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第5話:マッサージとハグ

 王様ゲームの最初のくじ引きが終わる。くじを引いた姉ちゃんの右手には赤い印がついた割り箸が輝いていた。姉ちゃんはその箸を天井に掲げながらドヤ顔で喜ぶ。


「やったぜ! あたしが王様!」

「いきなりつみれ姉ちゃんが王様とは」

「不正を疑われるレベルの豪運だな」


 俺とアキラは死んだ目で自分たちの引いたくじ(箸)を見つめる。俺は二番か……変な命令されないといいなぁ。


「んー。何してもらおっかなあ」

「嫌な予感しかしねえ」

「せめて人間ができる命令だといいんだけどな」


 俺とアキラは姉ちゃんの人となりを知っているだけに戦々恐々としながら命令を待つ。委員長と一ノ瀬さんはそんな俺達を見て頭に疑問符を浮かべていた。

 その時、姉ちゃんはびしっと俺を指差しながら口を開いた。


「よし! じゃあはーちゃんが王様をマッサージする!」

「相手を指定する権力は王にもねえよ」

「ええーっ!? ダメなの!?」


 姉ちゃんは心底ショックを受けた様子で眉を顰める。めちゃくちゃがっかりしてるとこ申し訳ないが、相手を使命できたら王様ゲームの面白さ半減どころじゃねえと思う。

 アキラは頭をかきながら申し訳なさそうに姉ちゃんへと説明した。


「みんなそれぞれ番号持ってるんで、ハヤトの番号指定すりゃいいんすよ」

「なるほどわかった! 番号ね!」

「わかってくれたか」


 うんうんと頷く姉ちゃんを見てほっと胸を撫で下ろす俺。とりあえずルールをわかってもらわないと話が始まらないもんな。


「ねーねー」

「ん?」


 突然俺の袖をくいくいと引っ張る姉ちゃん。袖が伸びるからやめてほしいんだが。


「はーちゃんは何番?」

「あ、うんわかった。姉ちゃんは何一つわかってないわ」


 全然ルールわかってなかったわこの人。無垢な瞳でとんでもないこと聞いてきたよ。それ教えたらゲームになんねぇから!


「つみれさん、番号聞いちゃダメなんすよ。つみれさんの気合いで当ててください」


 アキラはにーっと笑いながら楽しそうに説明する。その言葉を聞いた姉ちゃんは腕を組んでうーんうーんと唸り始めた。


「うーんじゃあ…………3番!」

「ん、アタシだ」

「一ノ瀬さん!?」


 一ノ瀬さんは割り箸を見ながら姉ちゃんの言葉に応える。まさか一ノ瀬さんが当たってしまうとは。姉ちゃんはそんな一ノ瀬さんの言葉を聞いた瞬間漫画のように飛び上がった。


「やったぁぁぁ! それはそれでサイコー!」


 嬉しそうに跳ねる姉ちゃんを見る限り、王は満足はしてくれそうだ。よかった。

 しかし一ノ瀬さんは割り箸を持ったまま眉を顰め、姉ちゃんへと尋ねた。


「マッサージか……お姉さんの足細いけど、骨って折れても平気かな」

「どゆこと!? 力加減下手子!?」


 姉ちゃんはショックを受けた様子で顔から血の気が引いていく。俺はすかさず一ノ瀬さんの問いに答えた。


「折れても平気だよ」

「はーちゃん!? 平気じゃないよ!?」


 姉ちゃんはショックを受けた様子で目を見開きながら俺の方を向く。冗談がすぎたかな。

 そんな俺たちのやり取りを見ていたアキラは頭部に大粒の汗を流しながら一ノ瀬さんへと言葉を紡いだ。


「で、出来ればお手柔らかに。所詮ゲームだし、ちょっとやるフリくらいでいいからさ」

「まあそれなら大丈夫かな。で、どうすればいいの?」


 一ノ瀬さんは立ち上がりながら姉ちゃんに向かって質問する。姉ちゃんは折られないことが分かって安心したのか、元気よく片手を挙げて答えた。


「はいはーい! 足のマッサージがいいでーす!」

「それなら姉ちゃんはソファに座って。一ノ瀬さんは適当に足を揉んでくれればいいよ」


 人の家だし勝手もわからないだろう。俺は姉ちゃんと一ノ瀬さんに指示を出し、ソファの前にあったガラステーブルを片付ける。これでマッサージするスペースができただろう。


「わーい! よろしくお願いしまーす!」


 姉ちゃんは光の速さでソファにどかっと座り、両足を放り出す。一ノ瀬さんは少し面倒くさそうに姉ちゃんの足元へと跪いてその足を掴んだ。


「じゃあさっさとやるよ……はい」

「おおっ!?」


 滑らかな手の動きで姉ちゃんの足をほぐしていく一ノ瀬さん。あのくすぐったがりの姉ちゃんをマッサージするだけでも大したもんだが、流れるような動きだな。


「なんか手つき慣れてる?」

「上手だな」


 俺とアキラは一ノ瀬さんの動きを見ながら感心して同時に頷く。一ノ瀬さんはそんな俺たちの反応を横目で見ると、少し恥ずかしそうに目を伏せた。


「別に。時々お母さんにやってるだけ」

「ええ子や……」

「すまん。少し泣く」

「なんなのあんたたち」


 アキラは感動してうんうんと頷き、俺は目頭を押さえながら天井を仰ぐ。一ノ瀬さんはそんな俺たちの様子を見るとジト目で睨みつけてきた。ごめん悪気はないんだ、ただ親孝行してんのすげぇなって感動しちまった。


