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第4話:はしゃぐ姉と懇親会(前編)

 文化祭用倉庫の中心に机を並べて、俺は会議の議長として神妙な面持ちで机に両肘をついている。

 春先の風は爽やかに倉庫の中を吹き抜けるが、緊張感抜群の会議の空気までは温めることができない。

 俺は緊迫した様子のメンバーの顔を見回すと、口を開いた。


「えーでは第一回”なんでつみれ姉ちゃんここにいるんじゃい会議”を始めます」

「いいぞー! やれやれー!」


 神妙な面持ちの俺とは対照的に、姉ちゃんは外野からヤジを飛ばす。我慢できなくなった俺は立ち上がって声を荒げた。


「いややっぱこの会議意味ねえよ姉ちゃん! 自分で話してくれればいいじゃん!」


 突然学校にやってきた姉ちゃんに理由を尋ねたところ「理由がわからないなら会議をすればいいじゃない」とエキセントリック極まりない返事が返ってきた。なんとなくノリで会議開いてみたけど、これ絶対意味ねえだろ。みんなもよくこんな茶番に付き合ってくれたもんだよ。


「いやーお姉さん相変わらず突然っすねー」

「アキラっちごめんごめん! 驚かしちゃったね!」


 姉ちゃんの頭突きを食らって鼻血を出したアキラは鼻にティッシュを詰めた状態で頭をかく。姉ちゃんはそんなアキラの背中をバンバン叩きながら返事を返した。アキラの体が揺れる度に鼻血が噴き出るが、アキラは笑いながら「勘弁してくださいよ~」と返している。あいつ意外と心広いな。


