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第1話:委員長と黒い装置(前編)

「あの、委員長。これは一体……?」

「…………」


 夕暮れの教室で、俺と委員長は向かい合って立っている。

 足元には委員長が普段使っている可愛い筆箱が落ちている。夕日に照らされたクマちゃん柄の筆箱がどことなく寂しそうだ。

 そんな筆箱の中からこぼれ落ちた黒い装置。ファンシーな文房具の中で明らかに異質な存在であるそれを手に持ちながら、俺は疑問符を浮かべる。

 妙に重いその装置は消しゴムでも、鉛筆削りでもない。なんとなくだが、電子的な装置であることはわかる。

 しかし、その正体はわからない。何故そんな装置が委員長の筆箱に入っていたのかもわからない。

 俺がその黒い装置を手に持って頭に疑問符を浮かべていると、委員長は俯きながら数歩近づいてきた。

 俯いている委員長の表情を伺い知ることはできないが、ただならぬその雰囲気に半歩後ずさる。

 やがて至近距離に近づく委員長。少し短めの黒い髪が窓から吹く風に揺れる。

 風に流された委員長の髪から花のような香りがして、俺はごくりと息を飲んだ。


「藤宮くん―――何も聞かずに私の名前、今すぐ呼んでくれないかな」

「えっ……」


 委員長は俯いていたその顔をゆっくりと上げ、言葉を紡ぐ。

 夕陽に照らされた委員長の顔は耳まで真っ赤に染まり、潤んだ瞳の美しさに俺は一瞬呼吸を忘れた。






 気になるあの子のかくしごと

 第1話:委員長と黒い装置





「か、体が、重い……」


 朝の陽ざしがカーテンの隙間から差し込む中、俺はのろのろとベッドから体を起こす。前日の疲れを残しているのか、体が重い。


「とにかく起きねぇと……ふぁーあ」


 一度ぐーっと体を伸ばすと目をこすりながらベッドから降りる。とりあえず顔でも洗おうと慣れた手つきで自分の部屋のドアを開けると、廊下の少し冷たい風が足元を抜けた。


「うーん、朝はちょっと寒いな……」


 そう呟きながら廊下に一歩踏み出した瞬間、冷たい液体のようなものを思い切り踏んだ。反射的に飛び上がって声を上げる。


「うひぇあ!? なんだこりゃ!?」


 足元を見ると床には洗面器に入った茶色い物体が設置されており、それを思い切り踏んだらしい。寝ぼけた頭にひんやりとしたその感触は効果てきめんで、一瞬で目が覚めた。


「うう、感触が気持ちわりぃ。てかなんだこれ、うんこ!? いや、早朝の廊下にうんこが置いてあるわけねえよな……」


 錯乱した頭を振りながら落ち着いて思考をまとめ、俺はしゃがんで洗面器の中をまじまじと見つめる。洗面器の中にはつぶつぶとかも入って妙にリアルな茶色い物体が入っている。が、うんこの匂いはしない。どうやらスライムか何かのようだ。


「くっ……こんなことする奴は一人しかいねぇ!」


 俺は湧き上がる頭痛を抑えながら階段を降りると、姉ちゃんの部屋に向かってずんずんと歩いていく。

 “つみれのお部屋♪”と書かれた木の看板がぶら下がっているドアを勢いよく開くと、俺は大きく息を吸い込んだ。


「姉ちゃん! 姉ちゃんだろこんなイタズラ―――」

「わぁぁぁん! はーちゃん助けてー!」

「なにごと!?」


 ドアを開けた先には、茶色いスライムを全身にかぶっている半泣きの姉ちゃん。茶色く短い髪とつつましい胸元にスライムが大量に付着している。何が何だかわからないが、とにかく事情を聞いてみよう。俺はジト目になりながら姉ちゃんへと質問した。