「あぅ。一ノ瀬ちゃんマッサージきもちい……い!?」

「どしたのつみれ姉ちゃん」


 姉ちゃんは足元に跪いている一ノ瀬さんの方を見ると、両目を見開いて固まる。姉ちゃん以外の全員が頭に疑問符を浮かべて首を傾げたが、姉ちゃんは凄腕のスナイパーのような顔になりながら言葉を続けた。


「いや、なんでもない。続けてくれたまえ」

「何故突然顔が劇画調に……はっ!?」


そういえば、さっきから一ノ瀬さんの胸が姉ちゃんの足に押し付けられている。くにゅっと形を変えている豊満なそれを凝視することはできないが、姉ちゃんが突然静かになったのはこれが原因だろう。死ぬほどツッコミたいが、やめとこう。なんか色々シャレにならん気がする。


「藤宮くんのお姉さん、表情の幅すごいね」

「委員長感心するとこ違くね?」


 なんか感心すべきところでもない気がするが、「おお~」と無邪気に感心している委員長を見るとこれ以上ツッコミを入れられなくなるから不思議だ。

 姉ちゃんは濃い顔になってしまったが、一ノ瀬さんはさらにマッサージを続けた。


「なんだかわかんないけど、ふとももの付け根いくよ」

「おふぉう!?」


 太ももの付け根をマッサージするためにさらに姉ちゃんへと近づく一ノ瀬さん。その瞬間姉ちゃんは悶絶しながら奇声を発し、状況を察した俺は思わず声をかけた。


「姉ちゃん自重して! 王にも節度は必要だよ!」

「なんの話かわからんがつみれさん大丈夫か!? ついに折れたか!?」

「折るわけないでしょ。すりつぶすわよ」

「ごめんなさい」


 一ノ瀬さんの一睨みで同時に頭を下げるアキラ。委員長は「ま、まあまあ」と一ノ瀬さんをなだめ、そのおかげか一ノ瀬さんは不満そうにしながらもマッサージを続けてくれた。

 ふとももの付け根もほぐし終わり、足の指の間まで丁寧にマッサージしてくれた一ノ瀬さんは、ゆっくりと姉ちゃんの足を地面に下ろした。


「……はい、おしまい」

「お疲れ様。で、つみれ姉ちゃんどうしたのその涙」


 姉ちゃんは合戦で戦友を失った戦国武将のような顔をしながら天井を仰ぎ、一筋の涙をツーっと頬に流す。俺が若干引きながら質問すると、姉ちゃんは濃い顔のまま返事を返した。


「あのね、心のおちんちんがやばい」

「心のおちんちんって何!? 何が起きたのマッサージで!」


 俺がビビりながらツッコミを入れていると、委員長が「お、おちんちん」と顔真っ赤にして固まっていた。やめて委員長。委員長の口からそんな単語聞きたくねぇ。


「とりあえず王様が満足したからいいでしょ。次やるならさっさと終わらそう」


 一ノ瀬さんは両手が疲れたのか、ぷらぷらさせながら俺たちに声をかける。まあ確かにそれはそうか。やるならテンポよくやった方が楽しいしな。


「じゃあ次行こう」


 俺はまだ若干泣いている姉ちゃんをリビングの椅子に座らせると、今度は自分でくじとなる割り箸を持って机の上に突き出した。


「ほい、じゃあ引いて」

「よっしゃぁぁぁぁぁ! 天の神よ地の神よ! オレに力を!」

「気合い入りすぎだろ……」


 アキラは天井に大声をぶつけ、全身から金色のオーラがほとばしっている……ような気がする。それくらい気合十分だ。


「じゃあ引こうぜ。せーの」

「「「「「王様だーれだ!」」」」」


 全員同時に俺の手から割り箸を引き抜く。引いてからコンマ数秒後、アキラが泣きながら飛び上がった。


「や、やや、やったぁぁぁあああ! 王様でござるうううう!」

「口調が変わるほど喜んでる……」


 アキラが王様か。姉ちゃんとはまた違った嫌な予感がするんだが、あんまりエグい命令は勘弁してほしいな。


「ふ、ふふ。ついに王様になったぞ。これで世界が変わる」


 アキラは光を失った目で赤い印のついた割り箸を見つめている。やっぱりあいつの王位は剥奪したほうがいいんじゃねえかな。ダメな王だよこれ。ていうかマッドサイエンティストみたいなこと言ってるし。