「ってそうじゃなくて! 結局姉ちゃんなんでいんの!?」


 俺はばんっと机を叩いて立ち上がりながら姉ちゃんを問い詰める。姉ちゃんは口を3の形にしながら返事を返した。


「せっかちさんだなぁはーちゃんは。お姉ちゃんもうちょっと遊びたいんだけど」

「充分遊んだよね!? 流血沙汰になってるんだから早く教えて!」


 机を叩きながらさらに姉ちゃんに詰め寄ると、姉ちゃんは座った足を横にぶらぶら動かしながら返事を返した。


「ほら、あたし小説家じゃん? だから今度の文化祭で講演することになったんよ。ここの卒業生だし」


 姉ちゃんは座ったままえっへんと胸を張る。俺は小さく息を落としながら席に座った。


「あー、なんだそういうことか。じゃあいいや」

「ちょっとお!? もっとお姉ちゃんに興味持ってはーちゃん!」

「どうしろってのよ……」


 姉ちゃんは半泣きになりながら俺に向かって手を伸ばす。隠したり興味持てって言ったり、何がなんだかわからねえ。

 そんな姉ちゃんの様子を見たアキラは頭に疑問符を浮かべた。


「文化祭で講演するのはいいとして、なんで今いるんすか?」

「あ、そういえばそうだな」


 さっきは思わず納得してしまったが、確かにアキラの言う通りだ。文化祭で講演するだけなら今学校にいる必要はないもんな。

 アキラの質問を受けた姉ちゃんは両手で頬杖しながらぽやぽやと答える。


「あのねー、学園長に“あたしの弟文化祭実行委員なんすよー”って言ったら”じゃあ委員会の顧問やればいいじゃん”って言うから“おっけー♪”って返事したの」

「軽いな!? 姉ちゃん教員免許とか持ってねえし!」


 普通委員会の顧問って先生とかがやるんじゃねえの? 姉ちゃん先生は先生だけど学校の先生ではないぞ。

 俺が心配そうな顔をしていると、姉ちゃんは真剣な表情をしながら組んだ両手で口元を隠し、言葉を落とした。


「はーちゃん大丈夫だ。私は教員免許を持っている人を見た事がある」

「それゴリッゴリ無免許じゃん!」


 姉ちゃんのトンデモ理論にツッコミを入れる俺。しかし今度はアキラがにっこりと笑いながら声をかけてきた。


「落ち着けハヤト。俺は特殊二種免許を持っている人が近所に住んでたらいいなと思ってる」

「もう教員免許関係ねえな!? タクシーとか運転したいの!?」

「わ、私は近所に本屋さんできたらいいなーって思ってるよ!」

「委員長まで!? ていうかそれもう免許ですらねえ!」


 まさかの委員長参戦とは。さすがの俺も面食らったぜ。


「あ、アタシは……」

「やめて一ノ瀬さん! そんな一ノ瀬さん見たくない!」


 何かの使命感に駆られたのか、参戦しようとする一ノ瀬さんを制する俺。一ノ瀬さんは少し不満そうに腕を組み、つみれ姉ちゃんは呑気に笑いながら口を開いた。


「大忙しだねぇはーちゃん」

「誰のせいですかね!?」


   俺は連続ツッコミの疲れからか、ぜいぜいと息を切らせる。ああもう、なんていうか水が飲みたい。


「えっと、藤宮くん。この方は藤宮くんのお姉さんでいいんだよね?」


 委員長はおずおずと手を挙げながら俺に質問する。そうか、姉ちゃんとは初対面だもんな。紹介しねえと。


「えーっと、こちら俺の姉ちゃんで、名前は―――」

「スタァァァップはーちゃん! 自分で自己紹介すっから!」

「お、おう」


 姉ちゃんは立ち上がりながら声を張り、俺の言葉を遮る。仕方なく姉ちゃんの次の言葉を待つ俺たちの間を、春の風が通り抜ける。

 グラウンドから響く運動部の声が一段落すると、姉ちゃんは大きく息を吸い込んだ。


「自己紹介します! あたしは―――」

「……姉ちゃん?」


 自己紹介を始めようとする姉ちゃんだったが、ドヤ顔のままでフリーズする。元からバグってるような存在だったけど、本格的に壊れたんだろうか。

 止まってしまった姉ちゃんを見てお互いに顔を見合わせる俺達。もう一度声をかけようと口を開いた瞬間、姉ちゃんは天井に向かって声をぶつけた。


「親睦会じゃあああああああああああああああああああああ!」

「うるさっ!? 情緒が不安定すぎる!」


 突然大声で叫んだ姉ちゃんにツッコミを入れる俺。しかし姉ちゃんは俺のツッコミなど意に介さず言葉を続けた。


「ちんたら自己紹介するより、みんなうちに来て親睦会すればいいじゃん! それがいい! それでいこう!」

「急だな!?」


 これ絶対今思いついたやつだろ。いきなりすぎるわ。

 俺は助けを求めるようにアキラの方へと顔を向けた。


「アキラもなんか言ってやってくれよ。このままじゃめちゃくちゃに―――」

「親睦会じゃああああああ!」

「もう取り込まれてる!」


 アキラは両手を広げた状態で立ち上がり、姉ちゃんに負けないくらい大声で叫ぶ。お前はほんと、そういうやつだよ。


「あっ、で、でも、藤宮くんのお家は行ってみたい、かも」

「えっ」


 委員長はおずおずと手を挙げ、少し恥ずかしそうにしながら発言する。俺は呆然とした表情で委員長の方を見た。


「アタシは興味ないけど、まあいいんじゃない」

「えっえっ」


 一ノ瀬さんからのまさかの一言に、さらに驚きながら視線を向ける俺。一ノ瀬さんはそっぽを向いてしまって視線が交差することはないが、窓ガラスに反射したその顔は少し赤くなっていた。


「よし、じゃあ今日の6時から親睦会を始めよう! はーちゃんは今すぐ帰って料理作って!」

「ええええええええ!?」


 何故かドヤ顔の姉ちゃんの言葉を受けた俺は、姉ちゃんやアキラに負けないくらい絶叫する。こうして俺は全力ダッシュでスーパーに走るはめになり、乱れた呼吸を治す暇もないまま料理と家の掃除にとりかかるのだった。







