本掴む。俺も割り箸を掴みながら委員長に声をかけた。
「大丈夫だ委員長。俺がリードする」
「……お前らそのやりとり絶対外でするなよ」
「「???」」
苦虫を噛みつぶしたような顔をしているアキラの言葉に、同時に疑問符を浮かべる俺と委員長。ともかくこれで全員引く割り箸は決めた。それを察したアキラは姉ちゃんへと耳打ちする。恐らく王様ゲームの作法を教えてるんだろう。
「なるほどそう言うのか! んじゃいくよー! “王様だーれだ!”」