「……で、どんな命令するんだよ? えっちなのはダメだからな」


 念のため事前に釘を打つ俺。正直に言えば俺だってちょっとえっちな委員長とか一ノ瀬さんとか見てみたいけど、これも一応委員会活動だからな……自重した方がいいだろう。

 アキラは俺の言葉を聞くと露骨に嫌そうな顔をして舌打ちを返してきたが、やがてぴこーんと何かを思いついたように頭を上げた。


「ハヤト……決まったぜオレの命令。王様へのハグを要求する」

「ハグって、抱き合うってことか!? いけませんいけませんよそれは!」


 俺は心の眼鏡を猛烈にカチャカチャしながらアキラへと抗議する。アキラは口を尖らせながら肩をすくめ、やれやれといった様子で顔を横に振った。。


「なんでデースかー? ハグって挨拶デショー?」

「ぐっ、腹立つ……! エセ外国人が似合う……!」


 金髪なせいかアキラのエセ外国人は妙にマッチして腹立たしい。いかん、手が出そうだ。落ち着け俺。アキラのペースに飲まれてはいかん。

 アキラは俺に背中を向けると、笑いをこらえるように肩を震わせた。


「ふふふ、周りはほとんど女子……これなら俺は誰を指名してもおいしい。我ながら完璧な作戦だぜ」

「おーい、完璧な作戦が口から盛大に漏れてますよー?」


 アキラは有頂天になっているのか、自分の思惑を思い切り口に出している。しかしアキラはそんなこと欠片も気にせず、高らかに王の割り箸を掲げて叫んだ。


「バぁカめぇ! 王はそんな細かいこと気にせんのだ!」

「いや気にしろよ。つみれ姉ちゃん以外若干引いてるし」


 つみれ姉ちゃんは「ハグかぁ」とほげーっとした顔してるだけだが、女子二人は若干引き気味だぞ。そりゃそうだが。


「フハハハハハー! では王の名において命ずる! “2番は王様とハグ!” だぁああああ!」

「2番は俺なんだが」

「…………ん?」


 俺は2と書かれた割り箸を持ちながら、アキラへ自分の番号を伝える。

 アキラはこれまでにない綺麗な瞳で俺の目を見た。


「にばんなの?」

「2番ですね」

「なんで?」

「なんでって言われても……」


 すげぇなこいつ。こんな子どもみたいなキラキラした目初めて見たぞ。ショックすぎて幼児退行してるじゃねえか。


「まあまあ、するならさっさとしようよ。レッツはぐ!」

「ちょ、姉ちゃん!? 押さないで!」


 つみれ姉ちゃんはニコニコしながら俺をアキラの方へと押していく。ちょっと待って、俺にも心の準備がいるんですけど。

 次第に近づいてくる俺に気付いたアキラは、ようやく我に返ったのか踵を返してドアの方へと体を向けた。


「あ、しまったー。オレ今日歯並びの調子が悪いから帰らなくてはー」


 物凄い棒読みのセリフを吐きながらドアの方へと歩き出そうとするアキラ。しかしその進行方向に一ノ瀬さんが割り込み、腕を組みながらアキラを睨みつけた。


「さっさとやんな」

「はい」


 一瞬で体を硬直させて俺の方へと体を向けるアキラ。そうこうしている間にも姉ちゃんのプッシュによって俺たちはどんどん近づいている。ああああ、嫌だぁ。いくらイケメンでも男とハグして何が楽しいんだよ。

 やがて俺の腕が届くくらいの距離まで近づくと、アキラはカッと両目を見開いた。


「う、うおあああああああ!」

「いっでぇ!?」


 アキラは思い切り俺をビンタして吹っ飛ばす。俺は地面に倒れつつ頬を押さえてアキラを見上げた。


「痛えなオイ!? ていうか妙にビンタが重いんですけど!」

「すまん……つい肉体言語でハグしてしまった」

「言ってることがひとつもわからない!」


 俺が抗議交じりに声を荒げると、アキラは申し訳なさそうな顔をして苦々しそうに言葉を落とす。ハグが嫌なのはわかるが殴るなよ。


「どうだろうみんな。これも一つのハグということで許してもらえまいか」

「まあ、アタシはどーでもいいけど」

「い、いいんじゃないかな」

「よくわかんないけどおっけー!」

「ありがとう、ありがとうみんな!」


 アキラはみんなの判決が嬉しかったのか、泣きながらガッツポーズを決める。いやなんだこれ。ハグなしは嬉しいけど俺めっちゃ損してない?


「そう怒った顔すんなよハヤト。次こそお前が王様だと思うぜ」

「そ、そうぉ? はは、しょうがねえな」


 俺は立ち上がるとみんなから割り箸を回収してシャッフルする。確かにそろそろ俺が王になってもおかしくないからな。張り切っていくぜ。


「よっしゃ! みんな引いてくれ! そして俺を王にしてください!」

「オレお前のそういう素直なとこ嫌いじゃねえよ」


 アキラはうんうんと頷きながら俺の手の中にある割り箸を掴む。そんなアキラの動きに同調してみんなも割り箸を掴んだ。


「んじゃいくぞ! 王様だーれだ!」

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