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「お待たせ致しました。例えば、こちらの作品などいかがでしょうか」
「え……」
彼が差し出した一冊の本。
記憶に深く刻まれたそれを唐突に示されて、上手く言葉を継げない。その本は、その本だけは、いま見たくなかった。
私の戸惑いを違う方向に察したのか、彼はその本の説明を始めた。
「実を言うとね、私の一押しなんです、この作家さん。まだ若い方らしくて、そんなに作品数はないんですけどね。それぞれに手書きPOPを立てて、ほら、あそこの一角。ちょっと目立たないですけれど、この作家さんの特設コーナーを作ったりしてるんですよ」
そう嬉しそうに話しながら、彼は店内の片隅を示す。私はと言えば、とてもではないがそちらを確認する気にはなれず、俯き入ってしまう。
「この作品を…… なぜ私に薦めるんですか」
「この作品、その方の処女作なんです。最近はなんだかちょっと書けてないみたいで、新しい作品が発表されていないんですけどね」
「はぁ…… えっと、だから?」
「すみません、私にもよくわからないんです」
「そんな、無責任です」
「そう言われましても、とても感覚的なことなので…… えっと、とにかく貴方にこの本と向き合って欲しかった、ではダメですか? ちょっと自慢なんですけど、これまで人に本を薦めて外したことないんですよ、僕」