「姉ちゃん。今度はどんな黒魔術にハマったの?」

「違うよぉ! はーちゃんを驚かせようとスライム作って、洗面器に入れたやつを部屋の前に置いたの」

「それは知ってる」


 さっき思い切り踏んだからな。俺は怒鳴りつけたい気持ちを抑え、黙って続きを促した。姉ちゃんはもじもじと人差し指を合わせながら涙目で続きを話す。


「それでね、上手くできたから“どうせなら全身浸かっちゃうくらいのトラップにしよう!”って思ってうんこ増産してたらね、こぼした」

「こぼすなよ! てかそんな恐ろしいこと計画してたの!?」


 朝っぱらからうんこ……じゃない、うんこに恐ろしく似たスライムまみれになるところだったのか俺は。


「とにかく助けてよぉー。全身にうんこ被ってる感じがして気持ち悪いんだよぉ」

「なんでモチーフがうんこなんだよ……いくつだよ姉ちゃん」


 正直、こういったイタズラの数々は日常茶飯事だ。以前はポットの中に緑茶ではなく青汁が入っててめちゃくちゃ吹き出したし、風呂に入ろうとしたらお湯が毒の沼になっていたこともある。しかし毎回姉ちゃんはほぼ確実に自爆するのだ。青汁は出版社に行くときの水筒に間違えて入れちゃって泣きながら電話してきたし、毒の沼は自分が入る時思い切り浴槽で足を滑らせたらしい。自爆するならやらなきゃいいのに、一向にやめる気配がないのだ。