「はぁ。な、なんとか間に合った……」


  料理を終えた俺は全速力で掃除を始め、どうにか親睦会の開始時間までにリビングやダイニングの掃除を終わらせた。

 俺は掃除の終わったリビングに立ちながら深いため息を落とす。普段からちょこちょこ掃除しておいて本当によかった。アキラ以外の来客なんて久しぶりだからな。

 ふとリビングの大きな窓から外を見ると、茜色の光が部屋の中に入ってきている。もうすぐ夜の帳が降り、この辺りも少し暗くなってくるだろう。

 窓を開けているおかげで春先の爽やかな風と、ほんのり海の匂いが部屋の中に届く。俺がその爽やかな風の中で深呼吸していると、視界の端に時計の針が見えた。

 時計の針はちょうど6時を指し示し、親睦会の準備がギリギリだったことを物語っている。当日の思いつきだからな、それも無理はない。

 俺が少し凝ってしまった肩を自分で揉んでいると、チャイムの音が鳴り響いた。


「やっほーはーちゃん。みんな連れてきたよお」

「おかえりそしていらっしゃい。あ、これスリッパね」


 玄関に出迎えに行った俺は姉ちゃん達を家に招く。「まずはトイレいってくる!」と叫びながらずかずかと家に入っていく姉ちゃんを横目に、俺はみんなに向かってスリッパを並べた。

 家のドアの前に立っているアキラ、委員長、そして一ノ瀬さんは玄関へと入ってきた。


「お、おじゃますます!」


  委員長は緊張した様子で俺の置いたスリッパにおそるおそる足を通す。何故かわからんがガチガチだな。俺まで緊張してきた。


「いやーここに来るのも久しぶりだぜ」

「お前は昨日も来てただろうが。夕飯まで食っていきやがって」


 慣れた様子でスリッパにずぼっと足を通すアキラ。さすがに週三日以上遊びに来ているだけに慣れてる。もはや実家のような振る舞いだ。


「おじゃまします」

「あっ、ど、どうぞ。むさくるしい所ですが」


 最後にやってきた一ノ瀬さんにどもりながらスリッパを指し示す俺。どうもまだ緊張しちまうんだよな。

 一ノ瀬さんはスリッパに足を通すと、ギラリとした目で俺を睨みつけた。


「後であんたの部屋行くから」

「なんで!?」


 俺からの質問には答えず、リビングに向かって堂々と歩いていく一ノ瀬さん。え、なに、どゆこと? なんで俺の部屋に行くの? 掃除してないので勘弁して下さい。

 そうして動揺していると、早足で歩いていたアキラがリビングに到着してそのドアを開いた。


「さーてハヤトはどんな料理を……は?」

「??? どうしたアキラ」


 リビングのドアを開けた状態で固まっているアキラに対して疑問符を浮かべる俺。リビングのテーブルには懇親会用の料理が並んでいるはずだが、何か変なとこでもあったんだろうか。

