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第3話:ワイシャツとスマホ(前編)

 文化祭の備品が山積みにされた倉庫の中を、一陣の春風が吹き抜けていく。

 少し暖かな風に吹かれた一ノ瀬さんと俺達だったが、どちらも一言も発することはない。俺とアキラはただ一ノ瀬さんが倉庫にいることに驚くだけで、何も言う事ができずにいる。

 一ノ瀬さんもそんな俺たちの雰囲気が気に入らないのか、机の上に座ったままこちらを睨みつけていた。

 その時、どたどたとした足音が倉庫に向かって近づいてきた。


「ご、ごめんね遅れちゃって! なんか10メートルごとに困ってる人がいて、お手伝いしてたらこんな時間に……あれ? 何この空気」


バタバタと倉庫に入ってきた委員長は倉庫内のどんよりとした空気に疑問符を浮かべながら首を傾げる。

そんな委員長の声を背中で受けた俺はフリーズしていた思考をどうにか取り戻し、委員長の方へと体を向けた。


「委員長。来て早々申し訳ないんだけど、とりあえず状況を説明してほしいんだ」


俺の言葉を横で聞いていたアキラは壊れた人形のようにカタカタと激しく頷く。まあそりゃアキラだって知りたいよな、何故一ノ瀬さんがこんなとこにいるのか。

 委員長はそんな俺たちの空気を察知したのか、記憶の糸を辿って話始めた。


「ああ、えっと、一ノ瀬さんとはホームルームが終わった後話してね、“入る委員会はどこでもいい”って言ってたから……」

「なるほど。それで文化祭実行委員になったのか」


 確かに人数は足りてなかったし、どこでもいいというなら文化祭実行委員にスカウトするのも当然だろう。これで状況については合点がいった。

しかし……


「……なんだよ。アタシがいると不満か?」

「いやいやいやいや! 滅相もない!」


 ギラリと鋭い目つきで睨みつけてくる一ノ瀬さんに向かってぶんぶんと顔を横に振る俺。アキラはにこにこしているつもりなのだろうが、笑顔が完全に引きつっている。

 そしてその場に落ちてくる、沈黙の時間。

 一ノ瀬さんは不機嫌そうに胸の下で腕を組んだまま動かないし、アキラは一ノ瀬さんと視線を合わせようとしない。この二人相性悪いのかな……いや俺も良いわけじゃないんだけど、とにかくこの空気を和ませなければ。

 俺はできるだけにこやかに笑うと、明るい調子で言葉を発した。


「あ、えーっとアレだね! こうして文化祭実行委員が集まったのも何かの縁というか、これから楽しくなりそうだね! あはははははっ」

「あぁ?」

「ごめんなさい」


 不機嫌そうな一ノ瀬さんの視線を受けた俺は目線を斜め下に落とす。なにこれこわい。ていうか超スベった死にたい。

 俺とアキラと一ノ瀬さんの三人は視線を合わせることもなく、ただただ空気が死んでいく。そんな雰囲気を察した委員長はわたわたと両手を動かした。


「あ、えっと、えっと……」


 文化祭を一緒に盛り上げていこうというメンバーがこんなことじゃいけない、場を盛り上げなければ! という委員長の心が透けて見えるようだ。

 やがて委員長は決心するように一度頷くと、大きく息を吸い込んだ。やるのか委員長!? この場の硬い空気を一発で柔らかくするギャグをするのか!?


「み、みてみて! わーお、親指取れちゃった~♪ ……なんつって」


 委員長は親指の根元を隠しながらスライドさせ、錯覚を利用した簡単な手品(?)を披露する。ああ、初等部の頃一度はやるやつだ……五十回は見たね……

 懸命な委員長の手品(?)だったが、その場にいる誰も反応を返すことはない。ごめん委員長、俺もなんて言えばいいかわからん。

 委員長はちょっとめげそうになるが、それでも笑顔で人差し指を立てながら言葉を続けた。


「そ、そうそう! 今朝近所のおじさんがくしゃみしてたんだけど、連れてたワンちゃんも同時にくしゃみしてて、すごいシンクロー! って思って、まさにペットは飼い主に似るぅー! みたいな。みたい、な……」