「ごめんよぉ。やっぱり女の子は“うんこ”じゃなくて“うんち”って言うべきだよね」

「反省すべきはそこじゃねえ」


 しゅん、と落ち込んだ姉ちゃんから発せられた謝罪は、見事に斜め上をいっている。俺は怒る気もなくして姉ちゃんの手を取って立ち上がらせた。


「とりあえずシャワー浴びてきなよ。部屋の掃除はしとくから」

「うう。ありがとぉ」


 泣いている姉ちゃんを風呂場へと引っ張り、脱衣所にあるタオルを持っていく。貴重な朝の時間がまた削られたな……


「はーちゃん、はーちゃん」


 脱衣所からひょこっと頭だけを出す姉ちゃん。俺は疲れた顔で返事を返した。


「なに姉ちゃん。着替えは洗濯機の上に置いてるよ」


 そう返事を返す俺を、じーっと見つめる姉ちゃん。俺が頭に疑問符を浮かべていると、おずおずとした様子で言葉を続けた。


「ううん。あのね、はーちゃんも一緒に入る?」

「入らんわ! いいからさっさと体流しなさい!」

「ちぇー」


 姉ちゃんは心底残念そうな顔をしながら浴室に戻る。しばらくするとシャワーの音が響き、俺は小さく息を落とした。


「ああもう、さっさと掃除して朝飯作らないと……」


 俺は手早くスライムを除去し、急いでキッチンへと向かう。こりゃ朝のシャワーは入れそうにないなと思いながら、慣れた手つきで朝食を用意していくのだった。





「はー、いいお湯じゃった」


 ほかほかの状態でリビングへと入ってきた姉ちゃんは首にタオルを下ろして心底ご満悦の表情だ。そりゃ朝から風呂に入れば気持ち良いだろう。


「てかなんでガッツリ風呂入っちゃってんの!? あれからだいぶ時間経ってるんですけど!」


 朝食を作って制服に着替えていた俺はひたすら姉ちゃんを待っていたが、一時間しても出てこなかった。

 心配で声をかけようかと立ち上がった瞬間部屋に入ってきた姉ちゃんは、明らかに風呂上りだ。ほかほかだ。シャワーだけじゃないんかい。


「いやー、やっぱり朝はお風呂入らないと体冷えちゃうから」

「朝飯が冷えちゃってるんですけど!? ああもう、温め直しだよ……」


 俺は朝食を乗せた皿をレンジに入れ、手早く温める。出来たてには及ばないが、冷たい状態で出すよりは良いだろう。

 姉ちゃんは椅子に座ると笑顔で足をぶんぶんと振り、両手で頬杖しながら訊ねてきた。


「えへへ、はーちゃん今日のごはんなに?」

「卵焼きとウィンナーとトーストだけど……あーもう、頭ちゃんと拭きなよ姉ちゃん」


 よく見ると姉ちゃんの髪から水滴が滴っている。俺は姉ちゃんの首にかけられていたタオルを手に取ると頭をごしごしと拭いた。

 姉ちゃんは口をだらしなく開きながらぼへーっと息を吐く。


「ああー、ごくらくじゃあー」

「ごくらくじゃあーじゃないっての。頭くらいちゃんと拭いてくれよ」

「気が向いたらね」

「毎日向いてくれる!?」


 一通り拭き終わった頃、レンジのチーンという音が響く。朝食の皿をテーブルに並べると、同時に動かしていたトースターからトーストを取り出した。


「姉ちゃん、いつも通りピーナッツクリームでいい?」

「うーん、今日はうんち被ったからいちごジャムにする」

「全てのピーナッツクリームに謝れ」


 俺はため息を落としながらいちごジャムをトーストに塗っていく。なんかもう、疲れた。爽やかな朝にもう疲れた。

 そんな顔をしながら椅子に座ると、姉ちゃんはハッとした表情で語りかけてきた。


「はーちゃん大丈夫? 隠してるえっちな本全部姉モノにする?」

「どういう角度のケアしてんの!? てかなんで隠してるの知ってんだよ!」

「えっちな本あるんだ……」

「ちくしょう! 罠だった!」


 姉ちゃんはドン引きしながら口元を右手で隠す。

 俺はトーストをかじりながら両手で頭を抱えた。エロ本の存在はずっと隠してきたのに自分からゲロっちまったよ畜生。

 そうして俺が落ち込んでいると、姉ちゃんは突然冒険大好きな少年漫画のような顔で立ち上がった。


「へへっこうしちゃいらんねぇ! オラわくわくしてきたぞ!」

「行かせねえよ!? 今確実に俺の部屋行こうとしたろ!」


 立ち上がった姉ちゃんの腕を掴み、立ち上がれないよう拘束する。そんな摩訶不思議なアドベンチャーはさせんぞ。断じてさせん。

 俺に掴まれた姉ちゃんは駄々っ子のように掴まれてない方の手をぶんぶんと振った。


「だってだって、七つのえっち本を集めて願いを叶えなきゃ」

「エロ本にそんな力ねえよ!? 人のエロ本に変な設定付与しないで!」

「はーちゃんの卵焼き甘くて好きー」

「マイペースぅ!」


 姉ちゃんはいつのまにか椅子に座ると嬉しそうに卵焼きを頬張っている。さっきまでの問答はなんだったんだ。いやなんか考えるだけ無駄なような気がしてきた。


「まあとにかく、そろそろ俺は行くよ。お皿は水につけといて」


 途中寄り道もするし、早めに家は出ておきたい。俺は先に朝食を食べ終わると手早く皿を洗い、通学鞄を肩にかけた。


「わかったー。気を付けて行ってきてねぇ」

「ああ。昼食はいつも通り冷蔵庫の一番上の段にあるから、温めて食べて」

「はぁーい」


 姉ちゃんは美味しそうに卵焼きを食べながらぱたぱたと手を振る。食べ物を与えると基本大人しいんだよな……次から大人しくさせるためのお菓子を常備しておこう。

 この間は小説書くのに集中しすぎて昼食食べ忘れてたからな……昼休みにはメールを入れておこう。

 そんな決心を胸に、俺は急ぎ足で玄関を飛び出した。





「さて、朝食はどうにか乗り切ったが……ここからが精神的にツライ」


 朝日差す爽やかな通学路を歩きながら、俺は大きなため息を落とす。そんな俺の視界に、首が痛くなるほど見上げなければならない大きな門が見えてきた。


「このチャイム押すのいつも怖いんだよな……五メートルくらいの番犬が飛び出してきそうで」


 そんな巨大な門の横に備えつけられたモニター付きのインターフォンを押す。ほどなくしてメイドさんらしき女性がモニターに映し出された。俺はちょっと緊張しながら口を開く。


「おはようございます。えっと……」

『藤宮様ですね。アキラ坊ちゃまは今玄関に向かっておりますので、少々お待ちください』

「あ、はい」


 メイドさんは応対を終えると、ぷつっと画面が暗転する。相変わらずドライだなーとか思っていると、車の音が次第に近づいてきた。やがて巨大な門が自動的に開くと、黒塗りの高級車がゆっくりと出てくる。

