入学式
その日・・・僕は夢を見ていた。
「た・・す・・け・・てぇ―――」
水の中だろうか、溺れたのだろう少女が、底へ沈んでいくのが見える。
必死にもがいてはいるが、水を含んだ服の重さと頭の中がパニック状態なおかげで浮き上がることが出来ないでいる。
僕は、それを何も出来ず、黙って見ているしかない。
肌に感じる水の感触、青い水中に太陽の光が射した光景。
しかし、どんなに長くここに居たとしても酸欠になることは無いし温度も感じることは出来ない。
さらに花の蜜が焼き焦げたような特徴的な甘い匂い、このかぎ慣れた匂いでこれが夢だとわかる。
ここ最近よく見ているため、そろそろ終わりに近づいてきたことを感じる。
景色が真っ白になり、意識が浮上していく・・・
「今回もまた救えなかった・・・」
「ふわぁー」
目覚ましの音で朝が始まる。
時計を見ると7時半を指していた。
今日からまた学校が始まるので、新調し直した制服に袖を通す。それから、忘れ物がないかカバンを再確認していると・・・
トントン―――
ドアをノックする音が聞こえる。
「お兄ちゃん、朝ごはんできてるよ!」
と妹の鈴花が部屋に入ってきた。
「今日からお兄ちゃん高校生だね、制服似合ってるよ!」
「何言ってるんだ、中学の時と一緒だろうが・・・」
「それでもかっこいいよ!なんか急に大人になったって感じ?」
「なんで疑問形なんだよ」
鈴花は僕の1歳年下で、昔から僕に懐いてきた。
まだ幼さの残る顔立ちは、将来を期待させるほど整っていて、ひまわりの花のようにその笑顔は周りに元気をあたえてくれる。
クラスではかなりモテるらしく、何度か告白されたことがあるらしいので、身内贔屓ではないことが分かるが、何故か今まで彼氏を作ったことがない。
世間の兄妹がどうかは知らないが、俺達はかなり仲のいい方だと思う。
なんだかんだで、どこか似たところがあるのかもしれない。
「まあまあ、じゃあ下で待ってるから早く降りてきてね」
「分かった。・・・あ、鈴花」
「なに?お兄ちゃん」
「『今日は登校中石につまずいて転ぶ』から気を付けてね」
「あ、お兄ちゃんお得意の未来予知だね。了解であります!」
何故か敬礼をしながら出ていく。
(うん、相変わらず可愛いやつだ)
学校指定のカバンを肩にかけて1階に降りる。
台所で母さんが洗い物をしており、テーブルでは父さんが新聞を読んでいた。
すでに僕の分の朝食が並べられており、お腹が空いていたのですぐさま席につく。
「いただきます」
「そういえば大輝は今日から高校か」
普段口数の少ない父がちらりとこちらを見る。
「うん、そうだよ」
「どうだ、友達は作れそうか?勉強はきちんとするんだぞ」
「うふふ、あなたは心配性ね。大輝はもう子供じゃないんだから、自分で上手くやるわよ」
洗い物を終えた母さんがやってきて、席につく。そして、テーブルに置いてあったリモコンでテレビをつけた。
「あら、今日は私占い一番ね、何かいい事あるかしら。でも、大輝は・・・最下位だって、入学そうそう何も無いといいけど」
「占いなんて信用出来ないよ、どうしても起こるものは起こるんだから」
「大輝は夢のないことをいうのね」
僕は占いもそうだし運命だとか宿命なんかも信じてはいない。人生はその人の選択次第だと思うし、かの有名な劇作家さんもそう言っている。
それに、僕にとってそんな曖昧なものは子供騙しに過ぎないわけで―――
「それじゃ、私いってきまーす」
「鈴花、朝食はいいの?」
「もう時間ないからパンだけでいい」
洗面所から出てきた妹は母さんにそう言い、口に食パンを咥えて、ツインテに結んだ髪をはためかせながら慌ただしく出ていく。鈴花はまだ中学生なので僕よりも登校時間が早い。
(あのまま角を曲がって誰かとぶつかったらラブコメ展開が発生しそうだな)
そんなことを考えていると、そろそろ僕も登校する時間になった。
「それじゃあ、僕も行ってきます」
引越してきたばかりの新宅一戸建ての我が家を出て、アスファルトに舗装された桜並木を歩く。淡いピンク色に咲いた桜は、まるで入学する僕らを祝福しているようにも感じる。
もう既に下見で見慣れてしまったこの景色だが、思わず足を止めて見入ってしまいそうになる。
僕がこれから通うのは桜の道を抜け、坂を登ったところにある『桜楽学園』という私立校だ。
校内にも名前の通り桜が植えており、中庭ではベンチが置いてあるので気軽にお花見することが出来る。
学校の校訓は『自主・積極』であり、生徒の意思を尊重し、行事ごとや規律なども生徒達自身に決めさせているようだ。
歩き始めて20分、学校の門前に着いた。
正面に見える校舎の時計を確認すると、まだ時間に余裕はあるが、校舎前では既に部活動の勧誘が行われていた。
僕は、このまま進むと、たくさんの勧誘で揉みくちゃにされる事が『分かっていた』ので、少し面倒だと思いながらも大きく右周りに入学式場である体育館を目指す。
(こんな風に毎回役立ってくれたらいいんだけどな)
思ったよりも早く体育館についてしまい、30分ほど退屈な時間を過ごした後、入学式が始まった。
お約束であるお年を召した校長先生からの有難くも長くてつまらないお言葉が終わり、昼前には入学式終わる。
教室に入るのは明日からなので、クラス発表が終わったあと、そのまま帰ることにした。