「「「…………」」」


 懸命な委員長の小話だったが、誰もぴくりとも笑わない。それどころか空気がより重くなったような気もする。

 ついに委員長はその瞳に涙をいっぱい溜めてその場にうずくまってしまった。


「ふぐぅぅ……しにたい」

「なんかごめん」


 委員長は恥ずかしいやら悲しいやら、たくさんの感情が溢れ出してしまったらしくうずくまって動かない。だが俺の謝罪がとどめになったのか、委員長はちょっと涙を浮かべながら叫んだ。


「もぉぉぉっ! みんな笑ってくれないのがいけないんじゃんかぁ!」

「「ええっ!? す、すまん」」


 俺とアキラはちょっと泣きながら怒る委員長に頭を下げる。そんな委員長の様子を見て毒気を抜かれたのか、一ノ瀬さんは小さく息を落として口を開いた。


「悪かったよ。別にアタシも場の空気を悪くしたいわけじゃない。やることはやるよ」


 一ノ瀬さんは少し屈んでうずくまってしまった委員長の肩に手を置き、少し穏やかな口調で言葉を紡ぐ。屈んだ拍子に一ノ瀬さんの胸の谷間が少し見えてしまった俺は慌てて視線を逸らした。


「ううぅ、ありがとう一ノ瀬さん」


 委員長は少しふらつきながらも立ち上がり、一ノ瀬さんに笑顔を向ける。そんな二人の打ち解けた空気を感じたアキラはようやく立ち直ったのか、いつもの調子でメガネを光らせた。