 そんな高級車のドアを開き中から降りてきたのは、先ほど話したのとはまた別のメイドさんだった。


「あれ? アキラは?」

「おーっす! おはようハヤト!」

「お前は乗ってないのかよ!?」


 アキラは金髪の短い髪を風に揺らしながらぴっと片手を上げ、門の陰から歩いてくる。太陽を反射しているメガネが今日も鬱陶しい。ていうか車意味ねえじゃねえかこの野郎。


「朝のサプライズだ。驚いたか?」

「意味の無いサプライズすんな! 頭からうんこぶっかけんぞ!」

「心がささくれ立ちすぎじゃない!? また何かあったのか?」

「ああ、まあいつも通りつみれ姉ちゃんのイタズラだよ」


 俺はゲンナリとしながらアキラへと事情を説明する。スライムのくだりを話すと、アキラは楽しそうに吹き出した。


「ぶっふ。相変わらず面白いなぁつみれさん。よかったじゃないか」

「何一つよくねえんだけど!? てかお前貸したゲームはクリアしたのかよ」


 そうだ、こいつの顔見て思い出した。どうしてもやりたいって言うから渋々ゲーム貸したんだよ。急いでやれよとは言っといたけど、ちょっとは進んだんだろうな。


「あー、オメガファンタジーね。今最初の街出たとこ」

「全然進んでねーじゃねえか殺すぞ! あれラスボス前だったのに我慢してお前に貸してんだからな!?」


 俺は今すぐ掴みかかりたい衝動を抑えて言葉をぶつける。アキラはずれたメガネをくいっと直しながら言葉を続けた。


「まあまあ落ち着け。オレはほら、じっくりレベル上げしたいタイプだから」

「最初の街ではレベル上げできないんですけど!?」

「すまんすまん。それより時間押してるが、うちの車乗ってくか?」


 アキラは唐突に後ろの高級車を親指で指差し、軽い調子で尋ねてくる。俺は若干うんざりしながら返事を返した。


「はー? いいよ、別に。なんかズルしてるみたいで嫌だし」

「そうかそうか! あっはっはっは!」

「痛ってぇなあ叩くなよ。何がそんなに面白いんだか」


 アキラは毎朝毎朝こうして車に乗るかどうか尋ねてくる。毎回断ってんのになんか聞いてくるんだよな……何がしたいんだこいつは。


「ふむ、じゃあ歩いていくか。……あっ」

「今度は何だよ」


 せっかく歩き出したのに急に立ち止まるアキラを若干うんざりしながら横目で見る俺。

 アキラは笑顔のままフリーズすると肩にかけていた鞄を地面に落としている。その視線の先を追うと、一組のカップルが目に入った。


「あいつら……隣のクラスの高橋と鈴木か? いつのまにか付き合ってたんだな」


 二人はイチャイチャという擬音が出そうなくらいくっつきながら歩いていく。前々から噂はあったが、春休みの間にくっついたのか。

 冷静にその姿を見ていると、隣のアキラがぽつりと呟いた。


「キレそう」

「おわっ!? 全身から憎しみが溢れている!」


 アキラは全身から黒いオーラを放ち、ギリギリと歯を食いしばる。いやもう怖えよ。完全に人殺しそうな雰囲気じゃねえか。


「何故だ。何故俺たちはモテないんだハヤト」


 非常に低い声で訊ねてくるアキラ。これ回答を間違えると死ぬやつじゃん。でもてきとうに答えよう。


「お前見た目は悪くねえのにな。まあ中身がクソなんじゃね」

「確信を突くんじゃぁない!」

「俺にキレるなよ……そして図星かよ」


 唐突にシャウトするアキラに大粒の汗を流す俺。ていうか通学路でデカい声出すなよ。めっちゃ見られてるぞ。


「あいつらあれだろ、クリスマスを性なる夜と称してラブラブちゅっちゅするんだろ。靴底が爆発しろ」

「ピンポイントな呪いかけんなよ……気持ちはわからんでもないが」


 確かに女子と話す機会もほとんどない俺たちにとっちゃあの二人の存在は眩しすぎるよなぁ。クリスマスはまだ遠いからわからんが。


「……よし、勝負だハヤト」

