第6話:メイドとアルバム
「あたしだー! あたしが王様!」
「また姉ちゃんかよ!?」
「神に愛されてるな」
確かに姉ちゃんの手には赤い印のついた割り箸が握られている。マジかこの人。愛されすぎだろ。
「じゃあじゃあ、4番がメイド服を着る!」
姉ちゃんは瞳をキラキラさせながら命令を飛ばす。お着替えとは、思ったよりよくありそうな命令だったな……いや、メイド服ってのが姉ちゃんらしいけど。
「ひぇ、4番私だ!」
「委員長!?」
委員長は顔を真っ青にしながら自分の持っている箸を見つめる。覗き込むと確かに“2”と書かれていた。なんてこった。
「委員長のメイド服……」
「メイド服の委員長……」
俺とアキラは同時に委員長のメイド姿を想像し、紅茶を入れてもらったり家に帰った時お迎えしてもらう妄想を走らせる。なにそれ最高じゃん。毎日がスペシャルじゃん。
俺とアキラは互いの意思を無言のまま感じ取ったのか、同時に視線を交差させると力強い握手を交わす。それを見た委員長はうろたえた様子で声を発した。
「な、なんで今握手したの!? ていうか、えっと、メイド服とかないし、これは実現不可能だよね! いやー残念だなぁ」
委員長は後頭部に手を当てながら“残念だなぁ~”と繰り返す。だが俺は見逃さなかった、その後ろでつみれねえちゃんが自分の部屋に向かって走っていったことを。
その後予想通り姉ちゃんは自分の部屋からメイド服を持ってきた。しかもご丁寧にミニスカートとロングスカートの両方だ。
「はい! あたしの部屋に資料用のメイド服あったから持ってきたよん!」
「Oh……」
メイド服を見た委員長は一瞬にして目から光を失いながらつみれ姉ちゃんを見つめるが、つみれねえちゃんは頭に疑問符を浮かべるだけだ。
それにしても行動はええな姉ちゃん。さては王様になる前から命令決めてただろ。
「あ、部屋行ったついでにはーちゃんのアルバムも持ってきたから後で見ようぜ」
「なんで!?」
どこからか取り出した我が家のアルバムをみんなに見せながらとんでもないことを言い出すつみれ姉ちゃん。いや、ほんとなんでだよ。
「なんでって…………本能的に?」
「野生動物かな!? 意味わからないし戻してきなさい!」
「ちえー」
俺に怒られた姉ちゃんはしぶしぶといった様子でアルバムを持って部屋を出る。アルバム見るのって彼女とか彼氏を連れてきた時じゃないの……? できたことないからよくわからんけど、この場で出すのは意味わからんぞ。ていうか恥ずかしいし。
「うううぅ。これどうしても着なきゃだめかなぁ」
そうだった、そもそも今恥ずかしがってるのは委員長だ。委員長はメイド服を見ながら若干涙目になっている。助けてあげたい。でもメイド委員長見たい。
そんな葛藤の末……いやすまん、正直葛藤はなかった。欲望は強い。
「委員長」
「藤宮君……」
俺は委員長の両肩にぽんっと手を置いてにっこり微笑むと、言葉を続けた。
「着なきゃダメダヨ♪」
「ですよねー……」
俺の言葉を受けた委員長はさらに目から光を失う。なんかごめん。だってメイド委員長めっちゃ見たいんだもん。それに王の命令は絶対だから。これを覆すとゲームにならないから。
「パーリラ! パリラパーリラ! いいんちょの! メイド姿を見てみたい!」
「アキラ!? なんでこのタイミングでコールすんの!?」
アキラはぱんっぱんっと手拍子しながらホストクラブのようなノリでコールする。委員長はメイド服を抱きしめながら完全に怯えていた。
「いや、テンション上げれば着てくれるかな~と思って」
「上げ方が雑なの!」
悪びれない様子のアキラにツッコミを入れる俺。着てほしい気持ちはわかるけど盛り上げ方ってもんがあるでしょうが。
「そーれイッキ! イッキ!」
「姉ちゃん? 誰も何も飲まないからね?」
いつのまにか部屋に戻ってきた姉ちゃんはアキラのコールを聞いてコールを続ける。いや誰も酒飲まないから。
そうして三人で話していると、委員長は焦った様子で口を開いた。