「ふはははっ、みんな打ち解けられたようで何よりだ。文化祭実行委員本格始動だな」

「一番フリーズしてたのはお前だけど……まあそうだな」


 とにもかくにもこのメンバーで文化祭を乗り切らなければならない。そういう意味では最初の一歩が肝心だな。

 アキラは腕を組み、少し疲れた様子で口を開いた。


「で、始動した文化祭実行委員最初の仕事なんだが……」

「どう考えても、これだよなぁ」


 俺とアキラは倉庫に乱雑に積み上げられた机やら椅子やらの備品を見上げる。いや、雑に仕舞うにしたって限度があるだろ、なんで椅子の上に机が乗ってんだよ。


「そう、だね……これじゃ文化祭どころじゃないし、みんなで掃除しようか」


 委員長は苦笑いしながらみんなに向かって提案する。さすがにこの惨状を前にして掃除を反対する者もなく、掃除することはすんなり決定した。

 俺は上着を脱いで入り口の近くにあった椅子の上に置くと、掃除のために袖まくりする。そんな俺に向かって委員長が口を開いた。


「えっと、じゃあ私ぞうきんとか取ってくるね」

「ならオレも行こう。水を入れたバケツは重いからな」


 ドアに向かって歩いていく委員長の横をさりげなく歩くアキラ。なんでかっこつけてるのかわからんが、委員長はそんなアキラに対していつもの調子で笑顔を返した。


「蘇芳君ありがとー、助かるよぉ」

「いいってことよ。オレの事はアキラと呼んでくれていいぜ」

「うんっ、ありがとう蘇芳くん」

「あれ!? 話聞いてた!?」


 倉庫を出て掃除道具を取りに行く委員長とアキラ。まあ掃除道具と言ってもそれほど沢山じゃなかろうし、アキラ一人いれば問題ないだろう。


「えーっと……じゃあ俺たちは落ちてる本とか片付けようか」

「わかった」


 ぶっきらぼうに返事を返した一ノ瀬さんは、倉庫のそこかしこに落ちている本やら書類やらを拾っていく。

 だが一ノ瀬さんが地面の本を拾おうと体を曲げるたびにその谷間が視界に入る。赤いブラとそれに収まりきらない白い何かに俺は思わず吹き出した。


「ぶふぉふ!?」

「???」


 一ノ瀬さんは訝しげな表情で俺の顔を見上げる。い、いかんいかん。落ち着け。

 俺は熱くなった顔を手であおいで冷ましながら誤魔化すように声を張った。


「あ! 見て一ノ瀬さん! あのドアって他の倉庫への入り口じゃないかな!?」


 視界の隅に一枚のドアを見つけた俺はそれを指差しながら言葉を発する。

 一ノ瀬さんはドアの方に体を向けると胸の下で腕を組んだ。


「どうやら副倉庫みたいな部屋があるみたいね。そんなのまであって何でここまで散らかるわけ?」

「ああ、うん。それは激しく同意するよ」


 俺は周囲に積み上げられている備品と言う名のゴミ山を見上げて重いため息を落とす。

 でもまあ副倉庫が空いてるならある程度そっちに物を移動できるし、掃除もしやすくなるかもしれないな。


「とりあえず副倉庫の中に物入れたら少しはマシになるんじゃない」

「だね」


 どうやら一ノ瀬さんも俺と同じ意見だったらしく、躊躇うことなく副倉庫のドアを開く。ドアの向こうには人が六人入るくらいのスペースが広がっていた。思ったより狭いな。


「ちょっと物は入ってるけど、こっちの部屋よりは整頓されてる」

「そうだね、ちょっと整理しようか」


 俺は一ノ瀬さんと一緒に副倉庫に入り、中の物品を確認する。こっちは机とか椅子がほとんど無いみたいだけど、壁際にびっしり書類が積み上がってるのは危険だな。いつ崩れてもおかしくない。


「とりあえずパイプ椅子だけでも畳んでこっちに入れちゃおうか。あれ結構かさばってるし」

「わかった―――」


 俺の言葉に反応して返事を返そうとする一ノ瀬さん。しかしその刹那、一ノ瀬さんの背後に積み上がっている書類が一ノ瀬さんに向かって崩れようとしているのが見えた。

 言葉を発するよりも早く、俺は一ノ瀬さんの腕を掴んで自分の場所まで引き寄せる。

 一ノ瀬さんが俺のそばに来たのと同時に、一ノ瀬さんの立っていた場所は大量の書類で埋もれてしまった。紙とはいえあれだけの量だ、潰されていたら怪我は免れないだろう。間に合ってよかった。


「なっ、なななななんっ、ななななな!?」

「ん? ……あ、ご、ごめん!」


 いつのまにか俺は一ノ瀬さんを抱き寄せてしまっていたらしく、俺の腕の中で一ノ瀬さんは目を丸くして驚いている。やばい、殺される、ていうか死ぬ。

 俺が「死んだら姉ちゃんの夕飯どうすりゃいいんだ」なんてことを考えていると、一ノ瀬さんは目をとろんとしながら俺の制服を掴んできた。


「ふぁっ……」

「え? え?」


 なんか一ノ瀬さんの様子が変だ。普段の殺気が消えて、上気して赤くなった頰が妙にエロい。

 押し付けられた胸はぐぐっとその形を変え、信じられないくらい柔らかい感触が伝わってくる。心臓の鼓動も胸の奥から微かに伝わってくるし、自分の体温がどんどん高くなっていくのもわかった。


「んっ……」


 ごくりと一ノ瀬さんがつばを飲み込んだ瞬間、ほんのりと赤い唇に目を奪われる。俺は尋常じゃないくらい視線を泳がせた。

 やばい、めっちゃいい匂いする。髪サラッサラだし、お肌もスベスベだし、男のそれとは全然違う。姉ちゃんの肌に触れたこともあるが、それとも違う。きっとクラスメイトの女の子に触れているという事実が俺の頭を熱くしているんだろう。