「はっ?」


 またしてもくいっとメガネを押し上げながらアキラは小さく呟く。意味がわからず俺が疑問符を浮かべていると、間髪入れずに言葉を続けてきた。


「お前はクリスマスまでに彼女を作れ。作れなかったら卒業まで素っ裸で登校しろ」

「無茶苦茶じゃね!? いや、そもそも彼女って作るもんじゃなくてできるもんだと思うし自然な出会いを俺は大事にし」

「しゃらくせぇ!」

「ばっぷ!?」


 アキラから無慈悲なボディブローが俺の腹部を襲う。何すんだこの野郎。朝のトースト出そうになったぞ。


「そんなこと言ってっからお前はいつまでも一人なんだろうが! 去年のクリスマスの悲劇を忘れたか!?」

「去年のクリスマス……うっ!? 頭が」


 アキラの言葉を聞いて思い出してきた。思い出してきたぞ。クリスマスに独り身であることに耐えかねた姉ちゃんが酒に酔って街に繰り出し、アキラと悪ノリして街中で俺の名前と彼女募集中の旨を叫び回ったんだ。翌日から俺のあだ名はめでたく“彼女”になった。俺が彼女になっちゃったよ。


「うんうん。もうあんなクリスマスは嫌だろう?」

「原因の一端はお前にあるんだが……そりゃ確かに嫌だな」


 俺はがっくりと肩を落としてその顔から血の気を引いていく。確かに去年は地獄だった。かなり長い間クラスの連中からからかわれたからな。


「だからオレが自然な出会いを演出してやる。鞄を貸せ」

「あ? ああ」


 右手をぬっと突き出してきたアキラに思わず鞄を渡す。後になって思ったことだが、この時の俺はあまりに軽率だった。


「ふむ、ふむふむ……筆箱はこれか?」

「おう」


 人の鞄を遠慮なくまさぐっていたアキラは俺の筆箱を取り出して確認してくる。筆箱なんかどうすんだ?

 と思った瞬間、アキラは大リーグ投手ばりのフォームで俺の筆箱をドブに投げ込んだ。


「どぁー!? なにすんだてめぇ!」

「女子に筆記用具を借りる口実ができたじゃないか」

「これのどこが自然な出会いなんですかねぇ!?」


 俺は今度こそアキラの制服を掴むと思い切りガクガクと揺さぶる。アキラは揺れるメガネを押さえながら口を開いた。


「安心しろ。この様子を見られていなければ自然な出会いだ」

「ここ思い切り通学路なんですけど!? あーあー……ドブに頭から突っ込んでるよ……」


 めちゃくちゃ人に見られてるし、筆箱は多分再起不能だし、どうしてくれんだこの野郎。

 絶望に満ちた顔でドブに落ちた筆箱を見ていると、そんな俺の肩にアキラはぽんっと手を置いた。


「ふふっドンマイ♪」

「お前をドブに入れてやろうか! あの筆箱気に入ってたのに……」


 さよなら、頑丈さが取り柄の俺の筆箱よ。お前とは長い付き合いだったのにこんな別れになって本当にすまない。


「筆箱は後でオレが回収して洗っといてやるから、今日のところは女子に借りとけ」

「手厚いアフターケア! そこまでするならもうお前が貸せよ!」


 意味不明な手厚さにキレる俺。そこまでしてくれんなら最初から投げるなよ。そしてお前の筆箱よこせよ。


「何だ、オレと付き合いたいのか? ごめん、お前の事友達以上には思えない」

「知ってるよ! ああもう、いいや。らちが明かねえし遅刻しそうだし」


 こうして無駄な問答をしている俺たちの耳に始業十分前を告げるチャイムの音が響く。俺はとにかく立ち上がり、学校への道を急いだ。


「そうだな。急がないと筆箱を失った上に遅刻までしちゃうもんな」

「お前のせいなんですけど!?」


 俺は隣を走るアキラを小突きたい衝動を抑えながら、懸命に校門までの道を駆け抜けた。

はじまりました新連載。

最低でも月一回は更新していきますので、よろしくお願いします。

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