「ご、ごめんね。もたもたせずに着るよ。どこで着替えればいいかな」
委員長の言葉を聞いてはたと気付く。そういえばこの部屋で着替えるわけにもいかないもんな。
俺は着替える決意をしてくれた事に小躍りしたくなる気持ちを押さえて至極クールに言葉を返した。
「わっほい一階にもう一部屋あるからそこ使っていいよやったぜ。姉ちゃん案内してあげてねヒャッホウ」
「ハヤトハヤト。喜びがにじみ出てる」
アキラにツッコミを受けてしまった悔しい。だが言葉の意味は通じていたのか、姉ちゃんは元気よく手を上げた。
「あーい! こっちだよー!」
「はっはい!」
委員長の手を引いて部屋まで連れていく姉ちゃん。二人がリビングから出た途端俺とアキラは腕を組みながらリビングのドアを見つめた。
「いやーしかし委員長のメイドが見れるとは」
「ほっほっほ。役得ですな」
「いくつよあんたたち。おっさんくさい」
口ひげでも生えそうな勢いで老け込んだ俺たちにツッコミを入れる一ノ瀬さん。だってしょうがないじゃないか、クラスメイトの、委員長のメイドぞ? 自分の家で見れるんぞ?テンションだって上がるってもんよ。
「そういう一ノ瀬さんだって見たくない? メイド委員長」
「……まあ、似合うんじゃない」
一ノ瀬さんは胸の下で腕を組みながら少し恥ずかしそうにそっぽを向く。どうやら一ノ瀬さんも少なからず俺たちと同じ気持ちだったらしい。
アキラはそんな一ノ瀬さんを見ると口元を手で隠しながら言葉を紡いだ。
「ふほほほ。委員長のメイドは素晴らしい? よくお気づきで。さすがお目が高い」
「あんた今どの立場にいんの?」
まるで委員長が働くメイド喫茶の店長のような佇まいでセリフを吐くアキラにツッコミを入れる一ノ瀬さん。言ってることはもっともだ。
その時、壊れるんじゃないかって勢いでリビングのドアが開かれた。
「待たせたな野郎ども! 咲ちゃんの着替えが終わったぜ!」
「おおっありが―――なんで姉ちゃんまでメイドなの!?」
ドアを開いてリビングに飛び込んできた姉ちゃんはミニスカメイド姿で両手を腰に当てて胸を張る。何故ドヤ顔なのかはわからないが、そもそもなんでメイド服着てんの?
「いやー、二着あったもんで。せっかくだから着ちった」
「王様ゲームを土台から揺るがすのやめてくれます!? ゲームにならない!」
今この瞬間から王様ゲームじゃなくてメイドコスプレ会じゃん。いやまあ委員長メイドが見れるならなんでもいいけど、ゲーム性は失われたな。
「んなことより刮目せよ! これがメイド咲ちゃんじゃい!」
「うう……ハードル上げないでください……」
姉ちゃんが横に伸ばした手をひらひら動かすと、その奥にあったリビングのドアから委員長がおずおずと歩いてくる。
ロングの黒いワンピースの上に重ねられたエプロンの白は眩しく、顔を真っ赤にした委員長との対比が素晴らしい。頭の上に乗せられたメイドカチューシャは不安そうにもじもじと動く委員長に合わせて揺れ、足元には白くて短めの靴下、うっすらとあしらわれた花柄が愛らしい。委員長の耳は顔と同じく真っ赤に染まり、羞恥に揺れる委員長の瞳はうっすら潤んでいる。その総合力たるや、たるや……
「かっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっわ」
「お、おち、おちけつハヤト。一流の男子は決してたじろがない」
「わかったから鼻血拭きなさいよ」
動揺する俺を止めようとするアキラだったが、アキラはアキラで鼻血を出していたらしい。無理もない。こんなん一撃必殺の威力あるわ。
「うおおお! 咲ちゃんかわえええええ!」
姉ちゃんは何故か駆け出してリビングの窓を全開に開け、委員長の可愛さをご近所にアピールする。反応は特になかったが、隣の家のワンちゃんだけが“わんっ”と元気よく鳴いた。
「お姉さん!? なんで外に言うんですか!? やめてください!」
委員長はあわあわと手を動かしながら姉ちゃんに言葉をぶつける。姉ちゃんは頭に疑問符を浮かべながら悪びれずに答えた。