 だがそれより今は一ノ瀬さんだ、俺はできるだけ一ノ瀬さんから顔を離しながら言葉を紡いだ。


「い、一ノ瀬さん、大丈夫? 気分悪いなら保健室行こうか?」

「だい……じょうぶ」


 一ノ瀬さんは少し息を乱しながら俺に向かって返事を返す。小さく囁くようなその声は耳にくすぐったく、一ノ瀬さんが身じろぐたびにその体が俺に擦り付けられる。

 いけません。いけませんいけませんいけませんよこれは。このままだと俺は男ならではの理由で学園にいられなくなる。ていうか捕まる。


「アキラだ、アキラの事を考えるんだ。二時間かけて作ったトランプタワーをぶっ壊した時のドヤ顔を思い出せ……!」

「???」


 奥歯を噛み締めながら苦悶する俺を一ノ瀬さんが不思議そうに見上げる。その表情も普段の強気な一ノ瀬さんと違ってギャップがあり、俺の心臓はさらに鼓動を速めた。

 それにしてもどうしたんだ一ノ瀬さんは。離れようと思えば離れられるはずだが、俺のシャツを掴んだまま離そうとしない。むしろどんどん密着してきてるみたいだ。


「ふーっ……ふーっ……」

「い、一ノ瀬、さん?」


 一ノ瀬さんはとろんとした瞳のまま俺の胸元に顔を埋めて動かない。なんか呼吸も荒いし、柔らかくて長い髪が俺の首筋をくすぐって女の子特有のいい匂いが漂ってくる。そりゃそうだこんな至近距離なんだから。それより早く体を離さないと俺のが元気になってしまうぞ。そうすりゃ最悪退学だ。


「ご、ごめんね一ノ瀬さん。一旦体離すね」

「あ? あ、ああ」


 俺は少し呆けている一ノ瀬さんに声をかける。何故離れないのかはわからないが、このままは絶対まずい。一ノ瀬さんの返事を聞いた俺は肩を掴んで引き剥がそうとしたが、一ノ瀬さんはぴくりとも動かない。むしろ引き剥がそうとする俺の力に反応してシャツを掴む腕の力を強めているようだ。


「あの、一ノ瀬さん? 掴まれてると離れられないよ」

「ああ」


 ん、ダメだこれ聞いてないぽい。全然離す気配がないしぽーっとした表情のままだ。

 しかしこのままじゃ俺の学園生活が終わるのだ。俺は勇気を出して一ノ瀬さんの肩を掴んで、その手をえいやっと伸ばした。

 伸ばしたが、一ノ瀬さんの手は俺のシャツを掴んだまま離していない。見ると一ノ瀬さんは驚異的な腕力で俺のワイシャツにしがみついていた。


「え、ちょ、一ノ瀬さん。シャツ伸びるから離して」

「うるさい! だったらアタシにシャツ寄越せ!」

「この状況でカツアゲ!? せめてもうちょっと広い場所でやらない!?」


 一ノ瀬さんの素っ頓狂な発言に動揺し、俺もおかしなことを口走る。いやカツアゲのベストプレイスってなんだよ、校舎裏か?


「うるさいな、急にワイシャツが欲しくなったんだよ! 目の前に欲しいもんがあったら奪うでしょ!?」

「発想が完全に山賊だよ一ノ瀬さん!? 落ち着いて!?」


 まだ付き合いとしては短いが、一ノ瀬さんが山賊でないことは俺にもわかる。とにかく錯乱してるようだから、落ち着かせないと。


「ぼ、ぼうやー♪ 良い子だー♪ 落ち着きなー♪」

「黙れ。そのつまんねー口縫い合わすぞ」

「すみません」


 あ、ダメ怖い。やっぱ一ノ瀬さんめっちゃ怖い。至近距離で見る赤い瞳は殺気がほとばしってるし、俺のシャツを掴む力も尋常じゃない。この力で殴られたらマジで絶命するぞ。


「あの、とりあえず離れよう一ノ瀬さん。もうすぐ二人も戻ってくるし、誤解されちゃうよ」

「うっさい! わかってんのよそんなことは! でも腕が離れないんだ。アタシに何しやがった!」

「ええええ!? 何もしてないですけどぉ!?」


 ギラっと睨みつけてきた一ノ瀬さんの眼力におののきながら顔を横に振る俺。しかしよく見ると一ノ瀬さんの瞳は若干潤んでおり、なんとなくだけど本当に困ってるように見える。どうなってんだこれは。

 とにかく体を離さねばならんが、シャツはがっしりと一ノ瀬さんに掴まれてるし―――ん? そ、そうか!