 俺が一緒になってリビングの中を覗き込むと、アキラは料理を指差しながら声を荒げた。


「いやお前この料理、どういうことだよ」

「??? からあげと餃子とサラダ4種と鍋3種とサンドイッチとおにぎりとパスタ4種とピザ3種だが?」

「おすもうさんかよ! だからそれがどういうことかって言ってんの!」


 アキラはバンバンと自身の両膝を叩きながら声を荒げる。一体どうしたってんだ。あ、もしかして―――


「すまん、料理足りなかったか?」

「作りすぎだよオーバーキルだよ! どんだけ張り切ったんだお前!」

「なにを!? それじゃまるで俺が料理作りすぎみたいじゃねえか!」

「まるでじゃなくまさにそうだよ! なんだこの量バイキングの食事!?」


 ギャーギャー声を荒げるアキラと言い合いをする俺。すると委員長俺とアキラの間に割って入った。


「あの、二人とも落ち着いて。サンドイッチとかは持ち帰れるかもだし」

「そうふぁよー。おいふぃからだいじょぶ」

「「姉ちゃん(つみれさん)もう食ってるし!」」


 いつのまにか椅子に座っていた姉ちゃんは、いただきますを待たずに餃子を頬張っている。

 この人はほんとに……でも毒気は抜かれた気がするな。


「と、とりあえず座ろ? ねっ?」

「まあ、委員長がそう言うなら」

「だな。喧嘩するようなことでもねえし」


 俺とアキラは同じタイミングでリビングに入ると椅子に座っていく。こうしてようやく全員が食卓の席についた。

 それを見た姉ちゃんはシャキッと立ち上がり声を上げる。


「じゃあ自己紹介ね! みんな名前と好きな椅子の形を言うように!」

「なんで椅子!?」


 驚きながら声を上げるアキラ。無理もないが姉ちゃんにツッコむだけ無駄だ。どうせ適当な思いつきだろう。

 姉ちゃんは多分何を言っても撤回しないだろうし、俺は諦めながら息を落とした。


「まあ姉ちゃんのための自己紹介だし、本人が聞きたいならいいじゃねえかな。でも俺とアキラはいらないんじゃないか」


  姉ちゃんとアキラは知らない仲でもないし、俺は姉弟だし。今更自己紹介は不要な気がする。しかしそんな俺の言葉を聞いた姉ちゃんは頬を膨らませながら不満そうに声を上げた。


「ダメだよー! ちゃんとみんなの椅子性癖聞きたいもん!」

「椅子の好みを性癖って言うのやめようね!?」


 ていうか何だ”椅子性癖”って。そんなん言われたら答えにくいわ。

 素っ頓狂な言い方をする姉ちゃんに若干疲れていると、アキラが「じゃあまずオレから紹介するぜ!」と立ち上がった。勇気あるなこいつ。


「えー、蘇芳アキラです。好きな椅子はアンティーク家具かな」


 顎の下に曲げた指を当ててカッコつけつつ椅子性癖を披露するアキラ。姉ちゃんは「ひゅーひゅー! アンティーク野郎!」とか叫んでいるが、これはヤジなんだろうか。いや、アキラは照れて嬉しそうだから賞賛なのかな。もうこいつらの感覚がわからん。

 とにかく、俺もさっさと終わらせよう。俺は持っていた箸を置くと立ち上がった。


「藤宮ハヤトです。好きな椅子は、ソファとか?」

「「エロい」」

「なんでだよ!?」


 真剣な表情で間髪入れずに呟いたアキラと姉ちゃんにツッコミを入れる俺。

 ソファなんでエロいんだよ。いいじゃんくつろげるし。

 俺が釈然としない顔をしていると、空気を読んだ委員長が立ち上がった。


「えっと、七瀬咲ななせさきです。好きな椅子は……PCデスク用、かな」

「イエーイ! 咲ちゃんかわいいー!」


 姉ちゃんのヤジに顔を赤くしながらそそくさと席に座る委員長。しかしPCデスク用の椅子が好きとは、委員長って意外とパソコンとかすんのかな。あんまりそういうイメージないけど。

 俺が姉ちゃんに褒められて照れている委員長の横顔を見ていると、今度は一ノ瀬さんが面倒くさそうに立ち上がった。


「一ノ瀬玲奈いちのせれいな。好きな椅子は……パイプ椅子?」


 少し首を傾げながら好きな椅子を答える一ノ瀬さん。まあこんな質問されるのは初めてだろうし混乱するわな。それにしてもパイプ椅子か。なんというか一ノ瀬さんにぴったりだ。

