何度でも、何度でも
ありがとね、読んでくれて。早速始めるよ。
授業が終わると、あたしは真っ先にサキの元へと向かった。
「だーれだっ?」
後ろから手で目隠しをして言う。
サキは、あたしの手をそっと触った。わざとらしく「うーん」と声に出して、考えるふりをし始めた。
「……分かんないや。ヒントは?」
「教えてあーげない。正解するまで、手は離さないよ?」
「そんないじわるをするってことは――」
サキがくすっと笑う。
「マエカちゃん?」
「ぴんぽーん!」手を離した。「ご褒美に、ハグしてあげる」
身体に手を回して、ぎゅうっと抱きしめた。体温を確かめるように、顔を近づけてほっぺにこすり合わせた。
サキは火がついたように真っ赤になった。
「ま、マエカちゃん。ダメだよ……こんな人前で……恥ずかしいよ……」
別に恥ずかしがる必要なんてないのに、とあたしは思う。女の子どうし、これぐらいのスキンシップは当たり前なんだから。
サキは照れ屋だ。だから、こんな些細なことで恥ずかしくなっちゃうし、小声で訴えることしかできない。
「いいんだよ、遠慮しなくて。いっぱい受け取って?」
そんな姿が愛おしくて、たまらなくて、あたしはもっとくっついた。
……さて、これを読んでいる〝あなた〟に問題。サキは、どんな見た目の女の子でしょうか?
正解はないよ。自由にイメージしてみてね。
「い、いくらマエカちゃんでも、いいかげんにしないと……お、怒るよ?」
「えぇー、喜んでくれると思ったのになあ。しょーがない。お詫びをしなきゃだね」
あたしは耳元でささやく。
「……ごめんね。だから明日、デートしよ?」
その言葉によほど驚いたのか、サキがびくんと身を震わせる。そして、さっき宣言した通りにぷんぷんと怒り始める。
「もう! さっきから、ご褒美とか、お詫びとか、ぜんぶマエカちゃんが得するのばっかりじゃん!」
あーあ……そんなに大声出したら、みんなビックリして注目しちゃうのに。自分から墓穴を掘っちゃうんだから。
サキはこんな風に、緊張するといっぱいいっぱいになっちゃう子。周りが見えなくなっちゃう。その元凶は大体あたし。まさに、恋は人を盲目にするって感じだ。
……どう? うまくイメージできてる? ところで、ここはどこかしら? あたしたち以外にどんな人がいるのかしら? 想像の翼を大きく羽ばたかせてね。
「あたしは、サキが喜びそうなことをしただけなのに――」腕の力を弱める。「そっか……あたしに抱きしめられるのも、一緒にデートするのも、サキはイヤでイヤでしょうがないんだね」
「う、うう……」サキが小さく言う。「ズルいよ……そんな言い方……」
「イヤならハッキリ言って。そしたら、もう二度としないから。約束する」
「イヤじゃ、ないよ……」
「うん? ごめんね、急に耳が遠くなっちゃった」
「す、好きだよお! ばかあっ!」
今にも泣き出しそうな顔になって叫んだ。さすがにイジメすぎかな。たまには優しくしてあげたいな。
「ごめん、ごめんって」サキの身体を抱きしめたまま、あたしは謝る。「うん。あたしもサキのことが好き。相思相愛ってやつだね。ね?」
サキがこくりとうなずいた。よし。こうしてあたしは、可憐なマイハニーにデートの約束を取り付けていく。
でも、あたしは知っている。
この小説では、肝心なデートの場面が描かれない。あたしたちのデートは、もうじきやって来る大きな『行間』の中に埋もれている。
「じゃあさ、行っちゃおうよ。デートにさ」
あたしは、サキとどんなデートをするのか知らない。あたしに分かるのは、この小説で『書かれていること』だけだから。『書かれていないこと』は知りようがない。
「……場所、決まってるの?」
〝あなた〟は、『行間』を読むことで、デートの内容を自由に想像できる。色んなシチュエーションを――場所を、季節を、天気を、時間を――考えることができる。ついでに、あたしたちの普段の生活も、馴れ初めも、思い出も。何もかも思うがまま。
「うーん、決まってるかもしれないし、決まってないかもしれない」
そうして出来上がった設定の上で起こるデートを、〝あなた〟に書き足してほしい。あ、文字に起こさなくていいよ。思い浮かべるだけでいいから。ここまで〝あなた〟に色々と想像させてきたのは、素敵なデートを思い付いてほしいから。細部まで丁寧に思い描いてほしいから。
「な、なにそれ……」
こんなことを言うのもおこがましいけど、がんばって。〝あなた〟がどんなデートプランを用意してくれるのか、すごく楽しみにしてる。
「でもノープランってわけじゃないよ?」
前置きが長ったらしくてごめんね。でも、サキとのデートを豊かにするためなら、あたしは努力を惜しまない。この小説が誰かに読まれる度に、何度でも、何度でも、同じ説明をする。
「絶対何か企んでる……」
注意点として、あたしがやることについて、ひとつ決まりごとがある。それは、『あたしが人前でサキを恥ずかしがらせる』ってこと。そういう行動を取ることが、展開として必ず決まっている。くどいようだけど、いつ・どこで・どんな風にやるのかは、〝あなた〟に任せる。
「そんなことないよっ。ね、いいでしょ? 約束する。すごく素敵で、とっても刺激的な一日にしてあげるから」
「前に読んだから、もう決まってるよ」って人は、新しい設定と展開を考えてみて。そうすれば、あたしはまた違うデートができる。〝あなた〟にとっても、何通りもの『可愛い女の子ふたりがイチャイチャするお話』が読めるから、お得だと思うよ。
「もう、しょうがないなあ……」サキが微笑みながら言う。
……準備はいい? そろそろ始まるよ?