「これしかねぇ! はぁああああ!」

「へぁっ!?」


 俺はワイシャツのボタンを全部開けると両手を袖から抜いてワイシャツを脱ぐ。結果的に一ノ瀬さんは俺のシャツだけを持ち、ようやく俺との距離が空いた。一ノ瀬さんは赤い頬でワイシャツを見つめ、その目はうっとりと細められている。

 妙に艶めかしいその姿に俺は一瞬呼吸を忘れるが、とにかく危機的状況を脱したことに安堵のため息を落とした。


「ふぅ、とりあえずこれで―――」

「ただいまー! 学校中の掃除道具持ってきたぜ!」


 唐突に響くアキラの声。その瞬間俺の状態を瞬時に理解する。

 ワイシャツを脱いだ状態の俺、瞳を潤ませて顔を赤くしながらそのシャツを持っている一ノ瀬さん。

 はい、アウトー。これはもう絶対だめなやつ。しかも見られるのがアキラって最悪じゃねえか。俺は考えるよりも早く、背後に積み上げられた書類の山に頭から突っ込んだ。


「そぉぉい!」

「うわっ!? ハヤトお前何してんの!?」


 俺が頭から突っ込んだせいで書類の山は崩れ、俺の身体を完全に覆い隠す。

 書類に全身埋まっている俺を見たアキラに、力無い視線を送る俺。上半身は隠せたけどこれ重い。紙って意外と重いわ。


「アキラ。男にはな、紙に埋もれたい日だってあるんだ」

「そうか……何言ってんだお前」


 完全にドン引きしたアキラの視線。それも甘んじて受けよう。何がなんだか分からんが、ともかく一ノ瀬さんの名誉は守れた。


「あれ? 一ノ瀬さん、なんでワイシャツ持ってるの?」

「ぶふぉふ!?」


 委員長の至極もっともな質問に吹き出す俺。そうだよね、いきなりワイシャツ持って立ってたら何事かと思うよね。

 俺はない頭をフル回転させて言い訳を考えた。


「えーっとそれは……そう! 掃除で服汚れるじゃん? 一ノ瀬さんは替えのワイシャツを持ってきてたんだよ!」

「あ、そうなんだ! 準備いいね一ノ瀬さん!」


 委員会が決まったのはさっきなんだから明らかに矛盾しているんだが、幸い委員長は気付いていないようだ。一ノ瀬さんは笑顔で話しかけてくる委員長に「お、おう」と返事を返して頷いている。

 さて、俺も書類の山から出なければ。俺は体に乗っかっていた書類をどかして立ち上がる。


「ん? ハヤトお前、ワイシャツはどうした?」

「えっ」


 ああああ! 俺の馬鹿! 今出たら書類で隠した意味ねーだろ!

 再び脳をフル回転させた俺は、言い訳をアキラに返した。


「ワイシャツはその…………食べちゃった」

「言い訳ヘタ男! お前一ノ瀬さんと絶対なんかあっただろ!?」


 俺が下着にしているシャツの襟元を両手で掴みながら大声を張り上げるアキラ。俺はあからさまに視線を外しながら言葉を返した。


「な、なんもねえしマジ。全然普通だしマジ」

「語尾が変になるくらい動揺してんじゃねーかバレバレだよ!」


 何があった!? 吐けゴラァー! と俺の体を前後に揺さぶるアキラ。や、やめろ、首が締まってきもちわるい。物理的に吐く。


「と、とにかく掃除しようよ! このままじゃ日が暮れちゃうし!」


 委員長はアキラと俺の間に入り、その問答を止める。確かに委員長の言う通り、このままじゃ全く片付かずに終わりそうだな。


「ちっ、まあいい。今は勘弁してやるが、後で絶対吐いてもらうからな!」

「お前の思うような事はなかったんだが……わかった」


 睨みつけてきたアキラにぽりぽりと頬をかきながら返事を返す。こいつはボーイミーツガール的な何かを想像してるんだろうが、そういうのではないぞ。

 一ノ瀬さんが怒りながら俺のワイシャツをカツアゲして書類の山に埋もれただけだ。いや、自分でも何があったんだかよくわからなくなってきた。


「とにかくさっさと掃除しようぜ、ハヤトは上にジャージ着てからな」

「ああ。そうするよ」


 アキラのもっともすぎる言葉に頷く俺。いくらなんでも下シャツ一枚で帰るわけにもいかんからな。俺はワイシャツを持ったまま呆然と立っている一ノ瀬さんを横目に、教室に置いてあるジャージを取りに倉庫を飛び出した。

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