 その刹那、一ノ瀬さんがパイプ椅子を振り回しているバイオレンスな情景が頭の中に思い浮かんだ。どうやらそれはアキラも同じだったようで、俺達は無言のまま頷いた。


『絶対人を殴るための椅子だ』

『絶対人を殴るための椅子だな』

「オイ、アンタたち今失礼なこと考えたろ」

「「めっそうもないです!」」


 一ノ瀬さんの一睨みで立ち上がり、直立の状態から同時に頭を下げる俺とアキラ。そんな俺たちの様子を見た一ノ瀬さんは不満そうにしながらも席に座った。


「はー、ていうか二人ともかわええー。いい匂いするし」

「ひあっ!?」

「ちょっ!?」


 いつのまにか委員長と一ノ瀬さんの背後に回っていた姉ちゃんは二人の肩に手を回すとギューッと抱きしめて頬ずりする。

 びっくりして両目を見開いたまま固まった二人を見た俺とアキラは、すぐさま姉ちゃんを引き剥がした。


「はーい、おさわりしないでくださーい」

「犯罪でーす」

「ちょっとぉ! この店サービス悪いよ!」


 俺とアキラにはがされてずるずると引きずられる姉ちゃんは不満げに口を尖らせる。俺は小さく息を落としながら返事を返した。


「店じゃねえし。店ならつまみ出してるし」

「はーちゃんドイヒー! もっとお姉ちゃんを敬って!」


 ばたばたと両足を動かしてかんしゃくを起こす姉ちゃん。俺は素早く姉ちゃんの箸を使ってからあげを掴むとその口に運んだ。


「はいはいごめんねー。からあげ食べようねー」

「まむまむまむ……うめえ!」


 姉ちゃんは口の中にからあげを頬張ったまま両目を輝かせる。どうやら機嫌は直ったようだ。


「つみれさんちょろすぎるだろ……」

「あははっ。藤宮くんのお姉さん面白いね」


 委員長はこらえきれなくなった様子で少し吹き出し、にっこりと笑う。俺は少し嬉しくなりながら返事を返した。


「そっか、楽しんでもらえてよかったよ」

「よかったのか?」


 微妙に納得のいっていない表情をするアキラ。確かに身内の奇行で笑いを取るってのは微妙だが、まあいいじゃないか。楽しいならそれが一番だ。


「とりあえずみんなも食べよ! 冷めちゃうよ!」


 姉ちゃんはいつのまにか席に戻り、箸をぶんぶんと振りながら食事を始めるよう促す。確かに冷めたら美味しくなくなるし、そろそろ食べ始めた方がいいな。


「よし、俺が取り分けよう」


 俺はみんなが席についたのを確認すると、共有の箸を使って一番席の遠い一ノ瀬さんのお皿へと料理を運んだ。

 サラダを多めにして……餃子もいいな。おにぎりとサンドイッチと、あ、汁物として鍋も取り分けないと。まだ湯気も立っているし、一番得意なからあげも良く揚がってるな。よしよし。

 こうしていつのまにか一ノ瀬さんの前には山盛りの料理が揃っていた。まあ育ち盛りだしこんなもんだろう。


「いや、多いし」

「そんな! 一ノ瀬さんダイエット中!?」


 俺は少なからずショックを受けて数歩後ずさる。女子は痩せてるように見えてもダイエットするもんだってのは聞いたことあるが、育ち盛りなんだからちゃんと食べなきゃダメだろう。


「ダイエット以前に致死量だからこれ」

「そんなことないでしょ!?」


 若干引きながら目の前の料理を指差す一ノ瀬さん。あれぇー? このくらいは食べると思ったんだけど、もしかして目測を誤っただろうか。

 俺が悩みながらもアキラの皿に狙いを定めていると、アキラは俺の眼前に片手を突き出してきた。


「女子はそこまで食わねえし。オレはちょっとでいいからな。ほんとちょっとでいいからな!」


 何故か警戒しているアキラの言葉を受けながらも、俺は料理を取り分ける。まったく、ダイエットなんて皆には不要ですよ。アキラは男だからたっぷり食わないと持たないよな。

 俺は一ノ瀬さんの倍の量をアキラの皿に盛ると、にっこり微笑んだ。


「まったくダメだよー。若いんだからいっぱい食べなきゃ」

「おばあちゃんかな!? いいからハヤトも食えよ!」

「???」


 アキラの言葉の意味がわからず疑問符を浮かべていると、いつのまにか委員長の皿には控えめな量の料理が並んでいる。いつのまに取ったんだろ。

 少し申し訳なさそうに俺を見る委員長と目線が合い、何故か俺たちは小さく会釈しながら笑った。


「よし! とにかく食おうぜ! いたーだきーます!」

「給食!?」


 姉ちゃんの独特な音頭を受け、食事を始める俺達。食べ始めた委員長は口元を手で隠しながら両目をキラキラさせ「おいしい……」と呟く。その後何故か落ち込んでいたが、どうしたんだろうか。


「はぁーやっぱうめえ! はーちゃん世界一!」

「姉ちゃん。嬉しいけど口の周りめっちゃご飯ついてる」


 俺は苦笑いを浮かべながら姉ちゃんの口元をハンカチで拭う。こうして開かれた食事会は時折挟まれる姉ちゃんの軽快なトークに運ばれ、皆思ったより箸が進んでいた。

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