「??? あまりにも可愛いからみんなに知ってもらおうと思って」
「知らなくていいですから!」
「えぇー? こんなに可愛いのにぃ」
姉ちゃんは口を3の形にしながら委員長に抱き着いて頬ずりする。委員長はさらに顔を赤くしながら泣きそうになっていた。
「うううううぅ。恥ずかしい」
「はぁ……ま、いいんじゃない。良く似合ってるし、恥ずかしがることないでしょ」
一ノ瀬さんは委員長の精神の限界を感じたのか、委員長の頭をぽんぽんしながら慰める。委員長は涙目になりながら一ノ瀬さんを見上げた。
「ううぅ。一ノ瀬さぁん……ありがとぉ」
「あんたはもうちょっと自分に自信持ちなよ。とりあえず水飲みな」
一ノ瀬さんは委員長にコップを手渡しながら優しい声で言葉を紡ぐ。委員長は少し水を飲むと落ち着いた様子で再び一ノ瀬さんにお礼を言っている。
「ねーねーはーちゃん。あたしは? 似合ってる?」
姉ちゃんはとことこと歩いて俺の横に来ると、くいくいシャツを引っ張る。俺は姉ちゃんのメイド姿に対する感想をそのまま伝えた。
「うん。なんか紅茶とかひっくり返しそうな感じ」
「よっしゃあ!」
「え、それ喜んでいいの?」
姉ちゃんの反応に困惑するアキラ。言いたいことはわかる。俺だってちょっと困惑してるくらいだ。まあ実際似合ってないわけじゃない。こんなメイドが一人くらいいてもいいよなって思う。家は大惨事だと思うけど。
「でも、本当に似合ってるよ委員長。もはや違和感がない」
あらためて言うとなんか恥ずかしいが、俺はぽりぽりと頬をかきながら委員長へと言葉を届ける。ほんと違和感ないというか、これまでの委員長の方が違和感あるくらいにしっくりきてる。委員長は一ノ瀬さんのおかげで復調したのか、嬉しそうに後頭部に手を置きながらにへーっと笑った。
「そ、そうかな……えへへ」
「よしっ。咲ちゃんをもっと元気づけるためにも、アルバムでちっちゃい頃のはーちゃん見ようぜ!」
「それまだあったの!? 戻してきてってば!」
相変わらず唐突すぎる姉ちゃんの動き。姉ちゃんはいつのまにか先ほどのアルバムを両手で持って嬉しそうに笑っている。いやそれまだあったのかよ。なんであるんだ。
「だって小さい頃のはーちゃん可愛いから自慢したい」
「欲望に忠実! でも恥ずかしいからやめてほしい!」
口を3の形にしながらぷぇーっと不満そうにする姉ちゃん。そんな顔してもダメだぞ。だいたいどこに需要があるんだ。
「ちっちゃい頃の藤宮君かぁ。それは見てみたいかも」
「委員長!?」
委員長は目をキラキラさせながら姉ちゃんの持っているアルバムを見つめている。え、マジ? 嘘だろ。
「ま、暇つぶしにはなりそうだね」
「他にいくらでもつぶす方法あるよ一ノ瀬さん!?」
どうしたんだみんな、ご乱心か? 俺の小さい頃なんか見て何になる。
そうして俺がうろたえていると、アキラがうーんと腕を組みながら口を開いた。
「オレは何回も見てるから別にいいな」
「お前はそうだろうね!? ていうか勝手に見てるもんないつも!」
「てへっ」
俺の言葉を受けて自分の頭をこつんっと叩いて見せるアキラ。絶妙に腹立たしい。こいつ俺の部屋の本も勝手に引っ張り出して読むからな。ほんと実家気分か。
そうして俺とアキラが会話をしている間に姉ちゃんはアルバムをリビングの机の上に広げてページをめくり始めた。止めようとする俺だったが、姉ちゃんの両サイドに委員長と一ノ瀬さんがポジショニングしてそれも叶わなかった。
「この写真がねー、かき氷を食べすぎてのたうち回ってるはーちゃん。こっちが変顔で寝てるはーちゃん。こっちは変にテンションが上がって逆立ちで写ってるはーちゃん」
「なんでそんな写真ばっか紹介すんの!? 物凄く恥ずかしい!」
姉ちゃんはぺらぺらとページをめくると小さい頃の俺の変な写真ばかり二人に紹介する。アキラは興味がなさそうにそっぽを向いているが、とにかく恥ずかしい。クラスメイトの女子に変な写真見られるのってこんなに恥ずかしいのか。
「藤宮君、かわいい……」