「じゃあ、決まりね! ありがと!」
そして、迎えた翌日。
あたしたちは、デートしに行った――
*
――デートの帰り道。
あたしたちはベンチで一緒に座りながら、景色を眺めていた。
「いやあ……楽しかったね、今日は」
あたしは言う。サキと手を繋いだまま。
「うん、すごく楽しかった……楽しかったけど……」
「けど?」
「人前で……あ、あんなことするなんて……恥ずかしかった……」
サキが伏し目がちに言った。やっぱり、あの出来事が一番強烈な思い出になったらしい。
「ごめんね。サキが可愛いから、我慢できなくなっちゃった」
「本当にごめんって思ってる?」
「思ってる。思ってるよ」
「絶対うそ……」
はあっ、とサキがため息をついた。そのまま静寂が訪れた。あたしは嫌われちゃったんじゃないかと不安になる。そうはならないと分かっていても。
やがてサキが口を開いた。
「でも――」
あたしは知っている。次の台詞を。
「嬉しかったよ。それだけマエカちゃんがわたしのことを思っている証拠だもん。わたしも、ちょっとは人目を気にせずに楽しめた……かな……」
顔を上げてそう言った。
くうっ! 何度聞いても飽きないだろうなあ、この台詞は。
「サキ――」向かい合った。「お別れのキス、してもいいかな?」
サキは少し顔を歪めた。
「……どうせ、イヤって言ってもするんでしょ?」
「うん」
「即答しないでよ」
「えへへ」前髪を整えてあげた。「ほら、目閉じて?」
「しょうがないなあ……」
口ではそう言いつつも、嬉しそうな表情になった。ゆっくりとまぶたを閉じていく。
「サキ」
もう一度名前を呼ぶ。
指を絡め合う。
唇を重ねた。
「ん……」
甘い声を漏らした。食むように唇を動かすと、サキもその動きに合わせてくれた。遠慮しがちな、緩やかな動きだ。
段々早くしてみる。サキは一生懸命そのペースに付いて来る。手の力が抜けてきたようなので、あたしが代わり強く握り返した。
はあ……病みつきになっちゃう……
柔らかな感触を味わいながら、お互いの愛を確かめ合った。
あたしは知っている。
これ以上やったら、サキは逃げてしまう。
それでも、あたしは突き上がる衝動に身を任せて続きをする。ひょっとしたら、違う展開になるかもしれない――そんな淡い期待を抱いて。
いったん顔を離す。
上気したサキと目が合った。とろけた顔で、こちらを見つめている。
「サキ……」
肩をぐっと掴んだ。
口に舌をねじ込んだ。
「――っ!?」
サキが上げる声にならない悲鳴。それを吸い取るように深い口付けをする。口内を舌先で舐め回した。ねちょねちょと、いやらしい音を出す。ロマンチックなムードなんて、欠片もなかった。
ずっとそうしていたかったけど、長くは続かなかった。サキに突き飛ばされたからだ。
倒れそうになったところを、手で支えて止めた。
サキと目が合う。さっきとは違う表情になっていた。唇をわなわなと震わせていた。
「ま、ま、ま、ま……」
その上ずった声で――
「マエカちゃんのえっちいいいいいいいいい!!!! ばかああああああああああああ!!!!」
叫んだ。一目散に逃げていく。あたしは罪悪感で胸がいっぱいになり、追いかけることができなかった。
はあー……何やってんだろ。こうなることは知ってたのに。
ベンチで仰向けになって、空を見上げた。悪い熱を冷ますために、しばらくこうしていようと思った。
まだ終わらない。もう少しだけ続きがある。
ふと、サキが逃げて行った方向を見た。もしそのまま走り去って行ったのなら、とっくに視界には入らないはずだ。
サキはいた。立ち止まっていた。遠く離れた先で、あたしを見ていた。
あたしは起き上がった。キスのときは、あんなに顔が近かったのにな。そう思いながらサキに視線を送る。心なしか、サキも名残惜しそうな表情をしているように見えた。
そんな風にして、しばらく見つめ合っていた。ふと、疑問が頭をよぎる。
ねえサキ、あなたも同じなの? 自分が『読まれている』って知ってるの?
あたしとデートするために、何度でも、何度でも、恥ずかしがって、デートを受け入れて、キスしてくれるの?
あたしは「ごめんね」と頭を下げた後、手を振った。
サキは大げさに応えてくれた。身体を揺らして、大きく手を振ってくれた。
「マエカちゃーん! またねー!」
満面の笑みだった。それでも恥ずかしいことには変わりないのか、そそくさと走り去っていった。
解けない疑問は、やがて愛しい人への思いに変わる。小さくなっていくその背中に大声で返事した。
「うーん! また会おうねー! サキー!」
再会を約束し合った。また会えると信じて。
……じゃあね。ばいばい。また読んでくれたら嬉しいな。