「子どもらしくていいんじゃない」
「あれ!? 意外と高評価!?」
予想外の反応に驚いて二人の方を見るが、残念ながら後ろに立っている今では背中を見ることしかできない。とりあえずつまらなくはなさそうで良かったけど、なんかこう、やっぱり恥ずかしいな。
「でしょー。この頃のはーちゃん可愛いんだよぉ」
「ぐぅぅ。は、恥ずかしい。消えたい」
何故家族が自分を自慢している姿を見ると恥ずかしくなってしまうのか。理由はわからないが今はとにかく恥ずかしい。今すぐ部屋に帰るか消えてしまいたい。
「なんだハヤト消えたいのか? みんなで横一列になればいいんじゃねえの」
「テト〇スかな!? 消えねえよ!」
アキラの提案にツッコミを入れる俺。その理屈が通るなら全校集会で生徒全員消えるわ。大量殺戮か。
「あれっ。この藤宮君は元気ないですね。風邪とか?」
委員長は不思議そうに首をかしげながらアルバムの中の一枚の写真を指差す。よくは見えないが、どうやら俺が風邪をひいたときの写真のようだ。
「むふふ。それはねー、はーちゃんの初恋の思い出なのよ」
「ちょ!? やめろよねーちゃん!」
そうだ。姉ちゃんの一言で思い出した。
俺の頭の中に当時の情景が思いだされる。夕暮れの町、茜色の雪、ドレスを着た女の子。
よみがえる記憶の断片を追いかけていると、姉ちゃんは少し早口で語り始めた。
「昔ね、アキラちゃんの家に女の子が住んでたんだけど、はーちゃんったらその子とめんこで遊びたくて雨の日も毎日通ってね。結局風邪ひいてやんの。馬鹿でしょ」
淡々と人の過去を暴露する姉ちゃん。俺は顔が熱くなるのを感じながら声を荒げた。
「昔の話だろ!? それに俺は純粋にその子とめんこで勝負したかったんだよ!」
そうだ。当時俺はめんこで女の子に負かされて、どうしてもその子と再戦したくてその子の家に通ってたんだ。確かアキラの親戚の子だったな。
そうして俺が過去を思い出しながら姉ちゃんを制止していると、委員長が振り返りながら質問してきた。
「その子、そんなにめんこが強かったの?」
「あ、ああ。強いなんてもんじゃなかったよ。腕力も運動神経もケタ違いだったんじゃないかな」
何せ一投でめんこを三枚ひっくり返すのを余裕でやってたからな。足も速かったし。
「へぁー。女の子なのに凄いねぇ」
「ふん……」
驚いた様子の委員長と、どこかつまらなそうにしている一ノ瀬さん。俺が次の言葉を見つけられずにいると、アキラが割って入ってきた。
「その子は俺の遠い親戚だったんだが、親の仕事の都合でこの辺りに住んでたんだよ。結局また引っ越しちまったけどな」
「そっか……残念だね」
アキラの言葉を聞いた委員長は眉をひそめながら胸元に手を当てる。確かに、残念だ。今頃どこで何をしているのかもわからない。
「あ、でもほら、今は楽しくやってるって言ってたじゃん」
俺は以前アキラに質問していたことを思い出し、アキラに向かって言葉を紡ぐ。アキラはにいっと笑うとガッツポーズをみせた。
「ああ、楽しくやってるぜ。まあハヤトにあの子はやらんがな!」
「お前あの子のなんなのさ!? ていうかそんなんじゃねーってば! もう昔の話だし!」
どうしても俺がその子を好きだったことにしたいらしいなお前と姉ちゃんは。だからそんなんじゃねーってのに。てかアキラはあの子のなんなんだよ、恋人だったら許さんぞ。
「わかんないよー? そのうちその子がこっちに戻ってきて、久しぶりの再会で告られちゃったりしてきゃー! 許せん!」
「どっちだよ!? ていうかそんなん絶対ねえから!」
感情の起伏がよくわからない姉ちゃんにツッコミを入れつつ激しく否定する俺。当時からその子にはまったく相手にされずに終わったし、今更告白とかあるわけないだろ。
「ねえ、ていうかそろそろ帰った方がいいんじゃないの」
一ノ瀬さんは胸の下で腕を組み、リビングの壁にかかっている時計を見上げながら言葉を発する。そういえばいつのまにか九時を回っているようだ、確かに一ノ瀬さんの言うとおりだな。